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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

スキル「勇者」の能力がショボすぎるんだが

作者: ちくわぶ

 

 それは突然の出来事だった。

 いつものように教室で自分の席に座り、友人と他愛もない話をしていたとき。


 教室全体が突如、光に包まれた。


「うっ...ん?はっ?!何処だここ?!」


 あまりの眩しさに呻き声をあげる。

 光がおさまったようなので目を開けると、そこには先程までいたはずの教室とは全く異なる景色が映し出されていた。

 周りを見渡すと、先程まで一緒に話していた友人達やその教室にいたクラスメイトもいた。


 俺はその瞬間に理解した、これは__


(異世界クラス転移だ!!!)


 クラスではスクールカースト上位でリーダー的な存在として振る舞っている俺だが、実はラノベなんかが大好きだ。

 最近ではネット小説にも手を伸ばし、異世界クラス転移ものも読んだことがある。

 しかし俺が普段から関わっている友人達はそういった事に興味がないだろう事から、この趣味はひた隠しにしてきた。

 そんな訳で自分達に何が起こったのか戸惑いはありつつも、すぐに理解することが出来た。


 しかし、友人達を含めたクラスメイトはそうもいかなかった。

 自分に何が起こったのか理解が出来ず、あわてふためいていた。


 そんな風に騒がしいなか、とても心地の良い声がその場に響いた。


「突然のことで驚かれていらっしゃることでしょうが、どうか私の話を聴いてはいただけないでしょうか」


 その声が響いた瞬間、騒然としていたその場は一気に静まり返った。

 声がした方向に目を向けると、輝きを帯びた鮮やかな金色の髪を腰辺りまで伸ばした翡翠色の瞳の女性がそこには立っていた。


「...綺麗」


 誰かがそう呟いた。

 その女性はこの世のものとは思えない程の美女で、静かになった俺達に微笑んだ。


「ありがとうございます。まずは、突然このような事をしてしまった御無礼を謝罪致します」


 そう言って美しい所作で頭を下げる女性。

 頭をしばらくして上げた女性は微笑んだ顔を引き締め、とても真剣な顔つきで言葉を続けた。


「重ね重ね御無礼を承知で申し上げます。どうか、この国、ひいては世界を救うために、お力をお貸し下さい」


 そうして再び、そして先程よりも深く頭を下げた女性。

 皆、突然の事で呆気に取られているようだ。

 ここは仮にもリーダー的な存在をしている俺が動く必要があると思い、異世界クラス転移を経験したという高揚を押さえながら、その女性に語りかける。


「ふぅ...本当に突然の事なので驚いてるのですが、世界を救うためとは一体どういう事でしょうか?あなたはご存じないと思いますが、私達は平和な世界で産まれ育ちました。とてもではないですがお力添えできるとは思えません」


 自分で言っておきながら、良くもまあこんなに口が回ったなと思う。

 異世界クラス転移というジャンルがあることを知っているからといって、俺自身動揺していることは確かだ。

 それなのにここまで話せる自分に少し驚いた。


「そうですね。まずはこの世界が今どのような状況にあるかご説明致します」


 俺の言葉を聴いた女性は、少しだけ深刻そうな様子を見せ語り始めた。


 曰く、

 ・15年前に魔王が代替わりした

 ・その新魔王は野心家であったため、各国に侵略戦争を仕掛けた

 ・魔王国は強国ではあったが各国に侵略戦争を同時に仕掛けられる程ではなかったはずだった

 ・しかし、いざ戦争が始まると魔王国の侵略は途轍もない勢いで進んでいった

 ・異変を感じた各国は力を併せ魔王国に対抗した

 ・研究や調査を進めるなか、魔王国は封印されていたはずの古の邪神によって操られていることが判明した

 ・そして、その戦争の最前線が今はこの国なのだそうだ


 概要はこんなところだった。

 この世界の現状について説明を終えた女性は更に話を続ける。


「もちろん、あなた方に無理強いすることは出来ません。私達の勝手な都合で呼んでおいて、力を貸さないからどうするということはございません。ですが、どうか...どうかお願い致しますっ!」


