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慚愧の怪  作者: Masa plus


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(第十八話)理不尽、それでも

「大丈夫ですか!?」

掬緒は瑠阿武砦と葡つ美に駆け寄り、二人を気遣う。だが何かおかしい。

「!!……」葡つ美が引き攣った表情で後退りする。

「?」

呆然とする掬緒。立ち尽くしている間に、耳を劈く音が響いた。

(キーン)

聞き覚えがある。金属が金属に当たって跳ね返された音だ。左耳が痛い。否、痛いのは左耳だけではなかった。

「……!」

掬緒は左脇腹に視線を向ける。何かがそこに食い込んでいる!しかもそこから、燃えるような痛みが伝わってくる。

「これは……」

掬緒は思い出した。自分が殀鬼の姿になっていたことを。そして今、その姿は元に戻りつつあったのだ。幸い左脇腹は辛うじて殀鬼の姿だったので、血は出ず大事には至らなかった。だがその痛みは、血が出ている時よりもはるかに強い。

「貴様……俺たちを騙したな」

痛みが強かった理由がわかった。これは単なる傷の痛みではない。そこに込められた、激しい憎悪が齎しているのだ。聞くまでもない。自分を見つめるその目には、憎悪以外に宿っているものが見当たらない。

「殀鬼であることを隠していたとは……この悪党め!!」

瑠阿武砦が撥ね返された鎌を振り下ろそうとする。至近距離から狙われる掬緒。逃げられない。もう間に合わない。


「やめて!!」


声をあげたのはゆずだった。掬緒の前に現れ、彼を庇うように手を広げている。瑠阿武砦は驚いて手を止めた。

「掬緒は私たちを助けてくれたのよ!?どうして……」

「お前も見ただろう?こいつは殀鬼なんだ。俺たちを助けたとしても、いつか必ず襲う筈だ」

「そうよ!!」

掬緒が指を差されて呆然としている間に、葡つ美が割り込んだ。

「あなたも覚えているでしょう?私たちは殀鬼に元々住んでいた村を追われてここへ来たのよ!助けてくれたからって油断したら危ないわよ!!」

ゆずは押し黙ってしまった。こんなに怖い顔で怒鳴る両親を、今まで見たことがない。自分が何を言っても、決して聞き入れないだろう。

「悪辣な奴め、こ―」

「わかりました」

瑠阿武砦が言いかけたところで、掬緒が俯いたまま言った。

「もう出て行きます。お世話になりました」

視線を下に落としたまま、抑揚のない声で言う掬緒。まるで死体が喋っているようなその様子に、ゆずは例えようのない恐怖を覚えた。今、掬緒に声をかけなかれば。ゆずは駆け寄った。

「ねえ掬緒……」

「いいんだよ」

掬緒はゆずに目を合わせずに答える。何だか苛立っているような声だった。

「ゆず。君のお父さんとお母さんは、僕なんかより、君とずっと一緒にいたんだ。それが僕如きで壊れるなんて、嫌なんだよ」

掬緒はわかっていた。ゆずが本気で自分を庇っているのを。そして、両親にとてつもなく怯えていることを。自分がここにいればいるほど、家族の仲が険悪になる。自分は邪魔なんだ。

「……さよなら」

掬緒はその場を去った。しんしんと降る雪の中、誰もが口を開かず、ただ掬緒が歩いていくのを見ているだけ。掬緒が地を踏みしめる、ザクザクとした音だけが、静寂の中に響いていた。


「掬緒!!」


突然、ゆずが走り出した。視界にまだ掬緒がいる。今なら走れば間に合う筈―。


「……?」


足を止めたゆずは呆然とする。ほんの少し前まで見えていた掬緒の姿が、消えてなくなっていた。ゆずの目に映るのは、斑のように雪が降る夜空だけだった。


ゆずの視界から消えた掬緒。だが彼は確かに雪の降る夜道を歩き続けていた。ずっと下を見たまま、足取りはとぼとぼしている。


「ゆず。君のお父さんとお母さんは、僕なんかより、君とずっと一緒にいたんだ。それが僕如きで壊れるなんて、嫌なんだよ」


掬緒はゆずに放った言葉を反芻する。あの時彼女が必死で自分を庇う様子を見て、敢えて突き放すように言ったのだ。何も後悔はなかったはずなのに、ずっとその言葉が心に引っ掛かっている。掬緒にとっては、罵声を浴びせられたことよりも、ゆずに放った冷たい言葉の方が重くのしかかっていた。今抱いている感情は悲しみか、はたまた怒りか。いくら歩いても答えが出ない。さらに、傷さえ疼いてきた。掬緒の足取りが急に重くなる。今度こそ、このまま本当に死ぬのか。現実に押し潰されて。

