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慚愧の怪  作者: Masa plus
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(第三話)無尽闇

 翌朝。掬緒は体調が快復し歩けるようになった。坐胆は彼に養祥寺を案内することを決め、庭園に連れ出す。庭を掃除している乙に会釈した後、後ろを向かせた。

「この通り、養祥寺は本堂を中央にして左右に広がっている。向かって右にあるのが男郎おろう、左にあるのが女郎めろう私が呼んだ時や食事を除き、お前はこれから男郎で暮らす。寝具などはもう揃えてある。女郎には決して入るな」

荘厳な構えに圧倒されて、坐胆の話が頭に入らない掬緒。それをに見抜かれた。

「おい、聞いているのか?」

「えっ、えーっと……あっちが男郎、女郎には決して入るな……」掬緒は辛うじて聞こえていた部分を答える。

「……まあいい、要点はわかっているようだからな」


「これで案内は終わりだ」

食事を作る厨房、身を清める露天風呂「浄玻璃じょうはりの池」その他諸々を一通り案内した後、坐胆は掬緒に言った。

「自分で言うのも何だが……私のことは先生と呼びなさい。それから―」

皆が坐胆を「先生」と呼んでいた。それは掬緒もわかる。

「私にとって、弟子たちは皆兄弟だ。お前にとって䯊斬丸は兄、彩蓮は姉、綺清那は妹、べるめろは弟だ。わかったな」

掬緒は目が覚めて皆が自己紹介した時の様子を思い出し、顔と名前を一所懸命に繋げていた。養祥寺の中を覚えるだけで頭が一杯なのに、突然そう言われても混乱する。でも覚えるしかない。そのうち慣れるから。掬緒はそう言い聞かせ、表向きは落ち着きつつも、内心必死で新たな生活に慣れようとしている。


 䯊斬丸らは殀鬼討伐に出掛けており、掬緒は坐胆と二人で簡単な昼食を済ませた。そして本堂に移動する。

「掬緒」

「はい」

「お前の村を襲ったのは、殀鬼と呼ばれる異類だ。奴らは首領”トガ”の指示で、その永遠ともいえる長さの命を、人間を憎み、蔑み、そして見境なく殺す為だけに生きている」

正座して聞く掬緒の脳裏に、村での惨劇が過る。恐怖でその顔は硬直した。

「さらに質の悪いことに、殀鬼はその力が異様に強い。並大抵の人間では太刀打ちできないのだ。唯一我々人間が立ち向かえる存在、それが五供ごくだ」

「五供……それって……」

「ああ。䯊斬丸らも五供だ。そして私は、この櫻蓮郷にを結界を張って存在を隠しつつ、殀鬼が現れた場所に五供を派遣している」

坐胆は経机に移動した。その上にはうっすら光る羅針盤のようなものがある。掬緒も前から気になっていて、何に使うのだろうと思っていた。

「この縮地盤は、殀鬼が現れた場所が光る。その時触れれば、一瞬でその場所へ行ける」

移動の原理が全くわからない掬緒。「兄さんたちはどうやって行ったんだろう……?」と、想像を巡らせる。

「……そういえば」掬緒はふと思い出した。

「五供って、本当は五人いる筈ですよね?もう一人は何処にいるんですか?」

 

 坐胆は思った。掬緒はつくづく察しがいいと。

「嘗てはもう一人いた。だがある時、殀鬼との戦いで敗北し、命を落としてしまったのだ」

「……そうなんですね」掬緒は項垂れる。

「彼は黄金の矢を射て殀鬼の力を打ち砕く『飲食おんじき』の力を得た者だった。今はそれが―」

「あの」掬緒が言った。「抑々五供って、何なんですか?」

「そうか。まずはそこから説明しないとだな」

「お願いします」

「穀物の力を秘めた矢を射る『飲食』、香りを纏い剣で邪気を払う『こう』、数珠を輝かせ無数の花を咲かす『はな』、鉾で岩を突いて思いのままに水を溢れさせる『浄水じょうすい』、法輪を発火させて投擲する『灯明とうみょう』の五人で一組を成す。『香』は䯊斬丸、『花』は彩蓮、『浄水』は綺清那、『灯明』はべるめろが担っている。『飲食』の者が欠けて以降ずっと䯊斬丸ら四人で殀鬼を討ち取ってきたが、やはり、五人揃っていないと戦略的に厳しい」