 真剣な面持ちで語っていた女性だが、最後は悲痛な表情で再び頭を下げた。

 俺はそんな姿が見ていられなく、声をあげる。


「俺なんかで良ければ、手伝わせてください。といっても、役に立つかはわからないですけど、アハハ」


 意気揚々と手伝うとはいったものの、何の力もない自分に何が出来るのかと自嘲気味に笑ってしまう。

 しかし、女性は俺の言葉を聴くと震えながら感謝の言葉を呟く。

 そして、女性は更に言葉を続ける。


「役に立つかはわからないなど仰らないで下さい。...そうですね、ご説明が遅れてしまいましたが、皆様方にはこの世界に召還される際にスキルが与えられている筈です。ご確認いただけるでしょうか」


 そう言って、女性はスキルとやらの確認方法を教える。

 俺と女性が話している間に少し落ち着いてきたのか、クラスメイト達もその方法を試し各々のスキルを確認していく。


 俺もその流れに倣い、スキルを確認してみた。



 名前:篠原 勇雅(しのはら ゆうが)

 スキル:「勇者」

 技:なし



 俺は、そこには映し出されていた「勇者」というものに驚いた。

 そして、なんともいえない気分になった。


 本来、勇者なんてものは主人公属性の代表格で喜ぶべきものなので、そんなスキルを手に入れられたということは選ばれし者ということだ。

 しかし、俺は素直に喜べずにいた。

 その理由とは、


 異世界クラス転移ものにおいて、当たりスキルやジョブはかませ役


 という法則があるからであった。

 当然、この世界にその法則が適応されるかどうかは不明ではあるのだが、如何せんその法則が頭をよぎってしまったのだ。


 自分のスキルを見て、なんともいえない感情になっていた所、俺に話しかけてくる人物がいた。


「よう、勇雅はどうだった?ちなみに俺は剣の達人だったぜ」


 そう言って来た男は、俺と同じく所謂陽キャグループに属する日野 貴斗(ひの たかと)

 バスケ部のエースで県大会優勝まで連れていった実績のあるイケメンだ。

 そんな貴斗に連なって2人の女子と1人の男子が近寄ってくる。


「私は氷属性魔法ってあったけど、みんなは?」


 そう言った女子は、霧雨 麗香(きりさめ れいか)

 綺麗な黒髪を胸辺りまで伸ばした、貴斗と同様同じ陽キャグループに属する美少女であった。

 霧雨に続き、もう1人の女子が語る。


「ウチは回復属性魔法だってさ」


 そう言った女子は、櫻井 (さくらい)美乃里(みのり)

 茶髪を肩につくくらいの長さで切り揃え、ウェーブがかかった形をしており、こちらも美少女である。

 櫻井がそう言うと、続くようにもう1人の男子が語る。


「うぇっ~?!みんな当たりじゃねぇかよ!俺なんか商才+1だぜ?」


 そう嘆くように言った男子は、寺川 輝斗(てらかわてると)

 軽音楽部でバンドを組んでおり、去年の文化祭では自慢のギターソロで見事に場を沸かせ、一躍学校中の有名人となったイケメンである。


 いつもの面子が揃い、全員の視線が俺に向く。

 俺以外の全員がスキルを言っているため、残りの俺のスキルがなんなのか教えろ、ということだろう。


 俺は自分のスキルを言うか迷った。

 理由はいくつかあるが、シンプルに「俺、勇者」なんて言うのが恥ずかしいというのもあった。

 しかし、みんな言っているなか俺だけ言わないというのもどうかと思ったので、少し恥ずかしいが言うことにした。


「あー、まぁ自分で言うのも恥ずかしいんだが、勇者だった...」

 