「ううっ……」

気づかぬうちに、掬緒の体は瘴気に包まれていた。また殀鬼になるのか?死ぬ前の悪あがきのように。

「……」

掬緒の脳裏に光景が浮かぶ。朧げなそれは、段々とはっきりしてきた。

「……父さん、母さん?」

二人は自分を見ている。でもどんな表情なのか、よく見えない。人影がさらに増える。

「……みんな?」

間違いない。今見えているのは村の人々だ。誰一人として忘れたことのない姿。だが相変わらず表情がわからない。やがて人影がずんずんと自分に近づいてきた。妙な感じがする。

「掬緒、」

誰が自分を呼んだのだろう。目の前には両親と村の人たちがいる。変だ。誰も自分を呼んでいないような気がした。

「掬緒、掬緒、掬緒―」

自分を呼ぶ声が幾重にも木霊する。先程とは違う声も聞こえる。もう、誰が声の主なのかわからない。

 

「駄目!」


静寂を破壊するような声が響く。そして何者かが背後から掬緒を強く抱きしめた。

「!!」

驚きのような怖さのような、不思議な感覚に見舞われる掬緒。恐る恐る振り向くと、そこには懐かしい仲間の姿があった。

「……姉さん?」

掬緒の緊張感が解れていく。自分をぎゅっと抱きしめるその腕の、体の内にまで伝わる温かさ。同時に、一片の雪が落ちた手にじわじわと冷たさが伝わって来た。自分はこんなに寒い中を歩いていたんだと、掬緒はしみじみ感じる。

「……しんぱい、してた」

「もう、馬鹿馬鹿馬鹿!!!」

おっとりした表情を殆ど変化させずにじっと見つめるべるめろと、泣いていたのか目の下が真っ赤になっている綺清那。同じ状況でも反応が対照的なこの二人。今そうするのは似つかわしくないと思いつつも、掬緒はどこか微笑ましさを感じてしまうのだ。

「……掬緒」

重い口調の声が、二人の背後から聞こえた。姿はまだ見えないが、声の主はわかっていた。

「色々言い過ぎた。すまない」

䯊斬丸は掬緒の肩にそっと手を乗せて詫びた。気持ちを察した掬緒は徐に頷いた。

「我々も皆、あの而爛という奴のことはよく思っていない。だが如何なる理由があろうとも、我々が自らの手で人間を地獄に堕とすことは許されないんだ。わかってくれ」

「……してない。納得なんかしてないよ。悔しいよ。でも、でも……」

掬緒は彩蓮の腕に埋めていた頭を持ち上げて言った。声、そして握りしめた手が震えている。

「あんな奴のために、悪い人になりたくない!!」

掬緒は再び彩蓮の腕に飛び込み、声をあげて泣いた。彩蓮は徐に頭を撫でる。他の三人も、俯いたまま互いの顔を見ていなかった。

「はっ、そう言えば……」

ふいに掬緒は思い出した。村で攫い、山奥に閉じ込めた子供たちのことだ。

「あの子たち、ずっとあそこにいるんだ……」

焦った様子の掬緒を見て、彩蓮は手を握る。掬緒は顔を上げた。

「私たちも行きますわ」

他の三人も手を握る。掬緒は安心しつつ言った。

「ありがとう。でもその前に、ちょっといい?」


 ”慚愧の怪”は五供の力を解放する。地面を覆っていた雪の一部が溶け、茶褐色の土が顔を出した。その一帯が温かい光に包まれ、稲がみるみる生えてくる。穂が垂れるほど育ったのを見計らって、五人は稲を刈り取った。籾殻を取り、現れた白く艶やかな米を炊いて握る。その数は幾つだったか、誰も数えていなかった。

「これだけあれば……」

掬緒は記憶を頼りに仲間を案内する。


 山奥の廃集落に入る手前。

「ああ、やっぱり……」

中から子どもたちの声が聞こえる。

「うえ~ん……」

「お腹空いたよぉ……」

幸い奥の方に湧水があって、子どもたちはそれで飢えを凌いでいたようだ。だが他に食べられるものはない。皆相当ひもじい思いをしていたのだろう。自分が今すべきことはただ一つだ。


「みんな!!」


掬緒は子どもたちに向かって叫ぶ。その手にはおにぎりがたんまりと抱えられていた。

「!!」

ぎょっとして振り向く子どもたち。皆一様に「知らない人が来た」と言わんばかりの目をしている。

(ああそうか、この姿で会うのは初めてだった)

