記憶の束縛
「ただいまー!」
「おかえりなさいヒロちゃん。ちゃんと手洗ってから入るのよ」
「わかってるよー」
今日は久しぶりにお父さんが帰ってくる日だ。
俺の父親は大手スポーツ用品メーカーのそこそこ偉い人。しょっちゅう海外を飛び回っているせいで日本にいる時間が短い。
その分稼ぎはすごくいいのだろう。俺の家は三階建ての豪邸(庶民目線)なのだから。
海外のセレブが住むようなプールと庭園付きの豪邸でもなければ、和風の超でかいお屋敷ってわけでもない。けれども前世の中流階級だったころの記憶がうっすらとある俺にとって、この家はまさしく豪邸だ。
食卓に豪華な食事が並ぶ。母さんが腕によりをかけて作った料理だ。
ちなみに前世では主食がカップ麺だったので、母さんが作った料理が今世での大きな楽しみの一つとなっている。
父さんが帰ってくる日はこんな風に労うのが我が家のしきたりだ。
仕事の都合上いつ帰ってくるか不規則な父だが、今日に関しては夜の飯時帰宅とのことなので母子二人でこうして待っている。
「それにしても今日はご飯が多いね。お父さんが帰ってくるときってこんなに多かったっけ?」
「あら?言ってなかったかしら?今日はおじいちゃんも来るのよ」
「えぇ!?ほんと!?」
なんと今日はおじいちゃんまで来るらしい。ここで言うおじいちゃんとは母方の祖父のことだ。
家が離れているために盆と正月しか会うことができないが、いつも俺に良くしてくれている。
今日はたまたま父親が帰り道に祖父の家を通るのでついでに拾ってくるらしい。
そんな祖父は元プロ野球選手。現役時代は”豊畑ドラゴンズ”のピッチャーとしてその名を轟かせた球界を代表する選手だった。
そして・・・俺の秘密を唯一知っている人でもあった。
「ただいまー」 「お邪魔するぞー!」
しばらくすると二人が帰ってきた。
「おかえりなさい。遅かったわね」
「いやぁそれがさ、どうも事故があったみたいで。渋滞にハマっちゃってたんだよね」
「おかえりなさい!お父さん!おじいちゃん!」
「おっ!ただいまヒロ!元気にしてたか?」
「うん!お父さんもお仕事どうだった?」
「順調だよ。もう少ししたらもっと帰ってこれるようになると思うからな」
「あらほんと?それじゃ少し早いけど前祝ってことにしましょう!今夜はご馳走よ!」
「「やったー!」」
「わしもお邪魔するぞ」
「遠慮せず入ってー!」
「はっはっは、ヒロは元気がいいのう」
「ありすぎて困ってるのよ」
「まぁまぁ、若いうちは元気なのが一番じゃよ」
「まったくです。じゃあ我々もヒロに全部食べられる前に食事といきましょうか」
「そうじゃな」
食事が終わると父さんの土産話が始まる。毎回恒例の展開だが、なにせ世界中を旅回っている人の話だ。とっても面白い。
今回はアメリカに行ってきたらしく、お土産に自由の女神の小さな模型をくれた。
父は行く先々でその土地ならではの模型を買ってくるので、俺の部屋はまるで小さな万国博覧会の様相を呈していた。
話が終わるとそのまま父さんは一番風呂へ向かい、母さんは食器を洗いに台所へ行ったので、リビングは俺と祖父の二人きりだった。
「稔浩、外へ来なさい。話がある」
おもむろに口を開いたおじいちゃんは『表へ出ろ』とのこと。
還暦を迎えてなお鍛え抜かれたその筋肉がワイシャツごしにこちらを見つめてくる。まだ元気な白髪をオールバックで決めたその姿は老いを感じさせない。
「どうしたのおじいちゃん。こんな時間に外に出ると身体冷えちゃうよ」
「酔いがさめてちょうどいい。今は黙って俺についてこい」
そういうと玄関から出ていってしまった。
慌てて後を追いかける。
しばらく無言で後をついていくと近所の公園にたどり着いた。俺がよくみんなでボールを蹴っている場所だ。
「まぁ座りなさい」
どっこいしょとベンチに座ったおじいちゃんは俺にその向かいのベンチに座るよう言った。
促されるままに俺もベンチに座る。
「・・・聞いたぞ稔浩。サッカーをしているそうだな」
とても低くて鋭い声だった。
「うん」
「どうしてだ。お前は野球やるべき人間。神はお前を野球のために産み落としたといっても驚きはしない。その野球への理解の深さ、サッカーをさせるにはあまりに惜しい」
「ご、ごめん。けど、野球を見るだけで俺はどうにかなりそうになる。前世の忌々しい記憶が蘇ってしまうんだ。前におじいちゃんには話したよね? 俺の秘密のこと」
「あぁ。最初は半信半疑だった。しかし、お前の頭に残る”日本”の記憶、それはまさしくこの世界とは異なるもので、それでいて現実のものだった。片手で数えるくらいしか歳を重ねていない者の言葉とは思えない。まさしく、転生したとでもいわん限りはな」
これはまだ小学校に入学する前のこと。祖父の家に初めて遊びに行ったとき、居間に飾られていた野球のグラブを見て激しい倦怠感を抱いた。
それと同時に頭に強烈な記憶が濁流のように押し寄せる。その記憶は俺の体内を蝕んだ。正確には”魂を”とでもいうべきかもしれない。
澄み渡った天国のような環境から、なんの才能もなくただ打ちのめされるだけの地獄のような日々へと引き戻されるような感覚。
すると突然、頭が割れるかと思うほどの激しい頭痛が俺を襲う。周りには誰もいない。助けを呼ぼうにも声が出ない。俺は立つのもやっととなり柱に身を寄せながら倒れこんだ。
『あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!痛い!!死ぬっ!!』
拷問のような時間の中で俺は確かにその声を聴いた。
『お前みたいな奴、そのまま死んじゃえばいいんだ』 『そうだそうだ死んじまえ』 『仮初の姿でしか社会に出られないお前はどうしようもないゴミ人間だ』 『そうだそうだお前なんてゴミ人間だ』 『おいどうした無能。何から何まで与えれて、恥ずかしくないのかよ。』 『そうだそうだ首生きてて恥ずかしくないのか』
無数の声が頭の中で木霊する。
「だ、だまれぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!」
だが抵抗むなしく意識は朦朧とし、身体は持ち上がりそうにない。
死を覚悟したそのときだった。
「おい!しっかりせんか!大丈夫じゃ!わしがついとるぞ!」
その声を聴いて俺の意識は途切れたのだった。
ブックマークや評価ポイントが少しでもついてくれるとうれしいものですね。
うれしすぎて数字が増えるたびにユニバーサル大回転してます。
作中ではやっと野球の話題が出ましたね。私が野球と同じくらいサッカーが好きなので気が付いたらこんなことになっていました。
まぁ「タイトル詐欺だろ切腹しろ」という意見はそっと胸に仕舞って、これからもゆっくりとお楽しみください。
(頑張ってタイトル回収するんだよ!未来の自分!)