 そう言うと、友人達は少し驚いた様子を見せたが、何故かその後すぐに納得したような顔をする。


「あーね、確かに勇雅っぽいかも」


 櫻井がそう言うと、皆同様に首を縦に振る。

 そんな風に思われていた事に恥ずかしさを覚えるが、良く思われていることに悪い気はしない。


 そうして話している内容が聞こえたのか、先程の女性が唐突に俺の所まで来て手を取った。


「貴方様が勇者様なのですね!」


 あまりに突然の出来事で驚き、握られた手を振りほどいてしまった。


「あっ!も、申し訳ございません、はしたない真似を。それで、先程まで聴こえて来た、貴方様が勇者であるというのは本当なのでしょうか?」


 女性は自分の取った行動に少し恥ずかしさを覚えたのか、頬を少し赤く染め俺に問いかけてくる。


「えぇまぁ、一応そう表示はされていますが...」


 俺がそう答えると、女性は目を輝かせ再び俺の手を取り、「あのッ」と何かを言おうとしたのだが、


「ん"ん"ん、それでスキルを確認したはいいんですが、これだけではどうすればいいのか私達は分からないのですが?」


 と霧雨が割って入ってきた。

 その言葉に女性もハッ、とし俺の手を放して説明を続けた。


「申し訳ございません、そうですね。ではまずはスキルを確認した上でご協力くださる方を募集致します。もちろん無理強いは致しませんし、もしご協力いただけない場合も、今すぐには難しいですが元の世界へとお戻しすることをお約束致します。送還までに少しお時間をいただく必要が御座いますが、それまでは我が国で丁重におもてなし致しますので」


 女性のその言葉を聴いて、戦闘に向いたスキルではなかったのだろうクラスメイトの一部は安堵の溜め息を漏らす。

 そして俺は女性の言葉に続くように、


「ならさっきも言った通り微力ながらお力添えさせていただきたいと思います」


 という。先程既に協力すると言ってしまっているため、今更退くことなど出来ない。

 それに、「勇者」なんてスキルが弱い筈がないからな。

 かませ役だとしてもそれなりに戦えるなら問題ない。


 そんな俺の言葉に続き、貴斗達も協力すると言ってくれた。輝斗までのってこようとしたのだが、流石に皆で止めた。


 その後腹を括ったのか何名かが同様に協力の意思を示すと、同調圧力の影響か少し渋っていた面々も協力すると言ってくれた。


 その結果、40人いるクラスの内6割程の人数が協力する意思を示し、女性は涙を堪えるようにしながら感謝の言葉を繰り返した。


「沢山のご協力、誠にありがとうございます。そういえば、まだ名乗っておりませんでしたね。私はこの国、アルハディア王国の第一王女サリーナ・アルハディアと申します。何かお困りの事が御座いましたら何なりとお声がけ下さい」


 そう言ってサリーナは綺麗な所作でお辞儀をし、話を続ける。


「それでは、色々と話しておかなければならないことがございます。まず、スキルに関して___」


 曰く、

 ・スキルとは神から与えられたもの

 ・スキルは1人1つしか与えられない

 ・俺達が確認したスキルは今のところ何を持っているか確認出来るだけで、そのスキル自体の内容は分かっていない

 ・内容が分かっていないだけであり、発動自体はしている

 ・内容を知るには存在値という、レベルのようなものをあげなければいけない


 といったところだった。


「私は聖女というスキルを持っております。しかし、これまで聖女の力がどのようなものか分からなかったのですが...」


 サリーナがそう言うと、何故か途中で黙り俺の方を見つめて来た。

 そして、少し頬を赤く染め目をそらし言葉を続ける。


「皆様を召還した後、その力が覚醒したようです。存在値自体は以前よりあげておりましたので、どのような内容かも分かるようになりました。...少し話がそれてしまいましたね。つまり、皆様のスキルについて更に詳しく知るために、存在値を上げてもらいたいと思っております」


 そしてサリーナは存在値のあげ方を俺達に教えた後、俺達を訓練場というところに連れていった。

 訓練場に辿り着くと、サリーナが語る。


「先程ご説明致しました通り、存在値をあげるには魔物を倒さねばなりません。しかし、皆様は本来平和な世界で育ち、戦闘などの経験はないご様子。まずはこちらの訓練場で、我が国の騎士団に戦闘の稽古をつけていただこうと思います」


 そう言ってサリーナが少し捌け、甲冑に身を包んだ者達が前に出る。

 そして、先頭の中年ほどの男性が語り出す。


「異界の方々にご挨拶申し上げます。私、このアルハディア王国の騎士団団長を務めておりますライオネルでございます。本日より数日間、王女殿下の命により皆様方を鍛えさせていただきます。よろしくお願い致します」


