ハンス
「ほ、本当にごめんなさい!」
「いや…いいって別に」
俺は今、宿屋のベッドの側でエイラに謝られている。理由はもちろん昨日の夜、エイラの抱き枕にされたことだ。まあ、俺としてはありがたい事だったのだが。
「俺は全然気にしてないよ。それより早く金稼ぎに行こうぜ」
「で、でも…服が…」
確かに俺の洋服の左胸の部分は、エイラの涎でグショグショに濡れている。気にしてないと言えば嘘になるが、それをエイラに直接伝える訳にはいかない。
「ほら、行くぞ」
笑顔を崩さずに外に出る準備をして、俺とエイラは宿屋を出た。そして金稼ぎのため『ナナクスの森』に行く前に、腹ごしらえをするべくひとまずギルドに向かった。その道中、
「おっ、エイラじゃないか!調子どうだ?」
顔立ちの整った青年にエイラが呼び止められた。どうやらエイラの知り合いのようで、エイラは笑顔で答える。
「ハンスさん!もちろん絶好調ですよ!」
ハンスと呼ばれた青年は人の良さそうなスマイルで、エイラと他愛もない話をし続ける。そして横にいた俺に気付くと、エイラに俺について聞いた。
「エイラ、この人は?」
「あ、紹介します!この人はパーティメンバーのヒロキさんです!」
「…おー!ついにパーティできたのか!よかったな!」
「ありがとうございます!ハンスさんのおかげです!」
仲良さげにハイタッチを交わし、ハンスはスマイルを俺に向けてくる。そしてエイラの肩にポンと手を置いた。
「エイラは…まあ、ちょっと抜けてるところもあるけど、良いところも多いからさ!よろしく頼むな!」
「ぬ、抜けてるって何ですか!?」
「ハハ…」
俺は楽しそうに会話する二人に、精一杯の愛想笑いを振り撒く。俺がエイラとパーティを組んだことを知った途端、ハンスは俺に殺意のようなものを向けていたからだ。
(…なんで殺意なんか向けられたんだ…?と、とりあえず離れた方がいいな…)
「じゃあ俺達は飯食いに行くんで、これで!」
「わっ!」
強引にエイラの手を引いて、俺は逃げるようにギルドへ向かった。そしてギルドで飯も食べ終わった俺は、エイラへハンスについて聞く。
「…なあエイラ、あのハンスって人、どんな人なんだ?」
「どんな人…ですか?うーん…」
少し抽象的な質問をしてしまったかと思ったが、エイラは少し考えたあと笑顔で答えた。
「優しい人…ですかね…?」
「へぇ…優しい人か…」
そんな優しい人が初対面の人に殺意向けるわけないだろう。と突っ込みたくなったが、オレはグッとこらえた。
(じゃああの殺意はなんだ…?実はエイラのこと気になってて俺に嫉妬…とかか?いやでも…だったらパーティ組めばいい話だし…)
「…あ!あのトレーニングを教えてくれたのもハンスさんなんですよ!」
あのトレーニングというのは、胸を揉むアレのことだろう。でもゼウスは聞いたことないと言っていたし、ハンスが俺に殺意を向けたのは事実だ。
(とにかく…やっぱりあいつは警戒しておいた方がいいな…)
「…どうしました?」
「いや、なんでもない!そろそろ『ナナクスの森』に行くか!」
話している様子からも、エイラはハンスのことを心から信頼しているのだろう。ここでハンスを悪く言うのは得策ではないと判断し、俺はひとまず金稼ぎに向かうことにした。




