(第十二話)理不尽
今から三十年ほど前。而爛は荘楼閣を立てた現在の地とは別のところで生まれ育ったが、そこは殀鬼の襲撃で壊滅、さらに両親と妹を失った。而爛は殀鬼に激しい憎悪を抱き、寺へ駆け込んで「五供になって家族の仇を討ちたい」と願いをかける。だが天から聞こえた答えはこうだった。
「気の毒だが、其方には五供は向いていない」
而爛は当初は納得できなかったものの、結局は受け入れて諦める。数年後に別の地に移住し、両親の遺産で始めた商売が大成功を収め、豪商として名を馳せる。やがて、而爛はあることを考えるようになった。
「五供に向いていないなら、せめて彼らの戦いを支えたい」
而爛は手始めに、自分が移住してから最初に現れた五供の支援を申し出る。かつて望んだ姿を彼らに重ねつつ、殀鬼殲滅の為なら金はいくらでも出した。だが殀鬼の強さは尋常ではなく、その五供は全滅。さらには町が焼け野原と化し、人が住めなくなってしまったのである。出来る支援を全て行い自信満々だったのに、戦いは惨憺たる結果に終わった。
「次は決してこのような結果にならないようー」
而爛はさらに移住する。そこが、山間にだだっ広い草原が広がるだけの現在の地だった。而爛は潤沢な資金の全てを使い、森の向こうの集落の者を秘薬で唆して集め、周囲の風景に似合わない巨大な楼閣を建設する。楼閣がいつ殀鬼に襲われるかわからないと危機感を抱いた而爛は、立ち寄った五供を手厚くもてなした。そうすれば、自分たちの為に殀鬼を倒してくれると期待したのである。
五供に感謝していた而爛だが、”慚愧の怪”から成る五供が現れると態度が変わる。数年前に彼らが殀鬼の転生者であることを知った時は体裁を考え黙認していたが、一方で心の中には邪な思いが目覚め始めていた。
「いつかあいつらの正体を露見させ、純然たる人間の五供に討たせて私の手柄にしよう」
以降、而爛は”慚愧の怪”の五供が来る度に支援を装い彼らを貶めようと画策するが、皮肉にもその日から殀鬼の襲撃がなくなり、五供も来なくなった。悶々とする日々を送っていた矢先、現れたのが掬緒らから成る五供だった。掬緒が殀鬼の姿になったことで彼らが”慚愧の怪”であると確信した而爛は、嬉々として予てからの計画を実行に移す。
満身創痍となった掬緒は逆さ吊りにされていた。首を上げる力もなくなり、ぐったりとしている。虚な眼差しの掬緒に、而爛が至近距離まで近づいて言った。
「いくら命懸けで戦っているといえど、お前らが殀鬼であることには変わらない。お前らを殺せばこの世は平和になり、私も手柄を立てられる。やっと家族の仇を討てるんだ」
而爛の懐から光る刃が現れる。それは酷く鋭利な鎌だった。掬緒の全身から血の気が引いたが、引いた筈の血は再び体内を駆け巡った。しかも、これ以上ない程の灼熱を帯びて。
「……前」
掬緒が口を開く。而爛は身構える。
「お前……地獄に堕ちろ!!」
狭い暗室を吹き飛ばす勢いの衝撃波が走る。目を開けた而爛の前には、漆黒の体を持つ醜い殀鬼の姿があった。自分の二倍ほどもあろう背丈の彼を見て、而爛は恐れを成すどころかほくそ笑んだ。
「かかったな!」
而爛は鎌を振り上げる。光一つない部屋で、その切先は煌めく。そして流星のように振り下ろされた。
(キーン)
甲高い音を立てて鎌が飛んだ。刃の一閃に映える、もう一つの黒い光。それは正に、而爛の目の前に立つ鎧喝食の体から放たれたものだった。
「ほう。鋼の体とは、なかなか手応えがあるな」
鋭利な鎌さえ撥ね返す鎧喝食の体に、而爛は興味をそそられた。相変わらず動じる様子がない。
「なら別の手を……」
而爛が呟いたその時、襖が雷のような音と共に開いた。光が一気に差し込む。そこに立っていたのは四つの影だった。
「みんな……!」
鎧喝食は目を見開く。足の方から、体は静かに掬緒の姿に戻っていった。やがて、䯊斬丸が声が響いた。
「許せ!」
䯊斬丸が『香』の力を解放する。而爛たちは忽ち眠りについた。続いて彩蓮が花を連ね、彼らを縛り上げる。綺清那とべるめろは倒れ込んだ掬緒の体を支える。だが掬緒は二人に身を委ねることはなく、すかさず『飲食』の力で光を束ね、矢を射て止めを刺そうとする。だがその寸前に䯊斬丸に止められた。