でも、今の状況を弁明する言葉が見つからない。そこで掬緒は思い切って言った。

「お腹空いただろ?もう大丈夫だよ」

掬緒はおにぎりを次々に配る。知らない人からの貰い物として警戒する子がいる一方、配られるなりかぶりつく子もいた。その子は噛み締めてすぐに叫ぶ。

「美味しい!!」

その様子を見て、疑っていた子も食べ始めた。そしてその美味しさ、久しぶりに飯にありつけた喜びに笑顔になった。

「よかった……」

攫った時の怯えきった顔、そして空腹で元気をなくした先程までの顔。それらが嘘のように笑顔が咲く。それは靄がかった掬緒の心さえも晴らすのだった。

「おい、いつまでもここにはいられないぞ」

䯊斬丸の言葉で、掬緒は我に帰る。そうだ。ここはこの子たちのいるべき場所ではない。


 仲間と共に村へ戻った掬緒は、家へ寄っては頭を下げ、子どもを返す。家の者は自分が”黒い霧”であることに気づいていないらしく、目を丸くしている。

「ごめんなさい」

何度こう言ったのだろう。同じ流れを繰り返しすぎて、掬緒は自分が歯車に取り込まれたかのような感覚に陥った。本当に自分は心から謝罪しているのかさえ、わからなくなってくる。

「……」

仲間たちも掬緒に合わせて頭を下げている。掬緒は心強さを感じる一方で、自分のツケを仲間に払わせている気がして、申し訳なくてたまらなかった。そんな悶々とした思いを抱えながらも、全ての子どもたちを返し終えた。

「これでいい。養祥寺へ帰ろう」


 養祥寺へ帰った後、掬緒は疲れ果ててすぐ床についてしまった。だがどうしても忘れられないことがあった。どうしようもない怒りのような感情、そしてそれを清算するにはしなければならないことがある。

「……先生」

翌朝早く、掬緒は徐に本堂に入った。坐胆は隈が残る彼の顔を見て心配そうになるが、掬緒は気にも留めない。

「縮地盤を貸してください。あいつの……而爛の場所を知りたいんです」

「掬緒……何をするつもりだ」

「あいつにどうしても言いたいことがあるんです。他には何もしません」

そう言われても坐胆は安心できない。

「そうは言っても……縮地盤は殀鬼の場所を知らせるものだ。悪を成したと言えど、而爛はあくまで人間。だから―」

言い終わる前に、掬緒が手を差し伸べる。するとそこから青白い光が放たれ、縮地盤を縫うように動いた。

(まさか……而爛を探しているのか?)

坐胆の予想は的中した。やがて光が止まり、ゆっくりと点滅する。そこは今まで”慚愧の怪”が訪れた場所とは遠く離れていて、周りを海に囲まれた孤島だった。どうやって辿り着いたのか不明だが、而爛がいるのは間違いないだろう。

「けじめをつけてきます」

掬緒はそれだけ言うと、光に包まれて姿を消した。

 

 掬緒が向かった先は、遠くに微かな日の光が差しているものの、空の殆どが暗い雲に覆われている、海岸沿いの崖だった。じめじめした牢獄の中、重い鉄格子の向こうに而爛の姿が見える。掬緒の姿を捉えた而爛は、自虐的な笑みを浮かべつつ言った。

「どうせ私を殺しに来たんだろう?この通り動かぬ身だ、殺すがいい」

掬緒はそんな彼を睨みつけ、冷たい声で返した。

「殺さない。あんたのこと、心の底から軽蔑してるから」

掬緒はそのまま背を向け、その場を後にした。牢獄の外では、暗い雲の間に雷鳴が轟いていた。而爛は暗い声で笑っていたが、当然、掬緒はそれを聞くことなく消え去った。


 而爛にけじめをつけてすぐ、掬緒は養祥寺に戻って来る。坐胆は彼を心配そうに見ていた。返り血がないことから而爛を殺めていないのは間違いないようだが、如何せん表情が暗いのだ。

「……」

俯いた顔から、冷徹な瞳が覗いた。その視線は縮地盤に向いている。坐胆が恐る恐る見ると、而爛がいる地点で点滅していた光がまだ残っていた。

「……っ!」

その瞬間、掬緒は一思いに拳を振り下ろす。縮地盤が割れ、光が消えた。

「これでいい」

掬緒は冷たい声でそう言うと、静かに本堂を去った。坐胆は呆然としてその様子を見ていた。

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