14 第六階層
天井に開いた裂け目から飛び出し、第五階層を一望する。
追従する撮影ドローンから送信される映像は、大迫力のシーンが続いていた。
舞い降りる地点は第六階層へと続く通路入り口。
つまり、恒例のアレだった。
「よっと」
優雅に着地を決めて抱えていた凜々をゆっくりと下ろす。
「どうだった、みんな。初めて見る人も多いと思うけど、楽しかっただろ?」
恒例のこれを知るものは二桁しかいない。
いまいる同接二万五千人のほとんどは知らないので恒例というのも何だけれど。
けれど、どうやら視聴者には楽しんで貰えたようでチャット欄は賑わっている。
俯瞰視点で次々に階層を横断していく映像なんて中々見られない。
けれど、本編修了なんてコメントが流れてこないのは少し残念だな。
「あ」
いや、見付けた。
すぐに流れてしまったけれど。
常連だった人のコメントがたしかにあった。
いなくなった訳じゃない、なくなった訳じゃないんだな。
あの頃の日々が。
「あれ、どうかしたの? ハバネくん。楽しそうだけど」
「そう? 気が緩んでたのかもな」
表情を引き締め直して第六階層への入り口に向き直る。
階層端の岩壁にぽっかりと口を開けた通路。
ここから先は俺たちにとって未踏の地だ。
「行こっか」
「あぁ、行こう」
螺旋状の通路を下り、俺たちを待ち構えるように次の階層が顔を見せる。
濃い緑の匂いと多湿な気候、鉱石光は多くが遮られ、視界は緑で覆い尽くされた。
第六階層、森林墓場。
この階層は多種多様な植物と、枝葉の隙間から垣間見える巨大生物の遺骨で構成されていた。
「話には聞いてたけど、こうして生で見ると尋常じゃないくらいデカいな」
「山、ううんそれより大きいかも」
山脈の輪郭であるかのような背骨。大地を掴むかのような肋骨。尾は階層の端に掛かり
、頭蓋は森を噛んでいる。
岩のように風化し、苔むした今の状態からは、それがかつてどのような姿をしていたのか想像するのは難しい。
でも、きっとそれは雄大なものだったに違いない。
「どうやってこの階層に来たのかって? たしかにあのサイズが移動できるような構造じゃないよね、ダンジョンって」
「階層ごとに区切られてるしな、裂け目もそんなに大きくはないし。まぁ、ここで生まれたって考えるのが一番自然かな」
「あんなに大きくなる魔物がいるなんてちょっと信じられないね」
「この階層に初めてきた冒険者はそれはもう驚いただろうな。でも、この骨以外に超巨大な魔物は見付かってないって言うし。踏みつぶされてペラペラになる心配はなさそうだな」
「吹き飛ばされて地面に人型の穴ができる心配もね」
くすりと笑い合って、本格的な第六階層の攻略を開始。
木々の隙間には冒険者が踏み固めて作った道と、魔物が踏み固めて作った道とが混在し、ルートがいくつも存在するある種の迷路のような構造になっている。
魔物が作った獣道をうっかり進んでしまうと、巣に到着してしまうこともあるのだとか。
人と魔物の道を見極める術は簡単。
先人たちが残してくれた傷跡だ。
「あ、この木に目印があるよ。こっちが正解みたい」
「先輩冒険者に感謝しないとな」
ペイントはすぐに落ちてしまうが、傷跡は長く残ってくれるもの。
雑嚢鞄からナイフを取りだし、目印である傷跡を浅くなぞる。
こうすればより長く持つ。第六階層に挑戦する冒険者の恒例行事だ。
「次は……あっちだな」
「じゃあ私が」
凜々も同じようにナイフで傷跡をなぞる。
道を見失わないように慎重に歩きつつ、交代に傷をなぞっていく。
そんな中、ふと違和感を憶えて立ち止まる。
「どうかしたの? ハバネくん」
「いや」
何気なく見上げた樹木には逆巻くように蔓植物が巻き付いていた。
小さな赤い花が一輪、蔦から垂れ下がっている。
「なんでもない」
視線を正面に戻し、攻略再開。
けれど、またしばらくして違和感に襲われた。
「なんなんだ? この違和感」
具体的になにかと説明することは出来ないのが気持ち悪い。
とにかく何かが可笑しい。
「実は私もさっきからすこし嫌な感じがするの。なんでだろう?」
凜々も感じているなら、これは気のせいじゃない。
チャット欄に目を通して見るも原因に気づけた人はいないみたいだ。
あらゆる予想が飛び交っていて参考にするのはまだ早そう。
配信画面から目を離して違和感の正体を探していると、ふと気がついた。
「この木……」
一本の樹木、それに巻き付いた蔓植物、一輪だけ咲いた赤い花。
「もしかして……」
樹木の幹にナイフで傷を付けて目印を新たに刻む。
「行こう」
「う、うん」
俺の行動を見て凜々もチャット欄の視聴者も、なんとなく違和感の正体に気がついた。
俺たちはそれを確かめるためにその場を後にし、先輩冒険者たちが作った道を歩く。
分かれ道もなく続く一本道。迷うはずはなく、逆走することもない。
だが、それでも行き着いてしまう。
「これ、ハバネくんが付けた……」
「間違いない、俺の目印だ」
俺たちはこの樹木の前にいつの間にか戻って来ていた。
道に迷う要素はなかった。
どうしたってこの樹木の前に戻ってくる道理がない。
そんなはずがないのに、俺たちは今ここにいる。
つまり、何かに――いや、なんらかの魔物に俺たちは惑わされていた。
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