四つ葉ドールその2
破屋の君が出した火の光だけが辺りを照らす。暗闇のなかで顔だけが浮かび上がっているようで少し不気味だ。視界はあまり良くない。
でも、見づらい室内を見渡すとなんとなく部屋が見えてくる。寝床と化したワインセラーは床は藁で埋め尽くされていた。
まるで、簡易的に仮住まいとしていたかのようにワインセラーからはあまり生活感を感じなかった。
「とりあえず服は…君には…どうしようか…女物しかないからなぁ…それに君じゃ背格好的にブカブカか…あっ、このコットなんか男女兼用で着れるんじゃないかな。裾は少し調整しないとだけど」
「まぁいいさ。あとで服を買うといい。数ヶ月分のお金も君に渡そう。私の有り金全てさ…もう、使わないだろしね」
「それは、どういうこと?」
「私にはやるべき重要な事があるってこと。それが終わったら素晴らしいご褒美が待ってるはずだからね」
「君の方は予定を決めているのかな?決まっていないなら学園への推薦状でも、書いてあげるよ。友達も出来るかもしれない」
「と…友達。親しい間柄!」
「とても喜んでくれてありがとう。年齢は適当に10歳でいいかな」
破屋の君は、床に乱雑に置かれた蝋燭に火を灯した。藁に引火しないか不安でしょうがない。
ただ魔法というものがあるなら火を消すぐらいの事は出来るのかもしれない。
彼女は、ペンと紙を何処からか探してから床に寝そべった。
「あっ…眼鏡どこやったかな…あれがないと私は文字が見えづらくってね。近いものならよっぽど見えるから…まぁいい、そのまま書くか」
「…と、そろそろ時間的にやばいか…。そろそろ出発しないと、1日こんなところで予定を潰さないといけなくなる」
彼女は、水時計をみている。
水時計は高さにして、2Mぐらいあった。
ピラミッド型に3段に積まれた14組の水槽が、下部についている。上部は漏斗といった感じだ。下部には浄水された水が、上部には黒い水が溜まっている。
真ん中にあるのはクール貝という奴なのかもしれない。浄水のスピードがとてもゆっくりに感じた。貝自体の大きさは10cmほどだろうか。10個ほど束ねらている。
水槽は9つ目まで水が溜まっているが、これが何時を指し示すのかはわからない。
彼女は慌てて服を着込んだ。何重にも…。見ているこっちが疲れてしまいそうに着込んだ。
背中にはデカいリュックを背負っていた。
そして、リュックには2本の傘が刺さっていた。
「あっ…服の中に予備の眼鏡…これはラッキー…。んな事言ってる場合じゃない。悪いけど、あんまり構っていられないんだ。見送りはするけど。そこまでさ。あとは自分の力で生き抜くといい…」
あれよあれよという間に、背中を押されて外にまで連れ出されていた。
道中、ショルダーバッグを僕につけてくれた。
お金はここに入っているという事なのか。
ジャリジャリと音がする。
本来の予定ではこんな事をしている予定なんかなかったのかもしれない。
それぐらいに彼女は焦っていた。
「この傘は君にあげるよ。向こう岸に渡るにはこの傘が無いと怪我をするからね」
「傘が無いと、向こう岸に渡れない…?意味がわからない…」
「当たり前だろ。風の層を渡るには傘の上に乗るもんさ」
風の層とは一体なんだろう。
「いいかい、この黒い森を超えた先には風の層が広がっている。君はその層にただ流されていくだけでいい」
「風に乗って、向こう岸に渡るの?ちょっとお腹痛くなってきたから、うん明日にしよう」
「私には予定があるからね」
そういうと彼女は力強くで、僕の腕を引っ張って森の中を歩いていった。
森を抜けた先には、黒い水が暴れて波をうっていた。
「これが風の層なの?」
「そうさ、そんで対岸が見えるだろう。向こうに渡るんだ」
「これなら小船の方がいいような気がするんだけど…」
「小船じゃ、舵を切るのは大変だ。身体を使って全身で波に乗らないといけないんだ。この島を覆うように普段は風が渦巻いている。稀に出来る渦に乗らないと永遠にこの島の周りをぐるぐる回ることになる。風魔法が使えればまた違うんだけどね」
「ところで、この黒い水って何」
「黒い水の正体は何かって?成分的には血液じゃないかってさ。ここいらでは風に巻き上げられて黒い雨を降らせている原因さ」
「この黒い水のない晴れ渡った場所も多いんだけど生活用水に使っているから。否が応でも今後目にするかも知れないね。要は慣れさ」
「血液…」
「いやいやそんな怖い顔をするなって。この水は、どうやらこの層で作られたものでもないみたいなんだ。昔っからあるものだし、生活に必要ってなったら当然のように受け入れるしかないんだ」
「ここ以外にも風の層があるみたいな言い方だね」
「そうさ、上を見上げてご覧。いくつか島や大陸が浮かぶ時がある。夜が来るのも島のおかげさ。世界は2層から成り立っているんだ」
「まぁ…有史50年誰も大陸には到達していないからわからないんだけどさ」
「……2層?下は?」
「氷の球体が浮かんでいる。私達はそれをクルアと呼んでいて、そこを中心に世界は回っている。昔いた…ある学者は氷の巨人タートルマンがいると論文を出していたみたいだね…。それも破片しか残って無くって詳しくは知らない。技術が進歩すればそれもわかってくるのかもね」
「んじゃそろそろ行ってきな。ア・サラデ・グ・ムーア」
風が僕を後押しする。
世界が反転したように僕の視界は映った。
「た〜まや〜」
「空に打ち上げられてるんですが!これからどうすれば」
「希に出来る渦なんか待っていたら時間を食うだろ。これは君に説明している時間分のロスのつけだ」
「ぎゃああああ」
僕は慌てて傘を開いてその上に乗った。
心の準備が出来る前に無理矢理に出向させられた。そうじゃないとまた時間ロスしそうなのを恐れたのだろう。
層の上に着地した瞬間は、思っていたよりも衝撃がなかった。深めに丸みを帯びた黒い傘だけが僕を守ってくれる。
着地した時のふわふわした触感の心地良さは一瞬で終わり
すぐに現実に引き戻される
「あばばば…ちょっ…やばいって風早過ぎるし、転けそう。バランス取れない…。」
スピードがつきすぎたせいか、正面の空気でさえ僕の顔面を崩すのは簡単なようだった。
「前がまともに見えないっていうか、これだいぶ思っていた場所より流されているような…」
風にも種類があるみたいだった。島を覆う風は島をぐるっと回っているんだと聞いた。だったら向こう岸もそうなのかもしれない。
僕は傘の柄を掴み、限界まで身体を岸に傾けた。
黒い水が顔面にはね途中挫けそうになった…。
ただ向こう側の岸は思っていたよりどでかい。
心を踊らせていた。
学園があると言うことから察するに大国を期待していた。
ただ、その期待だけが自分を踏ん張らさせた。
僕はその大陸に向かって6時間ほど身体を傾け続けた。
苦行を耐えた僕の腕はプルプルと震え、全身は真っ黒、満身創痍で陸に上がった
「ふ…ふざけるな…これ、駄目なやつだ」
全身筋肉痛。これ以上力が入らなかった。景色を堪能する暇もなければ。気を抜けば全身を持っていかれる恐怖に震える旅であった。
周囲はすっかり夜になっていた。身体は全身真っ黒で辺りは真っ暗。おまけに岸まで黒いときたら。全身溶け込んでいて。誰にも発見してもらえないだろうということは悟った。
お腹はぺこぺこで、全く動ける気もしない。
時間的に出店すらやっていないだろう




