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慚愧の怪  作者: Masa plus


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(第二十話)遠き日の歓楽街 前編

 ”慚愧の怪”は、今まで派遣された場所とは趣が大きく異なる場所で殀鬼と戦っていた。そこは夜空の下で揺らめく火のように赤い灯りが灯っており、美しいような怪しいような、異様な雰囲気の街だった。

「これが所謂”夜の街”……」

掬緒は夜の街がどんなものかは聞いたことがあるものの、実際に訪れたことは今まで一度もなかった。何となく子どもが近づいてはいけない場所なんだろうなとは想像していたが、それでも来た当初は微かに、街全体にある種の艶めかしさを感じていた。行き交う者―特に女―は、皆皴一つない豪華な服に身を包んでいる。薄暗い通りにぼんやり浮かぶ影の数々は、ゆずに恋心を抱いてからの掬緒に、これまで感じたことのない興味をそそった。


 戦いが終わった後、”慚愧の怪”は人々の保護に向かう。表を歩いていた者、点在する屋敷にいた者を粗方救出した。

「これで皆助けられた」

「いや、まだだ」

一人で安堵していた掬緒を、䯊斬丸が止める。

「この裏……灯り一つないところに、まだ人がいる筈だ。そこも見なければ」

掬緒は仲間についていくが、人がいることについては疑っていた。

(なんか変な感じだけど、綺麗だなとは思った。あんな真っ暗なところに、人なんているのかな……)


「おえええええぇぇ」

住人を保護する際は我慢していたが、いざ終わると掬緒は嘔吐しかけた。

「何あれ……家の中が、養祥寺の厠より酷い臭いだ」

一緒にいた綺清那やべるめろも同じことを感じたようで、言葉もなくぐったりとしている。地面に突っ伏しそうになった二人を、掬緒が慌てて支えた。

「あらあら、大丈夫?」勢い余って一緒に倒れそうになった掬緒を、彩蓮が抱えた。

「表はあんなに華やかな感じだったのに……こっちは灯りひとつないし、家もぼろぼろだ。屋根も壁も穴だらけで、おまけに臭いがあれで……」

「ここは貧民が住む一角だからな」䯊斬丸が言った。「どれだけ働いても、表のような華やかさとは程遠い生活にしかありつけない」

「そんな……」掬緒の表情が曇る。

「櫻蓮郷じゃそんなのあり得ないよ!みんなちゃんと働いて、綺麗な家に住んでるじゃないか……僕の村だって、働いても汚い家にしか住めないなんて、なかったよ!」

「掬緒。この世には、我々とは違う世界で生きる者がいるということを知っておいた方がいい。一々悲惨だのあり得ないだの言っていたらキリがない」

「……わかったよ」

納得できないままそう答える掬緒。その直後のことだった。


(……何で僕は、それが駄目だったの?)


「??」

突然脳裏に響いた言葉に、掬緒は驚く。何処とない恐怖で、体さえ固まってしまった。

「掬緒?」

「!」

彩蓮の言葉で、掬緒は我に返る。だが悶々とした思いは消えなかった。


 養祥寺に戻った頃にはすっかり夜が更けていた。入浴と夕食を済ませると、掬緒、綺清那、べるめろの三人はすぐ寝てしまった。䯊斬丸と彩蓮はまだ起きていて、回廊にいた。月明かりに照らされるそこは、夜中であるにもかかわらず、羽織を着なくてもいいほどに温かい。

「あのような場所に行くと、どうしても前世のことを思い出してしまいますの……」

「お前、ああいう所に行く度にそう言うな」

「ええ、でも今回は……掬緒がいたからかしら、いつもと違う気がして」

「……はあ」

䯊斬丸は溜息をついた。ここまで来ると、次に彩蓮が何を話すかは決まっている。

「言いたいことがあるなら言え。聞くから」

 

 彩蓮の前世は生まれてすぐに母を亡くした少女・李々だった。母譲りの美貌を持つ李々を、父はたいそう可愛がった。それだけではない。李々の姿を一目見た者は、皆その美しさに目を奪われた。彼女の美しさは折り紙付きだったのだ。その様を見て、父の心に邪な念が湧いた。

「こいつに会う男は皆鼻の下を伸ばす。望むものがあれば全てこいつの口から言わせればいい。きっと何でもしてもらえる筈だ」


 やがて李々が妙齢を迎えた。父は待ってましたとばかりに彼女を各所に売り込んだ。「既に付き合っている女を手放したくなるほど美しい」と言われるほどの美しさで、何処へ行っても周囲の者を魅了する李々。父の思惑通り、男たちはたじろいで鼻の下を伸ばし、欲しいものは何でも与えた。中には、李々がただ立っているだけで金を渡す者もいた。

「あんなに沢山貰っていたら、あの子がお姫様のような暮らしをする日もそう遠くないんだろうなあ」

毎日大量の金品を貢がれる李々を見て、周囲の者は思った。


 人々が想像した通り、李々の服装はみるみる華やかになって、顔は厚い白粉に紅がよく映え、生来の美しさにより磨きをかけた。だがそれ以上に周囲を驚かせたのは、李々の後ろについている父親だった。金や銀をふんだんに使った服を見せびらかし、ふんぞり返って歩く彼が鼻につく者も少なからずいたが、李々の類稀なる美しさの前には黙るしかなかった。


 娘をだしに荒稼ぎをした父は、瞬く間に金持ちになった。今までの質素な暮らしが嘘だったかのような毎日を送るうち、父の心は次第に傲慢になっていった。李々はこの頃、幾人かの男性から縁談を持ち掛けられていた。だがその全てを、父は一蹴したのだ。


「ふん!こんな奴がうちの娘に釣り合うと思っていたのか。俺も舐められたもんだ」


李々の元に縁談が来る度、父はこう言って切り捨てていた。中には家柄や器量がよく、これと言った落ち度も見られないという、一般人からすれば高嶺の花というべき存在にさえ、「娘に釣り合わない」と非難した。酷い時には、直接李々に会いに来た婚約者本人を公然と侮辱することさえあった。

「……」

李々は父のこうした振る舞いを見て気まずさを覚えるも、諫めることはしなかった。当初は美貌を評価されていた李々も、次第に”傲慢な父を止めない愚鈍の娘”という悪評をつけられるようになった。

「あんた、あの李々という女だけは、息子の嫁にしない方がいい」

「そうだ。あいつを嫁にしたら、あの親父がついてくる。息子があれやこれやと言われて、面倒なことになるぞ」

「おまけに李々本人がな……親父が隣で暴言を吐いていても、黙ってるだけで何もしねぇ。全く頼りねぇ女だ」

こうした噂の数々は、李々の耳にも入っていた。だが、李々は自身の態度を改めようとはしなかった。これは単なる怠慢ではなく、李々が娘として思うことがあったからだった。

(お父さんにとって、私はお母さんの形見。他に替えようのない大切な存在だって、きっと思ってるはず。酷いことを言うのも、きっとお父さんなりに私を思ってくれてるからなんだわ……)

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