夜明け。而爛は”慚愧の怪”へ危害を加え、さらには楼閣内の者を洗脳した罪で取り押さえられ、連れていかれた。後には陽光を背にして影に覆われ、昨晩の面影がまるでない荘楼閣が、もぬけの殻と化して立っている。
「絢爛豪華な楼閣も、主人がいなくなれば輝きを失う」䯊斬丸が呟いた。
「あれどうするんだろう?」綺清那が荘楼閣を指差して言った。
「解体されるでしょうね。今となっては無用の長物ですわ」彩蓮が残念そうに言った。
「……あーあ」べるめろがぼんやりして言った。
「……」
掬緒は黙っている。しかも険しい表情で。
「……きい兄?」綺清那が心配そうに声をかける。
「……」
掬緒は尚も黙っている。綺清那は怖くなり、それ以上聞くのをやめた。
五人は養祥寺へ帰ってきた。
「……何ということをしてくれたんだ」
坐胆は報告を聞いてひどく落胆した。人間の為に戦っているのに、その人間の邪な心で、愛弟子たちが危うく犠牲になりかけたのだ。
「人を助けられず、その家族から罵られたということが過去にありましたが……その方がずっとましだと思えます」
師を気遣うように䯊斬丸が言った。他の面々も、人間からのかつてない裏切りとも取れる行為に悲しみを隠せない様子だった。ただ一人、掬緒を除いて。
「……先生」掬緒が重い口を開いた。何か不満があるような口調だ。
「おかしいです。あいつを地獄に送らないなんて……ただ取り押さえられるだけだなんて」
「おい掬緒……」䯊斬丸が宥めた。
「あいつはあくまで人間だ。殀鬼じゃない。人間を勝手に地獄へ送るのは、許されないんだ」
沈黙。
「それにお前だって、殀鬼になったじゃないか。その方がもっとー」
「何で僕が悪いみたいに言うの!?」䯊斬丸の言葉を遮るようにして、掬緒が声を荒げた。
「僕だって好きで殀鬼になったんじゃない!ああしなかったら姉さんを助けられなかった!」
「助けたことを責めているんじゃない。安易に殀鬼になったことが問題なんだ。一たび殀鬼になろうものなら、二度と元に戻れなくなる可能性がある」
”助けたことを責めているのではない”と予防線を張るように言われ、掬緒には益々怒りが募る。だが、怒りの原因はそれだけではない。助けた彩蓮をはじめ、他の者も一様に自分の肩を持つ気配がない。掬緒の心に、四面楚歌になった恐怖が着火剤になったかの如く怒りが沸いた。最早それは憤りと呼べるものだった。
「あいつは僕たちを殺そうとした!しかも、散々罵倒して甚振ったんだよ!?それが殀鬼とどう違うっていうんだ!殀鬼が人を殺して地獄に送られるなら、あいつもそうならないとおかしい!!」
「掬緒、落ち着きなさい」坐胆が掬緒の肩に手を乗せる。
「私も彼のしたことは許していない。でも彼は人間だ。罪を償う余地がある。怒りや憎しみに囚われ、人を殺すしかできなくなった殀鬼とは違うんだ」
「僕は殀鬼になったけど、誰も人を殺してないよ!?」
気が立っている掬緒にとって、坐胆の最後の一言は自分を否定されたようにしか思えなかった。
「……ねえ、皆、何か言ってよ!!」
「掬緒!!」
(ピシャッ)
何処かで聞いたような音。そうだ。この音は、彩蓮を助けた報告をした後に響いたものとよく似ている。ぶり返す痺れと傷み。自分は頬を叩かれたんだ。
「いい加減頭を冷やせ!」
掬緒の目の前には、彼が嘗て見たことのない程怒りに満ちた䯊斬丸の顔があった。掬緒の頭は冷えすぎて、周りにいる全ての者が怖くなった。
「もういい!」
掬緒は走って本堂を出て行ってしまった。後には気まずい雰囲気が残った。
掬緒は男郎から出てこない。坐胆が気を遣い、他の四人と時間をずらして入浴と食事をさせる。怒りに怒って疲れたのか、掬緒は四人より早く寝てしまった。
「……いささか言い過ぎたか」
後で男郎に来た䯊斬丸は、穏やかな顔で眠る掬緒を見て後悔の念が沸いた。
「……明日謝ろう」
翌朝。
「掬緒!」
「掬緒、どこにいるの!?」
「きい兄ー!!」
養祥寺は騒ぎになっていた。掬緒がどこにもいないのだ。
「先生!!」
本堂へ駆け込む䯊斬丸。そこには坐胆がいた。手には縮地盤がある。
「誰かが使った形跡がある。おそらく掬緒だろう」
䯊斬丸は縮地盤を凝視する。だがいつも出る筈の光がない。
「まさか……どこに行ったかわからないのですか?」
「……そうだ」
坐胆の言葉に、”慚愧の怪”たちは動揺を隠せない。




