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9 宝石林檎


「なんだか不思議な気分がするな、隣りに人が歩いてる。ぼっち? 陰キャ? お前ら名前憶えたからな!」

「ふふっ。新鮮ってことだよね、コラボ初めてだって言ってたから」

「そういうこと。こうやって会話しながらダンジョンを歩くのも久しぶりのことだからなー」


 これまで関わりのあった冒険者に配信業をやってる人はいなかった。

 ここ最近はソロ攻略ばかりやっていたし、なんだかすこしそわそわする。


「あぁ、もちろん警戒は怠ってないから安心してくれ」

「うん、そうだね。いつ何が起こってもいいようにしてるから大丈夫だよ」


 チャット覧に湧いた杞憂なコメントに返答しつつ第五階層をいく。

 底の浅い川を横断し、岩肌の地面を歩き、うねる木の根の上を渡る。


「あ、見て、ハバネくん。あそこ」

「ん? お、ジュエルアップルだ」


 生い茂る枝葉の影の下、見上げた先に生る宝石のように煌めく果実。

 溢れ出した蜜に包まれたそれは、まさに天然の林檎飴だ。


「ちょっと待ってな」


 天翔空駆アイルを唱えて両翼で羽ばたき、一息にジュエルアップルの元へ。

 ちょうど二つ生っていたので両方とももらうことにした。


「はい」

「ありがとう! 見掛けても高いところにあるから何時も諦めてたの。いただきます!」

「いただきます」


 結晶化した蜜がパリっと割れて、さっくりと果肉に歯が通る。

 噛むたびに甘過ぎないすっきりとした味わいが口の中に広がった。


「んー! 美味しいぃ」

「あー、美味い」


 ジュエルアップルは鮮度が落ちやすく、賞味期限が短い。

 取れたて新鮮を食べられるのは冒険者の特権だ。

 チャット覧でも美味そう、腹減ってきた、ちょっとダンジョン行ってくる、などと行ったコメントが複数流れていく。


「これが食べられるだけでも冒険者になる価値あるよ、間違いないね」

「ちょっと大げさな気もするけど、そうかもな」


 ジュエルアップルを頬張るのに夢中な凜々は幸せそうだ。

 それくらい緩んだ顔が出来るなら、ダンジョン自体に恐怖心はないのかもな。

 だとすると恐怖心の源はやはり魔物か。

 戦闘になったときどうなるか注意しておかないと。


「ん? ……近くにいるな」


 ジュエルアップルをちょうど平らげて芯だけになったころ。

 食事中も警戒を怠らなかったことが功を奏し、魔物の存在にいち早く気がつけた。

 甘い匂いに釣られてか、数体の尾立猿が木の上から俺たちを睨んでいる。

 かと思えば、じわりじわりとこちらに近づいて来ていた。


「凜々」

「うん」


 返事をした凜々の手は震えていた。

 やはり魔物に対しての恐怖心が大きいらしい。

 あんな目にあったんだ、それも当然。


「ここは俺が――」

「ううん、大丈夫」


 恐怖心を乗り越えるように、震える手が握り締められる。

 立ち向かう意思を見せたなら俺がその機会を奪うわけにはいかない。


「見てて」


 俺と撮影ドローンを見て、凜々は尾立猿へと駆ける。


憐花満開フルブルーム


 風に乗って舞い散る花吹雪。

 色取り取りの花弁が重ね合わさり、形成するのは無数の剣。

 舞い踊る花剣の乱舞が、襲い来る尾立猿を斬り刻む。

 可憐な魔法から繰り出される鮮烈な攻撃。

 蝶のように舞い、蜂のように刺す。

 凜々が人気になった要因の一端を見た気がした。


「大丈夫、戦える。私は平気、冒険者だもん。このくらい……」


 自分にいい聞かせるように凜々は唱えている。

 その様子を心配するコメントが、先ほどの鮮烈な戦闘シーンに歓喜する視聴者の隙間にすこしだけ紛れていた。


「お見事、凜々。素敵な魔法だな」

「ハバネくん。えへへ、ありがとう」


 魔法が解除されると、花剣は花弁へと戻り風に乗って散っていく。

 凜々の中に宿る恐怖心も同じように吹き飛んでしまえばいいんだけど。


「この調子でどんどん行こう!」

「あぁ」


 チャット覧をちらりと見ると、やはり凜々の様子についてのコメントがちらほらと見える。俺の配信でこれなのだから、凜々の配信ではもっと違和感を感じている視聴者が多いだろう。

 魔物との戦闘は問題なくこなせていたからダンジョン攻略に支障はない。

 けど、やっぱりどこか無理をしている印象がある。

 自信過剰な訳ではないけれど、俺がこの場にいてよかったと思う。

 今の凜々を一人で行動させるのは危険だ。


「あ。ねぇ、ハバネくん。あの人たち」

「お、冒険者か。撮影ドローンは……ないか。みんな悪い、一端画面切る」

「配信の同意をもらうか、通り過ぎるまで音声だけになっちゃうの。ごめんね」


 配信に同意のない冒険者を映すのは、緊急時を除いて基本的にはマナー違反。

 視聴者たちもそれは承知の上で、はーい、了解、しかたないね、という風に理解を示してくれた。

 とりあえずアイキャッチ画像を映像の代わりに差し込んでおこう。

 画面が真っ暗になるよりマシだ。


「やあ、ちょっといいか?」


 近づいて声を掛けると、二人がこちらに気付く。

 どちらも同年代くらいの男で、片方は目付きが鋭く、もう片方は温厚そうな人相をしている。装備の汚れ具合からして、この階層の攻略はこれからと言った様子だった。


「実は今――」


 配信中であることと遠目からでも映り込んでしまったことを伝えようとしたところ。


「……配信者か」


 あからさまに不機嫌そうな言葉に遮られてしまう。

 鋭い目付きをしたほうだ。

 この人は配信者のことをあまりよく思っていないらしい

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