この時点で、掬緒は坐胆が自分に求めていることを察する。

「……つまり、僕にその『飲食』の者となって戦って欲しいと」

「……そうだ」

正直、掬緒はまだ戦う意志が固まったとは言い難い状態だった。しかし、このままでは自分は只の厄介になってしまうことはわかっていた。それは流石に恥ずかしい。そして何より、一夜にして奪われた両親及び村の人たちの仇を討ちたい。

「先生、僕、戦います」

その眼差しは確かだった。坐胆は思った。

「こいつは……掬緒は、力は未知数だ。しかしこの、あどけなさの残る外見からはとても想像できない聡明さがある。きっと五供として比類なき戦力となるだろう」

 

 その日の夜。帰って来た仲間と共に夕食を済ませた掬緒は、本堂に集まった。設えを整えて、䯊斬丸らが横一列に正座する。少し遅れて丙や乙も入って来た。掬緒は何処に座るべきか迷うが、坐胆が手招きした。掬緒は坐胆の左に座る。それを確認すると、坐胆は手を合わせて厳かに言った。

「我らを救い給う弥勒みろくに畏み申す。この者、掬緒に五穀の矢にて殀鬼を討つ『飲食』の力を与え給え」

その誓願の後、経机の上に淡い光が輝いた。そこに現れたのは、目を閉じずにはいられない程の眩い光を放つ弓矢。

「これが、『飲食』の者が使う弓矢……」

光に慣れ、掬緒が見つめた弓矢は神々しさに溢れている。自分のような者が持っていいのだろうかと、たじろぎさえ覚えるほどだ。

「取りなさい」

坐胆が落ち着いた声で促す。掬緒は恐る恐る手を伸ばし、弓矢を握りしめる。これだ。これが村の皆の仇になるんだ。そして、今ここで僕を見守っている皆の力にも。思いが強まる程に、手は一層強く弓矢を握りしめる。滲む汗も忘れるほどに。


 儀式の後、掬緒は浄玻璃の池に身を清めに向かった。脱衣所には既に服がある。

「兄さん……べるめろ……」

扉を開け、滑らないよう恐る恐る足を入れる。湯煙の向こうに現れたのは䯊斬丸とべるめろだった。二人とも、自分を待ち構えていたかのようにこちらを向いていたので、掬緒は余計に緊張した。

「おう、早く来い」

そう言われても、底がつるつるしている。急いで歩くなんて出来ない。それでもようやく、二人の近くまで来れた。

「先ほどはご苦労だったな」

䯊斬丸の言い方はどこかつれない。掬緒が「あ、あ……どうも」と言いかけた時、べるめろが無言で顔を近づけてきた。しかも、至近距離まで。無表情で。

「……」

掬緒は前から思っていた。べるめろは悪い子ではないが、どこか、同じ年頃の他の子と感覚がずれている。

「……お つ か れ」

本人なりに労ったのはわかる。でも掬緒にとっては妙な感じしかしなかった。


 その後、暫く三人で会話をした。やがて、䯊斬丸とべるめろが先に出た。二人は掬緒に背を向け、湯煙の向こうへ消えていく。

「……!?」

掬緒は驚愕し言葉を失った。二人の背中に、立派な刺青が彫られていたのだ。暗黒空間で拘束され、涙を流す白い眼の何か。それは村を襲った、あの恐ろしい怪物に酷似していた。