 渋い声でそう言ったライオネルに続き、騎士団員が「よろしくお願い致します!」と敬礼をした。


 そうして数日間俺達は騎士団の人達に鍛えられ、いよいよ存在値をあげるために魔物を狩る実践へと移った。



 ______



 昼間の森、心地よい木漏れ日のなか、俺達は騎士団員と一緒に魔物を探していた。

 この森はあまり危険が無いらしいため、少人数のグループを作り、手分けして存在値上げに移っていた。


「む、居ましたぞ。ゴブリンが一匹...。本来ゴブリンは群れをなす種族ですが、武器も持たず一匹でいるということは、はぐれゴブリンですな」


 そう言って俺達のグループの護衛となったライオネルがゴブリンを見つけた。

 はぐれゴブリンはターゲットとして丁度いいと判断したライオネルは、あれを倒せと俺達に言った。


 俺達は問題なくゴブリンを倒すと、貴斗と霧雨が声を上げた。


「おっ!スキルの詳細が分かるようになったぜ。どれどれ...おおっ、こいつはすげぇ!!」


 そうして貴斗は詳細を語った。

 曰く、

 ・剣を扱う際に無駄がなくなる

 ・剣の切れ味が格段に良くなる

 ・呪いの効果がある魔剣の呪いが無効になる


「私もスキルの詳細が分かるようになったわ。私の方は__」


 そう言って霧雨もスキルについて語り出す。

 曰く、

 ・水属性魔法の上位互換

 ・氷属性魔法に強い適性を持つ

 ・同種の属性魔法によるダメージを大幅減少


「うへぇ、ウチまだなんだけど~。ってか勇雅はどうなん?」


 2人が詳細が分かるようになったことを櫻井が羨ましそうにしながら、俺に問いかけてきた。

 俺は能力を確認してみる。



 名前:篠原 勇雅(しのはら ゆうが)

