15 小さき者のテリトリー
「ダメ、来た道を戻ってもここに辿り着いちゃう」
何らかの魔物に惑わされていると気付いてすぐ、俺たちはあらゆるルートを通って脱出を試みた。獣道を辿り、道なき道を歩いた。けれど、やはりと言うべきか、この傷を付けた樹木の前に戻って来てしまう。
違和感の元になった既視感を拭うことができない。
「正攻法じゃ脱出は無理だな。なにか手を考えないと」
「ハバネくんはどんな魔物が関係してるか見当はつく?」
「いや、幻覚の類いを見せる魔物は幾つか知ってるけど、どれも第六階層にはいない。それになにより」
「そうだね。リスナーのみんなまで惑わされてるから、きっとその類いじゃない」
魔物が見せる幻覚は画面を一枚挟むと効果が失われる。
それを利用した幻覚破りの眼鏡なんて装備もあるけれど、それはともかくとして。
遙か遠くに離れた位置にいる視聴者を丸ごと幻覚に掛けてしまう魔物なんて聞いたことがない。
「謎は尽きないな」
「いったいいつから同じところをぐるぐる回ってたんだろう?」
「いつから……そうだ、確かめてみよう」
「あ、そうか。ずっと配信してたから映像が残ってるはず」
「画面が揺れるけど我慢してくれよ、みんな」
視聴者に断りを入れてから撮影ドローンを手に取り、そこから魔法でタッチパネルを生成。
記録した映像を閲覧し、巻き戻してみる。
「ふんふーん」
ある程度の所で止めると、凜々の鼻歌が聞こえて来た。
「は、恥ずかしい……」
「まぁまぁ、鼻歌ぐらい歌うって」
自分の配信を見返してみると、こんなこと言ってたっけ? となるのはあるあるだ。
人の振りならぬ、我が振り見て我が振りを直すという状況が多発する。
「今度から気を付けないと」
「俺は好きだけどな、凜々の鼻歌」
「もう! からかわないで」
「ごめんごめん」
チャット欄がかわいいで埋まる中で凜々をからかっていると、映像が樹木の前を通り過ぎる場面に移行する。
撮影ドローンに搭載されているカメラはば三百六十度全方位の撮影が可能な優れもの。
配信の都合上、一方向だけしか映されていないが映像自体は保存されている。
「うーん、それらしい魔物は見付からないね」
「たしかにいるはずなんだけどな。いないなら俺たちが度を超した方向音痴ってことになる」
「それは避けなきゃ」
映像を横スクロールすると新たな角度から映像を見返すことができる。
ゆっくりと角度を変えながら録画を見直していると、一瞬茂みの中を何かが横切った。
「今の!」
「見付けた!」
一時停止からのすこしだけ巻き戻し。
カメラを構えていても写真を取り逃しそうな一瞬でも、録画ならぴしゃりと止められる。
一時停止画面に映った魔物はふわふわの丸っこいフォルムに特徴的な長い耳が生えていた。そしてもう一つ特徴的なのは額から生えた一本角。
「これ、もしかして」
「あぁ、角兎……だよな? あの」
「たしか額の角で周囲の空間を歪ませるっていう」
「何度もここに戻って来てたのはそういうことか」
空間ごと歪まされてでたらめに繋がれていたのだとすれば、視聴者すら惑わせたのも頷ける。当事者である俺たちでさえ、その事実に気がつかなかったんだ。限定された情報しか読み取れない視聴者にわかるはずもない。
俺や凜々、そして視聴者も、この一匹の小さな魔物に騙されていたんだ。
「凄いな二万五千人を騙した魔物だぞ」
「それを言うなら私の配信にも五万四千人いるから八万人近く騙してることになるね」
「史上最強の角兎かもな」
そんな冗談を交えつつ録画映像を閉じて周囲に目を向ける。
「俺たちは角兎のテリトリーにうっかり入っちまったみたいだな。出られなくなった」
「普通なら出会うのも難しいのに凄い確率……角兎を捕まえて斃さないと一生ここから抜け出せないかも」
角兎は基本的に臆病な性格で、他の魔物や冒険者を寄せ付けないために歪んだ空間――テリトリーの中に身を潜めている。
大抵の場合、それに弾かれて近づけないのだが、いくつかの偶然が重なると入り込めてしまうことがあるという。
「空間を元に戻さないと。角兎には悪いことしちゃうけど」
「そう言えば角兎の肉は滅茶苦茶美味いって噂を聞いたことがあるな。レアすぎて市場に出回らないから確証はないけど」
「絶対に斃さないと!」
凜々は意外と食欲に忠実だった。
そう言えばジュエルアップルも随分と美味しそうに食べてたもんな。
「角と毛皮も高く売れるだろうし、良い機会だと思ってやってみるか。兎狩り」
「うん! 料理は任せて、絶対に美味しく仕上げるから!」
もう脱出するより食べることのほうが優先されている気がするけど。
まぁ、脱出と調理はこの場合、イコールだから問題ないか。
「でも、どうやって見付け出そう? すばしっこかったけど」
「そうだな……でも、軽そうだったよな?」
「え?」
天翔空駆を唱えて飛翔、すこし高めの位置に滞空し、大きく両翼を広げた。
「あ、スカート危ないかも」
「もしかして……」
スカートを押さえる凜々、大きく羽ばたかれる両翼。
地面に叩き付けられた風が土や木の葉を巻き上げながら周囲に拡散。
雑多な植物を大きく薙がせ、突風を巻き起こす。
「スパッツ履いてるから大丈夫だけどっ」
吹きすさぶ風からスカートを守る姿に、チャット欄は大盛り上がり。
男って馬鹿だなと思いつつ、次からはもっと凜々に配慮しようと心に決めた。
そして茂みの中から影が飛ぶ。
「きゅー!」
角兎だ。
「見付けた!」
直ぐに捕まえようと再び両翼を羽ばたいた、その刹那。
視界の端から光の一条が過ぎ、吹き飛んだ角兎を射る。
転がった死体には黄金の矢が突き刺さっていた。
「誰か、そこにいるのか」
吹き飛んだ時点で空間の歪みが直ったのか、元々テリトリーに迷い込んでいたのが三人だったのか。ともかく何者かの乱入によって角兎は仕留められた。
死体の前に降り立ち、矢が放たれた方向に目を向ける。
「申し訳ありませんわ。意図せずとはいえ、横取りをしてしまいましたわね」
装飾過多な装備で着飾られた一人の女性が立っていた。
その側には撮影ドローンが浮かんでいる。
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