(第二十四話)魂喰の器
「それで殀鬼に身を落としたのか」䯊斬丸の落胆の声が響く。
“慚愧の怪“は扇磁改め殀鬼・怪木師と戦っていた。扇磁が来たのとは山を挟んで隣り合っている街で、ここでは以前から多数の住人が失踪していた。流血沙汰は確認されていないものの、一夜で三十人以上が行方不明になることも珍しくなく、人間ではない何者かの仕業ではないかとの噂が絶えなかった。そこへ、殀鬼の反応を確認した“慚愧の怪“が派遣されたのである。
「“身を落とした”?違う、俺は殀鬼になって“自分を高めた”んだよ」怪木師は䯊斬丸を嘲笑うように言った。
「あの後俺は牢に入れられた。そこに“トガ”様が現れて、俺に力をくれたんだ」
「お前……亡くなった友が、それで喜ぶと思うか?器の作家として、真っ当に生きて欲しかったんじゃないのか?」
「勿論、器は作り続けている。それだけじゃない。俺は人助けもしてるんだ」
「人助け……だと?」
䯊斬丸は耳を疑った。彼の目の前に、生気を失った複数の人間が現れたのだ。生きてはいる。だが最早死人にしか見えない。
「こいつらは皆、クズどもに追い詰められて居場所を失った。だから俺が、代わりに復讐してやったんだ」
「どういうことだ」
「これからゆっくり話してやろう。その前に……」
怪木師の背後にいた人間たちが、䯊斬丸に迫る。
「お前ら、あいつを捕えろ!!」
怪木師がそう言うと、人間たちが一斉に襲いかかってきた。䯊斬丸には逃げ場がない。
「!!」
䯊斬丸は瞬く間に捕えられ、巨大な甕に閉じ込められた。仄かな土の薫りがする壁の向こうから、怪木師の声が聞こえてくる。䯊斬丸は悟った。怪木師は、わざわざ自分の至近距離まで迫って話そうとしているのだ。動けない身ながらも、䯊斬丸は警戒を強める。
「お前たちは俺が人間を殺していると思っていたようだが、そんなことは全くない。先ほども言った通り、俺がしているのは器づくり、そして人助け。謂わば“救済“だ」
怪木師の声が、甕を震わせて䯊斬丸の耳に響く。得意げに話す声はいかにも自分を嘲笑っているかのようで、おどろおどろしい。
「だから、それはどういうことなんだ……ぁっ」
䯊斬丸の声が途切れる。突然、喉を締め付けられたように息苦しくなったのだ。
(何……だ……?体が……裂かれて……??)
気がつくと、䯊斬丸の体は甕を抜けて宙に浮いていた。だが違和感がある。体が妙に軽い。軽すぎて、風でいとも簡単に飛ばされてしまいそうだ。
「下を見ろ」
目の前には怪木師がいる。言われるがまま、䯊斬丸は下を見た。
(あれは……私なのか?)
そこには、怪木師の周囲に群がる者たちと全く同じ、死んだ魚のような目をした自身の肉体が横たわっていた。䯊斬丸は違和感の正体をやっと察した。自分は甕の中で魂を抜かれていたのだ。
「さて、話を始めるとしよう」
飄々とした口ぶりが鼻持ちならないと思った䯊斬丸だが、大人しく話を聞くしかなった。
䯊斬丸は怪木師の話を全て聞いたわけではなかった。体を離れたからか、魂だけの状態で長時間いるうちに意識がぼんやりしていたのである。意気揚々と誇らしげに語る怪木師。「クズに虐げられた人間を救った」という言葉以外は殆ど頭に入らなかった䯊斬丸だが、一つだけはっきり覚えていることがあった。
「この子はな、寺子屋でいじめに遭っていたんだ」
怪木師の傍には小さな女の子が立っている。綺清那やべるめろよりもさらに幼く見える彼女は、怪木師の言葉にゆっくりと頷いた。
「俺に偶然出会って、助けを求めて来たんだ。何とかしたいとな。だから、いじめてた奴らの魂を抜き取ってやったんだ」
“魂を抜き取った“という言い回しが、䯊斬丸には引っかかる。思えば怪木師は、先程から人間を“殺した“とは頑なに言っていない。
「その魂は……どこにいるんだ」