 スキル:「勇者」

 技:スラッシュ、パリィ



「俺の方もまだみたいだな。まぁ焦らず行こう。別に競いあっているわけでもないんだしな」


 俺もまだ詳細は分からなかった。

 ちなみに技に関しては、騎士団との訓練で身につけたもので、これらはスキルに関係なく覚えられるものと、スキルによる固有技があるようだ。


 そんなこんなで、ライオネルや貴斗達と協力しながら森を散策し、魔物を探していると。

 うわーと、何処からか男の呻き声が聴こえて来た。

 ライオネルはその声を聴いた瞬間に訝しむように顔を歪める。


「ライオネルさん、今の声は一体...?」


 俺がそう訪ねるのとほぼ同時に、キャーー、という女性の叫び声が聴こえた。


 気づいたときには動いていた。

 俺はライオネル達をおいて、声のした方向に全力で走っていた。

 自分のとった行動に驚いてしまう。

 普段の俺だったら、もう少し落ち着いて行動していただろう。

 しかし、あの時俺は迷わず足を動かしていた。


 全力で声のする方へ駆けつけ、そこに辿り着いた俺の目に映った景色は凄惨なものであった。


 辺りには血が飛び散り、叫び声を上げたであろう少女、クラスメイトの斎藤さんの前には首のない甲冑を着た物体が2つ転がっている。

 他にも辛うじて息はあるようだが3名のクラスメイトが周りに転がっていた。


「斎藤さんッ?!」


 そして斎藤さんが見つめる先には、黒い肌で白い髪、額には第3の目がある人の形をしたナニカが佇んでいた。

 そのナニカの両手には、それぞれ人間の生首が握られていた。


 そのナニカは声のしたこちらに振り向き、首を傾げた。


「ん?なんだ貴様?...はぁ、まぁなんでもよいか、殺す事に変わりはない」


 そう言ってナニカは斎藤さんに更に近づく。

 その次の瞬間、俺はまた自分の行動に驚きを隠せない。

 気がついたときには、俺はそのナニカに斬りかかっていた。

 突然斬りかかってきた俺に驚いた様子のナニカだったが、俺の攻撃は意図も容易く片手で受け止められる。


 訳が分からなかった。

 見たところ6人相手にしても一切の怪我がなく、今の、いや未来の俺でも勝てるどうかなど分からない相手に、何故俺は斬りかかっているのだろうか。


 俺のスキルは「勇者」だが、正直この世界に来てから身体能力が格段に上がったと感じることもない。

 つまり、今の俺はちょっと訓練された一般人程度の力しかないのだ。

 だというのに、何故俺はこんな無謀な事をしているのか。


 しかし、ナニカはそんな事を考えてる暇を与えてはくれない。

 俺が斬りかかった剣を片手で弾くと、もう片方の手にいつの間にか取り出した真っ黒な剣を持ち、俺の空いた体を斬ろうとする。


 その瞬間、俺は悟った。

 ここで死ぬのだと___。


 しかし、その剣は俺の体に届くことはなかった。

 俺と、ナニカが持つ黒い剣の間にもう1つ剣が割って入ってきた。


「この子達は殺らせんぞ、邪神の使徒め!」


 そう言って、ライオネルがナニカの剣を弾き返した。


「ほう、人間が私の攻撃をいなすとは面白い。少し相手をしてやる」


 そう言ってナニカとライオネルの攻防が始まった。

 ナニカはまたしても真っ黒な剣を瞬時に取り出し、両手に1本ずつ持ち、剣を構えた。

 相対するライオネルは1本の剣を両手で正面に持ち、魔力を練る。


 先に動いたのはライオネルからだった。

 剣を正面に構えたまま、ナニカに向かって突っ込んで行き、目前に迫ると即座に剣を上に構え、振り下ろすようにして斬りかかる。

 しかし、ナニカは左手に持った剣でライオネルの斬撃を受け止めると、右手の剣でライオネルを串刺しにしようと突きを放つ。

 そんな突きをライオネルは身を少しよじることで回避し、そのよじった勢いのまま高速の回し蹴りをナニカの脇腹に叩き込む。


 ライオネルの回し蹴りによって2人に少し距離が出来、ライオネルは一度体勢を立て直すために更に距離を取ろうとする。

 すると、ナニカが唐突に笑い始めた。


「ハッハッハッ、随分と楽しめそうな相手が出てきたものだ。少し本気を出してやろう」


 ナニカがそう言うと、ライオネルの顔色が突然少し悪くなる。

 ライオネル冷や汗をかいて、先程よりも元気がないように見えた。


 そんなライオネルに構わず、ナニカは「行くぞ」と言ってライオネルに斬りかかる。

 ライオネルもその動きに反応し、ナニカが放つ斬撃を受け止めるのだが、明らかに先程よりも動きが鈍い。


 そうして、何度かの打ち合いで平行線が続いた戦いに変化が起こる。


 容赦なくライオネルに振りかかる連撃。

 ナニカが放つ連撃にライオネルはやっと対応していたのだが、強い一撃に体勢を崩してしまう。

 そして、ナニカの口が大きく歪みライオネルの空いた体を斬ろうとした瞬間、


(あぁ、まただ。何故なんだ。なんで__)


