2 巨人の箱庭
「あった、あそこだ」
第二階層、廃都遺跡は鉱石の天井と荒れ果てた遺跡で構成されている。
眼下に広がる街並みは残骸だらけ。
石柱は倒れ、道は瓦礫でふさがり、建物は枠組みだけを残して崩れ落ちている。
そんな風景の中にも第一階層のような裂け目は存在していて、キャンパスにナイフで傷を付けたかのようにそれは開いていた。
純白の翼を羽ばたいて羽根を散らし、裂け目へと向かってダイブ。
両翼を畳んで錐揉み回転しながら落ち、高速で亀裂を通り過ぎる。
数秒と立たずして第三階層、紅蓮山河へと到達。
両翼を広げて空中で静止すると、視界に膨大な赤が突きつけられる。
「いつ見ても赤いな、ここ」
第三階層は赤い山と赤い川で構成されている。
土や岩、植物に至るまで同じ赤い成分を含んでいるのだとか。
川が赤く見えるのは川底が赤いから。
赤い木々に実った果実を食べたモノを捕食しているからか、この階層に生息するすべての魔物は種類に関係なくすべて赤い。
ゆえに赤くない冒険者を積極的に攻撃する習性を持っている。
「うわ、やべ。見付かった」
それは初め赤い雲のように見えた。
だが赤い背景で視認性が悪くなっていただけで、それは最初から鳥の魔物の群れだった。
「第四階層に避難!」
ダンジョンの魔物は階層が深くなるにつれて強力になっていく。
だからか基本的に魔物は階層を越えて獲物を追うことがない。
「画面酔いに注意!」
両翼で空気を掴み、羽ばたいて加速。
撮影ドローンを掴んでトップスピードに乗り、風を切って魔物の群れを引き離す。
そのままの勢いを維持しつつ第三階層の裂け目へと飛び込み、第四階層へ。
裂け目を過ぎると夏の日差しを思わせる強烈な光に包まれ、青い海と白い砂浜が目に飛び込んでくる。
第四階層、封鎖海域。
フィールドの大半が海水で占められた階層で水生の魔物が多く生息している。
魔物が気にならないのであれば一夏のバカンスをここで過ごすのも悪くない。
まぁ、その際、白い砂浜は血と肉で第三階層の如く赤く染まるだろうけれど。
「追っ手は……なし。オッケ、逃げ切った。ふぅ……」
海の綺麗な景観を眺めつつ一息をつく。
この階層の異様な明るさも、天井に生えた鉱脈のお陰。
第二階層よりもより多くの鉱石が光を放っている。
「えーっと……あそこだな」
前回はこの第四回層を攻略し、第五回層へと続く通路の前で終わりとし、地上へと帰還した。今回は前回の続きから、ということで、第四回層の亀裂は通らずに通路前に降り立つ。
「よっと。ってことで今回のアレは修了っと……本編修了? 解散? コラコラ、帰るな帰るな。これからだっての」
このやり取りも毎回恒例になってきたな。
「なんで裂け目を通ってどんどん深く潜らないの? か。そりゃ出来なくはないけどさ」
ちらりと側にアンネイソウが生えているのを確認しつつ質問に答える。
「調子に乗って深く潜りすぎて帰ってこられない、なんて冒険者じゃ珍しくないからな。俺は空を飛べるから深く潜りやすい。だからこそ、攻略は一階層ずつって決めてるんだ。それが理由」
自分の身の丈を弁えておくべきだ。
長く冒険者を続けたいなら、長く生きていたいなら。
「ビビり? 勇気と無謀は違うんだよ。さて、じゃあここからが本編だ。第五階層に行くぞ!」
目の前の通路に足を踏み入れ、螺旋状の下り坂を進む。
ぐるぐるぐるぐる、回ることしばらくして螺旋の終着地点を過ぎる。
足を踏み入れるとすぐに崖に行き当たり、そこから階層全体が見渡せた。
高低差の多い苔むした足場が点在し、至るところから流れる水が滝のように落ちていく。
遠くには山脈が横たわり、岩肌の地面に張り付くように根を張り巡らせた木々が景観を彩っている。
「ここが第五階層、巨人の箱庭だ」
舞い落ちた落ち葉が鼻につき、それを指先で弾く。
流れ落ちる水の音に耳を澄ませながら、崖からすこし距離を取って歩く。
数センチほどもない底の浅い川。
抉れたように出来た道から見る滝の裏側。
舞い散る花びらを敷き詰めた湖の水面。
木の根に足を取られないようにしつつ歩いていると、比較的平らな岩場の上に一本の樹木を発見した。
絡みに絡まったスパゲッティーのように入り組んだ木の根の上を歩くと、鉱石光を受けてキラキラと輝く何かを発見する。足場を選びつつ近づくと、それは樹木の幹から滴り落ちて固まった琥珀だった。
「玉虫琥珀だ」
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