「……」

掬緒は尚も言葉を出せない。しかも、衝撃が大きすぎて、䯊斬丸やべるめろとした会話の内容を一瞬で全て忘れてしまったのだ。

「あれは……何なんだ?」

掬緒は池を出てからもその疑問を抱いていた。だが、そのことを二人に問い詰めるのもどこか気が引ける。男郎では他愛のない会話をして、刺青の件に関しては黙っていた。


 その日の夜、掬緒はなかなか眠れなかった。

「兄さんとべるめろにあるってことは、もしかして、姉さんや綺清那、それから先生にもあの刺青があるのか……?」

刺青自体、掬緒には見慣れないもので威圧感があった。その、威圧感のある刺青で描かれる恐ろしい姿の異形。間違いなく、あれは村を襲った怪物、殀鬼だ。

「先生は言ってた。兄さんたちは五供で、殀鬼を倒す為に戦っている……」

間。

「……なら何で、背中に殀鬼の刺青が入ってるんだ……?」

さらに間。

「先生も、兄さんたちも、何であれのこと黙ってるんだろう?……おかしい」

 

 掬緒は養祥寺の者への疑念が晴れぬまま翌日を迎えた。皆がいつもと変わらない様子で過ごす中、まだ自分に何か隠しているのではないかと、掬緒は猜疑心に満ちた様子で周囲を窺っている。それが表情にも出たのか、彩蓮にそのことを指摘された。

「何か、私たちに思うことでもあって?」

聞きたい。隠していることを、全て話してほしい。だがいざ聞かれると、返答に困ってしまう。

「……いや、何でもない」

掬緒は自問自答した。どうしてこう、結局聞かないのだろう。知りたいのに。

「……」

視線、振る舞い、声色。それらから、五供や坐胆が自分に危害を加えるつもりはないことを、掬緒は感じ取っていた。故に、彼らを困惑させるような事態を引き起こしたくなかったのである。


「掬緒です。よろしくお願いします」

䯊斬丸に連れられ、掬緒は櫻蓮郷の人々に挨拶をして回る。その際に料理を振る舞われたり、小さい子と遊んだりした。彼らの前では笑顔でいたが、養祥寺へ帰った途端に泣き出した。䯊斬丸が訳を聞くと、掬緒はこう答えた。 

「村のことを思い出したんだ……色々なことが、懐かしくて。もしかしたら、皆は死んだんじゃなくて、ここに来てただけだったのかなって……思って」

䯊斬丸はその言い回しに思うことがあったが、黙っていた。

 夜。掬緒は疲れたのかすぐに眠りについた。まだ起きている䯊斬丸は、心配そうにその様子を見ている。

「皆は死んだのではなく、ここへ来ただけ、か……」䯊斬丸は掬緒の言葉を反芻する。

「おそらく、こいつは今後、もっと恐ろしいことに気づくだろう。それを乗り越えられるように、私も最善を尽くさねば」


 翌日から、掬緒の修行が本格的に始まった。坐胆は呪術で亜空間『無尽闇』を展開し、掬緒をその中に入れる。手には昨日の儀式で手にした、黄金色の弓矢が握られている。

「私が許可を出すまで、外に出てはいけない。いいな」

外から坐胆の声が聞こえる。重みのある声だ。決して気を抜いてはならない。掬緒はそう言い聞かせた。

「始め!!」

坐胆の合図と共に、掬緒の前に複数の的が現れる。掬緒はこれまで弓術を習ったことがない。でも、どうすればいいかは何となくわかる。

「こうやって……弓を引いて……」

矢を握り、ギリリと軋む弓を引く。これ以上引けないところまで引いた。

「今だ!」

掬緒は手を離す。すると矢が正に光陰の如く飛び、見事的に命中した。


 外から様子を見ていた坐胆は思った。

「何も教えていないのにコツを掴むとは……。掬緒はなかなかの逸材のようだな」

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