 ナニカの斬撃を1つの剣が受け止めた。

 しかし、ナニカの斬撃の衝撃までは受けきれず吹っ飛び転がっていく。

 ナニカがその斬撃を受け止めたものに目を向ける。

 そこには、先程自分に唐突に斬りかかってきた人間が転がっていた。

 ライオネルとの戦いを楽しんでいたため全く持って眼中になかったはずの存在に、この戦いを邪魔された事に酷く苛立ちを覚えるナニカ。

 すぐさまその人間を殺そうと動いたのだが、当然ライオネルがそれを許さなかった。


「はぁはぁ、命拾いをした。だが、もう負けんぞ。貴様の魔力の圧にはもう慣れた」


 そういったライオネルの顔色は先程よりも幾分かましなように見える。

 しかし、それほど長い時間ではなくとも戦いによる疲労がライオネルにも蓄積されていた。

 本来、自分1人でなんとかしようと考えていたのだが、それも難しくなってきた。


「致し方ない。シノハラ殿!私1人ではもう厳しい。力を貸してはくれぬか!」


 ライオネルは後ろで倒れている勇雅にそう声をかけた。

 すると、後ろから立ち上がる音がする。


「はぁはぁ...もちろん、そもそもこうなったのも俺のせいですから。足手まといかもしれませんが、そうならないよう頑張ります」


 ライオネルは勇雅のその言葉に笑みを浮かべる。


 しかしライオネルに力を貸すとは言ったが、どうしたものか。

 俺にはあいつをどうこう出来るとは思えない。

 さっきのだって、俺があいつの眼中に無かったから割って入れたんだ。

 だが、あいつはもう俺にも殺意を向けている。

 ライオネルと連携が出来るならこの状況も打破出来るのかもしれなけど、それには俺の実力が足りなすぎる。


 少し、辺りを見回してみる。

 いつの間にか場所は移動していたようで、斎藤さん達の姿は見当たらない。

 もう少し見回してみると、地面に光る物が落ちているのが目に入った。

 良く見てみると、それは折り畳み式の手鏡だった。

 デザインから察するにクラスメイトの誰かの落とし物、恐らくナニカから逃げている時に斎藤さんが落とした物、といったところだろうか。


(手鏡見つけたからって、なんだって話なんだけどな。...いや、もしかしたら使えるかも?)


