4 舞い降りる救援
両親の反対を振り切って、私は冒険者になった。
目指した切っ掛けはとある冒険者の配信。
画面の中の彼女は格好良くて、綺麗で、眩しくて。
幼心に冒険者を目指すのに時間は掛からなかった。
その日から私の生活と言えば、それまでとはまるで別物。
頭が痛くなるような勉強も、避けてきた運動も頑張って、甘い物も控えるようになった。
ちょっとだけ。
とりわけ魔法の訓練は人一倍頑張ったつもりだった。
どんな状況でも冷静に魔物を斃せるって本当にそう思っていたのに。
「どうしてっ」
息が苦しい。心臓の鼓動が激しい。右腕が痛い。足が自分のものじゃないみたい。
後ろをちらりと見ると、さっきより魔物の数が増えてるように見えてしまう。
嫌だ、死にたくない。
そう思えば思うほど足は強張って、魔法になるはずの魔力が散っていく。
「あんなに練習したのにっ」
第一階層も第二階層も第三階層も第四階層だって、うまくやってこられた。
私なら大丈夫だって自信もついたのに。
本当の命の危機を感じて、私はどうしようもなく震えてしまった。
怯えて、怖がって、意気地なしな自分になってしまう。
奮い立てない。
「誰か……」
あぁ、このまま死んでしまうんだ。
魔物に食べられてしまうんだ。
嫌だ、嫌だよ。
「誰か、助けてっ」
声は滝の音に掻き消されて届かない。
はずだった。
「――天使?」
私の目の前に舞い降りた純白の翼を持つ人。
舞い散る羽根の只中で私は彼と目が合った。
§
「伏せてろ!」
叫び声は彼女に届き、その背後では猿の魔物が爪を振り上げていた。
低くなる姿勢。羽ばたく両翼。
羽根で空気を掴んで得た推進力で加速し、彼女の頭上すれすれを刀身が過ぎる。
一閃を描いた剣撃は魔物の胴体を二つに両断し、鉱石光を受けて残光を残す。
光の軌跡が消える前に、更に加速して続く魔物たちへと突っ込んだ。
両翼を畳み、回転を掛けて螺旋を描く。
身を包む純白の羽根は触れた魔物すべてを例外なく斬り刻み、両翼を広げて急停止。
これで寸前まで迫っていた魔物と彼女との距離が空いた。
降り立った位置はちょうど浅い川で赤の混じった水が滝底へと流れていく。
側には魔物の死体が落ち、その凄惨な光景を前にして魔物たちは足を止めた。
尾が発達した尾立猿。硝子のような瞳を持つ硝眼狼。岩をも砕く鋭い爪を持つ砕岩熊。
数は多いけど、個々はそれほど強い魔物じゃない。
「けど殲滅に拘るより、救出が優先か……いや」
地面を飛ぶ影が駆け抜けていく。
見上げた空には長い嘴を持つ嘴槍鳥が何羽か旋回していた。
いま彼女を抱えて空を飛んだところで逃げ切るのは難しい。
人一人抱えて落ちる機動力は馬鹿に出来ないし、気合い入れるしかなさそうだ。
「みんな、あの子に危険が及んだら知らせてくれ」
チャット覧には任せろのコメントが流れていく。
それを横目に長く息を吐き、刀を握る手に力を込めた。
「行くぞ」
先んじて仕掛けたのは魔物のほうから。
睨み合いに痺れを切らした硝眼狼が停滞を破って飛び出し、他の魔物たちもそれに続く。
迫り来る無数の魔物に対して、こちらも両翼を羽ばたいて反撃。
掴んだ空気を前方へと送り出し、吹かせた突風には鎌鼬が仕込んである。
風に押され、刃に斬られ、バラバラになっていく魔物たち。
その最中、空から落ちてくる槍が一つ。
鋭く長い嘴を持つ嘴槍鳥がこちらを貫かんと迫り、それをバックステップで回避。
足下に突き刺さる嘴槍鳥の嘴。それを蹴り折ると飛翔して空中へ。
鎌鼬はすこしの間、持続する。その間に航空戦力を排除しないと。
弾丸の如く突貫してくる嘴槍鳥の攻撃をひらりと躱して攻撃に繋げ、鋒で円を描いた刀が胴体を断つ。
「下が心配だ。早めに終わらせる」
天翔空駆の最高速は嘴槍鳥よりも速い。
羽根対羽根のドッグファイトはこちらに軍配が上がり、空中戦の本場を荒らしながら次々に撃墜し、最後の一羽を地に落とす。
羽根を散らして滝壺へと落ちていく様子から画面へと目を移す。
「おっと、急がないと」
チャット覧の様子で状況を知り、即座に急降下。
彼女の側まで迫った魔物を錐揉み回転しながら処理し、勢いを殺し切らないまま着地してちょうど彼女の前で止まる。
「時間がない、抱えるぞ」
「え? ひゃっ!?」
返事を言う暇も与えず、彼女を抱きかかえて飛翔。
嘴槍鳥を一掃して制空権は奪取済み。
空中へと逃れる寸前、尾立猿の爪が靴底を掠めた。
「残念」
舞い上がりどう足掻いても爪や牙が届かない位置へ。
見下ろした魔物たちは口惜しそうにこちらを睨み、尾立猿は必死に石をこちらに投げている。決して届かないと知っていながら。
「ここに来る途中にセーフティーゾーンを見付けたんだ。とりあえずそこに付いてから怪我の応急処置をしよう。我慢できるか?」
「は、はい!」
「よし、じゃあさっさとここから離れよう」
人一人抱えては飛ぶ速度も落ちてしまうけれど、問題なく飛行は可能。
アンネイソウの群生地を目指して加速した。
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