3 フレアガン
玉虫色のそれは見る角度によって色合いが変わって見える。
樹木から滴り落ちているこの背景がなければ宝石と言われても疑わないだろう。
「綺麗だな……お前のほうが綺麗だよ? 誰に言ってんだよ」
腰に差していた刀を抜き、玉虫琥珀に鋒を当て、柄の先を軽く叩く。
ちょうど良い大きさの塊が外れたので、それを腰に巻き付けた雑嚢鞄に仕舞う。
多少のべたつきはご愛敬。自然に優しい洗剤で手は綺麗に洗っておいた。
「幾らになるかな。装備もただじゃないからなぁ。使うと欠けるし、すり減るし。携帯食料は食べると無くなっちまうし。こいつもそろそろメンテに出さないと」
撮影ドローンを小突く。
「投げ銭させろ? いやー、そんな日がくるもんかね」
視聴者から配信者へ金銭を送ることが出来る機能が配信サイトにはある。
投げ銭を受け取るには色々と条件があって、中でもネックなのがチャンネル登録者数だ。
現状、俺のチャンネル登録者数は51人ほど。
投げ銭を受け取るには四桁達成が条件なのでまだ足下すら見えていない状況だ。
「伸びてほしい? ありがとう。でも、俺は今ののんびりした配信も好きなんだ。元々、金銭目的じゃなくて趣味で始めたもんだし。伸びなくたって別に構いやしないんだ。まぁ、もらえるもんならもらいたいもんだけどな。投げ銭」
最後に軽く笑い飛ばして話を終わらせる。
金絡みの話はいやらしくなるのでそこそこで切り上げたほうがいい。
視聴者は金の話がしたくて俺の配信を見てくれているわけじゃないしな。
「さて! 攻略再開……ん? 助けて? なに? うわ、なんかメッチャ流れて来た」
チャット覧が加速し、似たような文言が次々に表示されていく。
助けて。緊急事態。救難信号。他にも長文でなにか送られて来ているがチャット覧の流れが速すぎて読み取れない。
「なんだなんだ、荒らしでも湧いたのか? おまえらこんな底辺荒らして楽しいか? やるならもっと大手のチャンネルをだな……え? 違う?」
違う。そうじゃない。コメント見て。
チャット覧の様子がまた一変し、なにかを訴えかけてきている。
「んん? ちょっと待て。わかった、適当なところでチャット覧止めて見るからなにか伝えたいなら書き込んでくれ」
すると、また長文が流れ始め、適当なところでチャット覧の流れを止める。
「えーっと……冒険者が窮地。俺が一番近い。救援に行って欲しい。マジか――場所は!?」
止めていたチャット覧の流れを再開。するとすぐにURLが流れてくる。
指先で触れると別枠で配信が流れ始め、その映像には大量の魔物から逃げる一人の少女の姿があった。
長い髪をかき乱して必死に走るその姿には赤が目立つ。
右の上腕部を負傷しているようで戦闘服に血が滲んでいる。
赤はそのまま裾まで伸び、手の平を通って指先から散っていた。
怪我のせいで腕が動かせない様子だし、出血量も多い。
かなり不味い状況だ。
「ダメだ、これじゃ位置がわからない」
第五階層に来たばかりで土地勘がないし、まだそれほど歩き回ったわけじゃない。
地形に疎い俺ではこの配信から位置情報を割り出すことは不可能だ。
「せめてなにか目印は……そうだ。フレアガン。フレアガンを空に撃つよう書き込んでくれ」
了承の旨が書かれたコメントが流れ、彼女の配信にもフレアガンの文字が流れる。
けれど。
「逃げるのに必死で読めないか」
それもそうだ。
大量の魔物に追われて生きるか死ぬかの時にチャット覧なんて目に入らない。
「とにかく空に」
天翔空駆を唱え、背中に生えた両翼で舞い上がる。
俯瞰視点から第五階層を眺めてみるも、木々の枝葉に埋もれて彼女の姿は見えない。
そもそも俺の近くにいるかも怪しい。
耳を澄ませてみても聞こえるのは滝の音ばかり。
「移動……どっちに? 下手したら遠のくぞ。でも、ここでいても埒が――」
その時、木々の枝葉をすり抜けて光り輝く弾丸が空へと登る。
強烈な光を放つそれはフレアガンの弾丸で間違いない。
「気付いた! あそこか!」
全力で両翼を羽ばたいて加速。
風を斬って空を駆け、彼女の元へと急いだ。
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