「さあな。全くわからん。だが―」
絞り出すような声の䯊斬丸に、怪木師は軽い口調で答える。そして含みのある言い方。
「こいつらなら確かにここにいるぞ」
怪木師がそう言うと、彼の足元から複数の魂が浮き上がった。皆痩せこけて目が死んでおり、見るからにただ「生かされているだけ」としか言いようのない有様である。怪木師はその中で、中央に立つ特に生気のない老人を指差した。
「こいつは俺の友の仇、天山だ。そして他の奴らは、その弟子たちだ」
直後、怪木師はその場を去って間も無く戻って来た。その手には見事な器が山積みになっている。躓けば一気に割れてしまうだろう。陶芸の世界に疎い䯊斬丸さえ、扱いがぞんざいだと感じた。
「ここを見ろ」
怪木師が示した所には、天山の落款が彫られている。横目で見ると、他の器にも違う名前の落款がある。おそらく弟子のものだろう。
「こいつらの肉体は既にないが、魂は皆揃っている。さあ戻―」
怪木師が言いかけた途端、ある人間が近寄ってくる。目から察するに、群がる人間の仲間のようだ。彼は顔中痣だらけの少年を連れている。そして怪木師に何か話したが、䯊斬丸にはその内容が聞こえなかった。
「ほう、そうか」
怪木師はにんまりとする。直後、彼の後方から複数の大人が現れた。怯え切っていて、声も出せない様子である。
「よしお前ら、こいつらの魂を抜け!!」
その合図の後、天山と弟子たちの魂は大人たちに飛びかかった。大人たちは顔を掴まれ、眼窩をこじ開けられながら魂を抜かれ、その場に力無く落ちた。全員が魂を抜かれたのを確認すると、魂たちは亡骸を部屋の奥へ運んでいった。
(ああ……なんてことを……)
䯊斬丸はいつの間にか空中で拘束されていて、目の前で魂を抜き取られ、骸と化していく人間をただ見ることだけしか出来なかった。
「よくやった。戻れ」
怪木師はそう言って、天山たちを器に戻した。大人たちの魂は、怪木師が指を鳴らすと一瞬で消えてしまった。
怪木師が天山たちを「友の仇」と呼んでいたことを思い出す䯊斬丸。彼らにさせていることは、ともするとただ殺すのよりもっと悪辣ではないか?
「お前……魂を抜き取った挙句に片棒まで担がせるとは……」
「片棒を担がせてるんじゃない。贖罪をさせてるんだ」
「贖罪……だと?」
「ああそうだ。何度も言うが、俺は天山たちを”殺してはいない”」
「だが、お前のしていることは―」
「お前。名は䯊斬丸、といったか」
「!?」
いきなり名前を言われ、䯊斬丸は驚く。まだ一度も名乗っていないのに、何処から名前を聞いたんだ?
「どうやらお前は、仲間と共に殀鬼から人間を守るべく戦っているそうだな」
間。
「俺も人間を守るべく、虐げたクズどもの魂を抜いている。人を助けることに生き甲斐を覚えているという点では同じ筈だ。それなのにわかり合えないとは、誠に残念だ」
䯊斬丸は返すことがなく、口を閉ざしてしまう。
「クズに悩まされる人間を救うことで、自分のクズさを贖う。俺は天山どもがそうできるように計らったというわけだ」
「お前……」
䯊斬丸が言葉を返そうとした時、怪木師は何か思い立ったように言った。
「そういえば、一緒にいた仲間がどうなっているか気になるか?」
䯊斬丸は思い出した。甕に閉じ込められて魂を抜かれて以降、自分の身に起きたことへの衝撃で、仲間のことをすっかり忘れてしまっていた。
「……何処にいるんだ」
「暫しこの部屋を離れる。どうなっていたのか、存分に聞くがいい」
怪木師は立ち上がって部屋を去る。その後を、人間たちが虚ろな目をしてぞろぞろとついていった。棚と器だけが残された部屋に、呆然と佇む䯊斬丸。下には自分の体が横たわっている。
(まずはあれに戻らなければ―)
䯊斬丸が肉体に手を伸ばした瞬間。
「―兄さん」




