ルシアの悪魔
「ごちそうさまでした」
俺達はダイン達と夕食を終え、食器の片付けを始めていた。子供達もきちんと自分の食器をまとめて奥のキッチンまで運んでいる。
「レムちゃんの分は私が持っていきますよ」
「じ、自分で持っていけるぞ!」
俺も食器をまとめてキッチンに持っていこうとしたその時だった。『警戒心』が発動し、キッチンの近くから徐々に強まっていく悪意を感じ取った。その方向に視線を向けると、そこには思い詰めたような表情をしたルシアが立っていた。
(ルシアさん、どうしたんだ…?)
少し様子をうかがっていると、ルシアさんは手に持っていた食器を落として苦しみ始めた。それを聞き、俺とダインはすぐにルシアに駆け寄る。
「ぐうぅ…!」
「ルシア…!?」
「こ、来ないで!」
俺達が近づこうとすると、ルシアはそう言ってその場を飛び出してしまった。
「悪魔の仕業か…!」
「エイラ!レム!子供達を見といてくれ!」
「わ、わかりました!」
逃げるルシアを追いかけると、俺達は協会から少し離れた林に辿り着いた。ルシアは頭を抱え、苦しさに悶えている。
「よ、避けて…ください…!」
ルシアの半身からは黒い物体が流れ出ている。やがてその物体は十字架状に変形し、その周りに鋭い棘を纏った。それを剣のように握ると、ルシアは俺に向かって詰め寄ってくる。
「っ…!?」
まだ完全に悪魔に取り込まれていないからなのか、ルシアの攻撃には殺意を感じなかった。そのせいで俺は回避が遅れてしまい、禍々しい切っ先が腕をかすめる。
「くそっ…!」
「うぅっ…!」
ルシアはまるで自分自身に振り回されているかのように、乱雑な攻撃を繰り出し続けた。俺は自分の目と体を頼りになんとか避けていると、視界の端にダインが映る。
「ルシア…!」
ダインは眉間にシワを寄せて、拳を強く握っている。前話していたように『威光』を使ってしまえば、ルシアはきっと死んでしまうだろう。
(俺一人でなんとかしてやる…!)
気づけばルシアと買い物に行った時に話していた状況になってしまった。今はまだダインも『威光』を使うことを躊躇っている。でももし俺がボロボロになってしまったら、ダインも俺を助けるために『威光』を使ってしまうかもしれない。そうなればダインの手でルシアが死んでしまう。なんとしてでも俺一人でルシアの力を抑えなければ。
(オーメンの力を使うか…?でも…怪我をさせるわけには…)
「危な…いっ…!」
「やばっ…!?」
ルシアやダインに気を取られ、俺は再び間合いを詰められてしまった。そして棘を纏った十字架が俺の胸部を切り裂く。痛みに視線を誘導されるように俺は視線を胸部に向けた。しかし幸い傷は浅かったようで、出血も酷いものではなかった。
「ヒ、ヒロキ!」
「大丈夫…!少し痛むだけだから…!」
そう言いながら俺は再び胸の傷に目を向けた。傷の浅さに疑問を抱いたからだ。さっきルシアは完全に俺の懐に入り込んでいた。あの距離で剣を振っていたのなら、もっと深い傷を負っていてもおかしくない。
(まさか…)
俺は集中してルシアを見つめる。乱雑な攻撃をしていたルシアは肩で呼吸をし、息が上がってしまっていた。それでもルシアは、俺に向かって再び距離を詰めた。
(来る…!)
殺意の無い攻撃が来ると、そう思い俺は身構えた。しかしルシアは、俺には決して届くはずもない位置で握っている剣を振るった。すると剣に纏っていた棘がまるで鞭のようにしなり、俺目掛けて勢いよく近付いてくる。
「うぐっ…!?」
後ろに下がりなんとか避けることができたが、地面を打ち付けた鞭は砂煙を発生させて俺の視界を遮った。その一瞬の間にルシアは俺へと距離を詰めていたようで、目の前の砂煙からルシアが姿を表した。
(殺意が無いせいで気付けない…!)
そしてルシアから振るわれた剣は、さっきよりも深く俺に命中した。先ほどとは比べ物にならない出血と痛みに耐えながら、なんとか次の攻撃に意識を向ける。するとルシアは攻撃の手を緩めることなく、依然距離を詰めている。
(ぐっ…!痛ぇっ…けど!まだ、避けられる…!)
体の痛みは激しいが、まだ動かすことはできる。次の攻撃を避けなければ、そう思いルシアの方を見たときだった。
(…!?)
ルシアの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。その顔に一瞬気を取られ、俺は避けることができず再び深い傷を負った。
「くっそ…!」
(ダイン…駄目だ…)
ダインの声が聞こえ、俺は霞む視界を背後に向ける。するとそこには、右拳に『威光』を発動したダインが走り寄って来ていた。その表情はルシアと同じように涙でぐしゃぐしゃになってしまっていた。
「避けて…!ヒロキさん…!」
(2人とも…泣いてるじゃないか…!)
俺は力を振り絞って目を見開き、咄嗟にオーメンの力を発動してルシアの剣を受け止めた。しかし力の発動が遅かったため、ルシアの剣は俺の腹部に突き刺さった。
「ぐっ…」
「…どうして…避けて、くれないんですか…!これ以上は…死んじゃいますよ…!」
ルシアが泣きながらそう言うと握っていた剣や、体に纏っていた黒い物体はゆっくりと消えていった。
(消えた…、やっぱりか…)
取り憑かれた時の悪魔の力は、簡単に抑えられるものではない。俺もアレンに気絶させてもらってようやく抑えることができたのだ。つまりこれはルシアが悪魔に取り憑かれていたのではなく、悪魔の力をコントロールしていたことを示していた。
(だから…最初は傷が浅かっ、たのか…)
恐らくルシアは段々と俺を傷付けることで、ダインが助けに来るのを待っていたのだろう。そしてダインの『威光』で死のうとした。
「避けてれば…私は…!」
「避けたって…結果は、変わってなかったさ…」
そう言って俺は後ろを見た。そこには涙を流すダインが立っていた。その右拳は『威光』を発動したままだったが、グッタリと脱力してしまっていた。
「言ったでしょ…。大切な人を、自分の手で殺すなんてできない…って」
ルシアは泣き崩れてしまった。これ以上ルシアやダインに危険が及ばないと感じた俺は、張り詰めていた緊張が解けてしまいその場に倒れ込んでしまった。そしてそのままゆっくりと意識を失った。




