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5 変わり始めた日常


「これでよしっと」


 包帯を巻き終え、患部の応急処置が完了する。

 消毒液が思いの外染みたのか、彼女の目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「出血は多いけど、見た目ほど酷くなかった。地上に帰れば魔法で一発だよ」

「ありがとう。キミが助けに来てくれなかったら私は今頃」

「危ないところだったな、間に合ってよかった。視聴者のお陰だ」

「リスナーの?」

「あぁ、俺も配信しててさ。そっちの視聴者が伝書鳩みたいに現れたんだよ、助けてくれって」

「そうだったんだ……リスナーのみんな、ありがとう」


 開きっぱなしの彼女の配信画面のチャット覧には無事でよかった、一時はどうなるかと、どう致しまして、などのコメントが流れていく。

 冒険者の配信行為に懐疑的な意見も多々見られるけれど、現場に立っているこちら側にすればメリットのほうが多い。

 今回の件だって彼女が配信をしていなければ恐らくは助からなかっただろう。


「最初は荒らしかと思ったけどな」

「私のせいでとんだご迷惑を……」

「大丈夫だって、ちょっと驚いただけだから。マジで」


 こちらのチャット覧にも次々に謝罪文が流れてくる。


「ほら、そのお陰でヒーローになれたし。一度やってみたかったんだ、こういうの。冒険者なら憧れるだろ? こういうシチュエーション」

「それは、たしかに」

「だろ? 良い体験が出来て嬉しいよ。だから、そんなに気負わなくていいって。冒険者は助け合いって奴だ」

「優しいんだね。本当にありがとう」


 彼女は再び深々と頭を下げる。

 照れくさいったらないな、ほんとに。

 チャット覧も感謝の言葉で埋め尽くされている。

 本当にヒーローになったみたいだった。


「アンネイソウの群生地が近くにあってよかった」


 取り繕うように、話を逸らすように、そう切り出す。

 アンネイソウが咲き乱れるセーフティーゾーン。

 ここに魔物は近寄らない。


「甘い香りがして落ち着く。ここがダンジョンだって忘れちゃいそう」

「あんなことがあったのにな」

「あんなことがあったのにね」


 一面の花畑は心を穏やかにしてくれるダンジョンにおける唯一の休息地。

 魔物避けになる便利な花なのに、摘むとすぐに枯れてしまうのが惜しいところだ。

 まぁ、それをねだるのはあまりにも強欲というものか。


「その怪我じゃ地上に戻るのも一苦労だろ? 送ってくよ」

「あ、そんな。悪いよ、助けてもらったのに」

「助けるなら最後まで、だ。それにここで、はいさようならじゃ、視聴者に袋叩きにされちまうよ」


 そうだぞ、せやせや、とチャット覧がまた加速する。

 今日だけで一体どれほどのコメントが流れたのだろう?

 冒険者になって配信を初めてから三ヶ月くらい経つけれど、この一瞬ですべてが抜かされていそうだ。


「だから、な?」

「そうだね。うん、わかった。じゃあ、お願い」


 怪我をしたほうとは逆の左手を握り、彼女を立ち上がらせる。


「あ、あの……あー」

「ん? あぁ、そう言えば自己紹介とかしてなかったっけ」


 緊急事態だったから、初対面の相手に対して行うべきことがすっぽりと抜け落ちてしまっていた。


「えーっと、こう言う時はチャンネルのほうで名乗るんだよな? ってことで、天音ハバネだ」

「ハバネくん、だね。私は花坂凜々(はなざかりり)


 花坂凜々

 花盛り、か。


「ハバネくん。その、送ってくれるってことはつまり、その」

「ん? あぁ、もしかして高い所が苦手とか?」

「ううん、そうじゃなくて……重く、ないかな? 私」

「いや、想定してたよりずっと軽かったけど」

「ほ、ほんと?」

「あぁ、飛行速度がもっと落ちるかと思ったけど、全然だった」


 本当に凜々は軽かった。

 事と次第によっては飛べないかもと思っていたが、その心配は杞憂というもの。

 まぁ、それでも人一人分の質量はあるから、その分の負荷は両翼に掛かるけれど。


「よかったぁ」

「俺もよかった」

「ハバネくんも?」

「ほら、触られるのが嫌だった、とかだと後でセクハラ扱いされるかも、って」

「そ、そんなことしないよ。命の恩人なのに」

「それが聞けて安心したよ。ここには証人が沢山いるから、訴えられたら勝てないからな」


 ちらりとチャット覧を見やると訴訟の文字がちらほらと見える。

 面白半分の冗談でも質が悪い。


「安心も出来たことだし、地上に戻ろう」

「うん。あの、よろしくね」


 なるべく傷に障らないように抱きかかえ、天翔空駆アイルを唱える。

 背中に生えた純白の羽根で勢いよく飛翔し、天井に走る裂け目を目指す。

 途中、また赤い鳥の魔物に襲われもしたけれど、なんとか無傷でダンジョンを抜けられた。

 凜々の負傷は迅速な応急処置の甲斐もあってか、痕も残らず綺麗に治ったようだ。

 入院する必要もないらしい。


「改めてありがとう、ハバネくん。お陰で助かりました」

「どう致しまして」


 ダンジョンに隣接された病院の前、通行人の邪魔にならない隅の方。

 向き合って立つ凜々の包帯はすっかり取れていた。

 ちなみに病院についた時点で配信は終了してある。


「あの、連絡先交換してくれないかな? ほら、お礼とかしたいし」

「別にいいよ、お礼なんて。俺がピンチの時、近くにいたら助けに来てくれればそれで」

「もちろん、そのつもりだけど。それだけじゃダメ。きちんとしたお礼がしたいの。それに、そうしないと後でリスナーのみんなに怒られちゃう」

「そう来たか」

「そう来ました」


 したり顔の凜々にしてやられたな。

 俺が言ったことをそのまま持ってこられては素直に受け入れるしかない。


「じゃあ」


 携帯端末を取り出して、連絡先を交換する。

 するとディスプレイに凜々の本名が表示されて、気がつく。


「あ」

「あ」


 どうやら俺の本名も向こうに表示されたようで、お互いに声が漏れた。


「あはは、やっちゃったね」

「まぁ、もう配信外だし」


 べつにいいか。

 普通に出会っていたら、普通に名乗っていたわけだし。


「じゃあ、また今度な。四季崎咲希しきざきさき

「うん、連絡するね。奥空翼おくぞらつばさくん」


 悪戯っぽく互いのフルネームを呼び合って、本日は解散。

 慣れないことをしたせいか、貴重な体験をしたせいか、シャワーを浴びたあとすぐベッドに沈んでしまった。

 そして、翌日の朝のこと。


「えぇ……?」


 天音ハバネのチャンネル登録数が一万を越えていた。

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