 手鏡を見つけ、突破口が開けたように思えた。

 しかし、その突破口はあまりにも小さすぎる道で、正直賭けでしかない。

 そもそも、そんなに上手くいくのかもわからない。

 だが、何もせず殺られるわけにはいかないので、やるしかない。


「ライオネルさん、お願いしたい事が___」


 俺はライオネルに思い付いた作戦を伝える。

 作戦というにはあまりに稚拙なものであったが、ライオネルは現状を打破するには賭けに出るしかない、と俺の作戦にのってくれた。


「作戦会議は終わったか?さぁ、続きを始めようじゃないか」


 ナニカは先程と同様に両手に1本ずつ剣を持ち、こちらに斬りかかってくる。

 ライオネルがその斬撃を受け止める。

 再び、ライオネルとナニカの打ち合いが始まった。


 俺はというと、必死に辺りを確認する。

 そして、目的の場所を見つけた。


「ライオネルさん!!!」


 俺がライオネルに合図を出す。

 ライオネルも「承知!」と言い、一気に攻勢に出る。

 ライオネルの捨て身の強襲に、ナニカは必死に対応する。


 そして、ライオネルとナニカは先程俺が声をかけた場所まで辿り着く。

 そこは、なんの変哲もない森の中。

 唯一他所と違うところと言えば、木が少なく、燦々と輝く陽射しが強く当たるくらい。

 しかし、それが重要だった。


 ライオネルとナニカの実力は拮抗している。

 恐らく、先程までは周りに斎藤さん達がいたため巻き込まないように細心の注意を払っていたが故、押されているように見えたのだろう。

 ならば、一瞬でも隙を作ることが出来れば戦況は大きく変わる。

 俺なんかが2人の戦いに割ってはいれば、それはただライオネルの足手まといとなり、不利になるだけだ。

 しかし、俺にも出来る事がある。


 俺は先程見つけた手鏡を手に取る。

 右手には剣、左手には手鏡、と少し歪な状態だが、準備は整った。


「ライオネルさん!!!」


 俺はまたライオネルに合図を送る。

 その声に反応し、ライオネルが少し左にずれナニカの斬撃をよける動作をする。

 俺はライオネルが空けてくれた間に入り、ナニカの斬撃に向かい、


「パリィ」


 その斬撃を弾いてみせた。

 しかし、ほんの少しだけ体を開いたナニカだがすぐに弾かれた方と逆の剣で俺を斬りつけようと睨み付ける。


 そう、それでいい。

 確かに、ナニカの視線は俺を捉えている。

 俺はすかさず手鏡を俺とナニカの間に出す。


「ウッ?!!」


 それは一瞬だ。ほんの一瞬。

 手鏡に映る強い陽射しの反射を直に見たナニカは、ほんの一瞬だけ隙をみせた。

 しかし、その一瞬みせた隙をライオネルは確かに捉えた。


 ライオネルの剣がナニカを大きく斬りつける。

 その斬撃は確かにナニカに大きなダメージを与え、ナニカは更に大きく隙を作る。


「シノハラ殿!一気に畳み掛けるぞ!」


「はい!はあぁぁぁー!!___スラッシュッゥ!!」

「一閃!!!!」


 俺とライオネルの斬撃がナニカを襲う。

 辺りが静寂に包まれる。

 そして、バタリ、とナニカが倒れる音がした。


 俺は呼吸を整え、ナニカの方へ視線を向ける。

 そして俺の目に映ったのは、ナニカが塵になって消えていくところだった。


「これは一体?」


 俺が目の前の現象を疑問に思っていると、ライオネルが答えてくれた。


「邪神の使徒は、邪神に力を授けられる際に肉体を捧げるようです。故に死んだ際は肉体が残らずに、このように塵になる」


 ライオネルが説明を終えると俺に視線を向ける。


「色々と言いたいことはありますが、今は後にしましょう。とりあえず先程の者達のところへ。部下達も弔ってやらねばなりませんので」


 ライオネルはそう言って、歩を進める。

 斎藤さん達の元へ戻る途中、気になっていた事を聴いてる。


「そういえば、貴斗達はどうしたんですか?」


「彼らには転送石で王城に戻って貰いました。シノハラ殿を追いかける、と聴きませんでしたので強制送還しました」


 ひとまず貴斗達は無事みたいで安心する。

 それぞれのグループに転送石は1つしかなかったらしく、貴斗達に使ってしまい今はないそうだ。


 そんなこんなで斎藤さん達の元へ着く。

 斎藤さんは先程の戦闘の余波で気絶しており、他の面々も先程同様、まだ目は覚めていないようだ。


 ライオネルが部下の弔いを終えると、部下の死体の腰に着いている巾着袋から石を取り出した。

 恐らくあれが転送石なのだろう。


「気絶しているみんなを集めます。シノハラ殿も手伝ってくだされ」


 そう言われ、俺とライオネルで気絶みんなを1ヵ所に集め、ライオネルが転送石を使った。

 若干の眩しさに襲われ反射で目を閉じる。

 そして、再び目を開くとそこは王城の俺達が召還された部屋だった。


 その後、戻ってきた俺達を見つけた貴斗達がこちらに勢い良く向かってきた。

 貴斗に殴られたり、霧雨に泣かれたり、櫻井に怒られたり、と色々あったがみんな俺の無事を喜んでくれた。


 ライオネルには


「私が言いたいことはご友人達に言われてしまいましたね」


 と微笑まれてしまった。


 ___



 俺達はそれぞれに与えられた自室に戻っている。

 今回の事件は国側も相当驚いたようで、とても深刻な面持ちで重鎮っぽい人達が思案している様子を見かけた。


 しかしまぁ、色々あったがこうして無事に生きていられることが幸いだ。

 今回は大きな怪我もなく、本当に運がよかった。


 しかし、今回の事件では不思議な事が何度も起きた。

 普段であれば、俺はあんな大胆な行動や無茶な行動はしない。

 どちらかというと慎重に生きてきたと言える人間なのに、今日は違った。


「スキル『勇者』が関係してんのかな?ってか、それ以外考えられないよなぁ。___そういえば、あんな敵倒したんだから、存在値上がってんじゃね?」


 そう思い、俺は自分の能力を確認してみる。



 名前:篠原 勇雅(しのはら ゆうが)

 スキル:「勇者」上限済

 詳細:・勇気が出る

 技:スラッシュ、パリィ



(?????????)


 俺は目を疑った。

 詳細と新たに追加された欄には、たった一言だけ書かれていた。

 確かに、心当たりはある。

 今日の戦闘もそうだが、召還されたばかりの時にサリーナに対して動揺しながらも話が出来たりと、心当たりは確かにある。

 あるのだが...___



「勇者の能力ショボすぎだろぉぉおおおお!!!!」



読んでくれてあざす

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