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7 お礼とお願い


「じゃあ、相談に乗ってくれる?」

「相談?」

「そう。急に環境が激変したから、対処しなくちゃいけないことが多くてさ。たとえばSNSのダイレクトメールにわんさか来てるんだけど……」

「あぁ、切り抜き動画関係だね。これはたしかに慎重にならないと。全部がそうだとはもちろん言わないけど、言動を継ぎ接ぎして悪いほうに印象操作してくる人もいるから」

「だよな。俺はこの界隈にそんなに明るくないけど、たまに聞こえてくるくらいだし」


 誤解を招くような切り抜き動画が炎上したり、それでチャンネルが声明を出したり。

 多くはないが少なからず存在すると言った印象だ。

 凜々が言うとおり、全部が全部そうではないとわかってはいるけれど、二の足を踏むには十分な理由になる。


「でも、許可もなく勝手に切り抜いちゃう人が出てくるのも時間の問題だと思う。だから、えっと、許可申請をした人のリストって見せてもらえるかな?」

「あぁ、ちょっと待って……はい」


 携帯端末ごと渡すと、凜々はすこし驚いた表情をしつつも受け取った。


「ハバネくんって気にならないんだね」

「なにが?」

「個人情報の塊だよ? これ」

「あぁ、そういう」


 人によっては絶対がつくくらい嫌なことか。

 携帯端末を人に渡すなんて。


「でも、見ないだろ?」

「え、うん。それはもちろん」

「じゃあ別に」

「そうなんだ……」


 世間には色んな人がいるな、と思っていそうな表情をした凜々はリストに目を通していく。


「あ、この人」


 携帯端末が返却され、画面に目を落とす。

 名前はきなこ餅。


「私の切り抜きをよくやってくれてる人だよ。編集も丁寧だし、トラブルに発展したこともないから心配はないと思う」

「なるほど、じゃあこの人で決まりだな。あぁ、でも許可出すのが一人だけってのも角が立つか」

「それなら――」


 互いを行き来する携帯端末。そのたびに申請許可のリストが増えていく。


「とりあえず、このくらいか」

「だね。あとなにか問題が起きた時ように声明文とか考えておいたほうがいいかも」

「炎上とかしたことある?」

「幸せなことにまだ。でも、いつかは起こると思うからちょっとびくびくしてる」

「自分が原因で炎上するとも限らないからな」


 飛び火して燃えることなんて、この界隈に限ったことじゃないし、どこでも多々ある。

 気を付けていても起こる交通事故みたいなものだし、せめて道路に飛び出さないように心掛けないと。


「ありがと、助かったよ」

「こんなことでよければまた相談してね。これで恩を返し切れたとは思ってないから」

「律儀だなぁ」


 もう十分過ぎるくらいだけど。


「じゃあ、また相談ごとが出来たら連絡するよ」

「うん。あー……あと、その……」

「まだ何か用事?」

「用事というか、なんというか……」


 歯切れの悪い凜々は一度大きく深呼吸をする。


「あのね、お礼をするって言っておいてなんなんだけど、お願いがあるの」

「お願い? 俺に出来ることなら協力するけど、どうしたんだ?」

「情けない話なんだけど……ダンジョンに挑戦するのがちょっとだけ怖くなっちゃって」

「あぁ……そうか」


 助かったとはいえ、凜々は間違いなく死地にいた。

 運良く助かったけれど、死んでいても可笑しくなかったし、その確率のほうが高い状況にいたんだ。

 それでも生還できたことは喜ばしいことだけど、その経験は凜々の心に傷を付けるには十分だった。


「助けてくれたハバネくんと一緒なら安心できると思うの。このまま時間が経っちゃうと、どんどんこの恐怖心が大きくなりそうで。だからお願い、私のリハビリに付き合って」

「それはもちろん構わないけど。これってつまり、アレか?」

「アレ?」

「コラボって奴?」

「コラボ……うん、そうなるね」

「そっか、俺コラボって初めてなんだよ。一度やってみたかったんだ。俺でよければ是非」

「ありがとう! じゃあじゃあ、早速日取りを――」


 お互いに都合のいい日を決め、本日は解散。

 何度もお礼を言う凜々を見送り、帰路につく。

 件の切り抜き動画はいつの間にか五十万再生に届き、チャンネル登録者数は四万人が見えて来た。

 もう正直、数字の増え方が異常すぎて驚きも少ない。

 その分、嬉しい気持ちが増してくる。

 やっぱり数字が増えていく様子は見ていて楽しいものだった。


「さて、と」


 自宅に戻り、ソファーにどっかりと腰を下ろす。


「切り抜きの許可出さないと」


 凜々と一緒に決めたリストから順に許可を送っていく。

 すべて送り終えるまで十分ちょっと掛かり、長めの息が出た。


「断りの連絡は……切りがないよな」


 ダイレクトメールは今も増え続けている。

 一応それらすべてに目は通しているものの、個別の返事は出来そうにない物量だ。


「ん? この名前」


 指でスクロールしながらダイレクトメールを眺めていると、ふと見覚えのある名前が目に止まる。

 ツナマヨ。

 俺が配信を初めてからずっとコメントをくれていた人だ。

 そのツナマヨが切り抜き動画の許可を求めていた。


「わかった、いいよ」


 追加で切り抜きの許可を行い、SNSを閉じる。

 これまで支えてくれた視聴者へのちょっとした恩返しだ。

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