力
「…ん…?」
俺は宿屋のベッドの上で目を覚ました。響くような頭痛に頭を抱えながら、俺は何があったのか記憶を辿る。
(確か…ヴァイクと戦ってて…アレンが来て…)
「目が覚めたみたいだね」
声の方を向くと、ドアの横にアレンが立っていた。いきなり気絶させたことを気にしているのか、その表情は悲しげだった。
「あぁ、アレンか…。そ、そうだ!エイラとレムは?あの後どうなったんだ?」
「ヴァイクはヒロキ君が気絶したあと、すぐに逃げていったよ。二人も無事だ。…それより、ごめんよ。いきなり殴るような真似をして…」
「…気にしなくていいよ…。むしろ助かった、もしアレンが来てなかったら…俺は…」
そう言いながら俺は自分の右手を見つめる。あの黒いモヤのような手が出てからは、自分の殺意、そして悪意に飲み込まれるような感覚だった。もし止められていなかったら、俺は人を殺していたかもしれない。
「あの力は…」
「…前にゼウスからオーメンの一部を体に入れたのは覚えてるかい?」
「え、ああ…」
確かに俺はあの禍々しい何かを体に入れられた。今思えばあの体にいれた悪意と、今回の戦いで感じた悪意は同じ物だった。
「じゃあ、あの手は…」
「その通り、あの黒い手はヒロキ君の殺意や悪意によって発現した悪魔、つまりオーメンの力なんだ」
「そう…なのか、確かに凄く怖い感じだった。自分じゃなくなるような…」
「ああ。悪魔の力は人の魂を蝕んでいく、だからこそ力を使いすぎないように注意が必要なんだ。こんな感じで…」
そう言いながらアレンは自分の胸に手を当てて目を閉じる。そして目を見開いた瞬間、『警戒心』が悪意を感じ取り、アレンの頬には黒い紋章が浮かび上がった。
「自身の負の感情に飲み込まれないように使う必要があるんだ。飲み込まれれば制御を失い、オーメンに魂を取り込まれてしまう」
確かにヴァイクとの戦いで、俺は自分の内側から湧き上がるような悪意、殺意を感じた。それを制御できなければ、次こそ人を殺めてしまうだろう。
「な、なるほど…。じゃああんまり使わない方がいいな…」
「実は…それがそうでもなくてね…。依代のない悪魔はその体を離れるんだ。せっかく分裂させたオーメンの魂が元に戻るんだよ」
ゼウスの話では転生者はオーメンの魂を分裂させることで、体を蝕まれるまでの時間を伸ばしたとあった。つまりオーメンの力が戻るということは、俺に与えられた時間が無くなるということだ。
「じゃあ…使いこなさないといけないのか…」
「そう。でも、もし不安なら俺を呼んで。必ずまた止めてみせるから」
「ああ、ありがと」
その時、俺はアレンがオーメンの力を使っていたときのことを思い出した。アレンは黒い剣で戦っていたが、俺には使えないのだろうか。
「アレンって前に黒い剣で戦ってたよな?あれって俺にも使えるのか?」
「うーん…それは難しいかな。オーメンの力はその依代の魂に影響するんだ」
「依代の魂?」
「要はヒロキ君の心ってこと。…人を救うその優しい手が、力になってるんだよ」
そう言われて俺はまた自分の手を見つめた。思えばこの手で人を助けようとして、この世界に転生して、そして仲間と助け合って。俺の手は少し傷が付き、なんだかたくましくなっているようにも感じた。しかし今回の戦いでも、俺はまたエイラを危険に晒してしまっている。まだまだ力不足だ。
「俺は…誰も救えてないよ。もっと強くならないと…。そうだ!せっかくアレンもいるし、今からオーメンの力を使う練習しないか?」
「俺は構わないけど…、体は大丈夫かい?無理せずゆっくりでも…」
「平気平気!この通り!」
俺はまだ少し痛む体を振り回して、アレンに見せつけた。するとアレンは眉を下げて微笑み、仕方ないなという顔で俺のそばに近付く。
「じゃあ…一回だけやろうか」
「おう!」
「…でもここは狭いね。うーん…『ナナクスの森』に行こうか」
そして俺とアレンはひとまず『ナナクスの森』に向かい、その森の少し開けた空間で練習を始めた。
「それで…どうすればいいんだ?」
「まず、自分の殺意とか悪意にオーメンを反応させるんだ。…嫌かもしれないけど、力を使ったときの事を思い出してみて」
そう言われ、俺はあの時のことを思い出した。エイラが襲われ、俺は助けられずエイラを危険に晒してしまった。そうして思い返すうちに、『警戒心』が悪意を感じ取った。
(来る…!)
あの時と同じ感覚が走り、俺の背部から黒い手が出現した。悪意はさらに増幅し、俺を取り込もうとする。
「…くっ…うぅ…!」
「ヒロキ君!落ち着いて、自分の気持ちを制御するんだ!」
ヴァイクの時と違い、黒い手は俺の意志で動かすことができなかった。誰かを殺すという目的にしか反応しないのか、俺を取り込もうとする悪意はアレンを殺すよう頭にささやきかかる。
「だ、ダメだ…!くそ…」
なんとか悪意を抑えていたがとうとう抑えきれず、黒い手は大きく開くとアレンに向かって叩きつけるように振り下ろされた。アレンはオーメンの力を使い、黒い剣でそれを受け止める。
「くっ…ヒロキ君!俺は平気だから、落ち着いて気持ちを制御するんだ…!」
(気持ちを…制御…!そうだ、この力で…守るために…)
俺はエイラの笑顔を思い浮かべる。この力を使いこなせれば、今度こそきっとエイラを守ることができるはずだ。
(エイラ…!)
体の内側から湧き上がる悪意に飲み込まれぬよう、俺は落ち着くように一度深呼吸をした。すると『警戒心』が感じていた悪意が、少しだけ弱まった。
(悪意を制御…)
『警戒心』が感じ取っている悪意に集中し、俺はゆっくりと精神を安定させた。すると悪意が飲み込んでくるような感覚はなくなり、俺は自分の思うように黒い手を操ることができた。
「できた…のか?」
確認するように俺は黒い手を握ったり離したりする。まだ悪意が心の奥底で疼いている感覚はあるが、ひとまず気を抜かなければ制御できているようだ。
「…まさか、一発で制御するなんて…。流石だね、ヒロキ君」
「いやいや…『警戒心』のおかげだよ」
「それも君の力さ。さて、力の制御も大丈夫そうだし…一旦戻ろうか。練習ならいつでも付き合うからね」
練習を終えて『メンクスの国』に戻ると、アレンは急用があると言って何処かへ行ってしまった。俺はそれを見送り、一先ず宿屋に戻ろうとした。
(これからはオーメンの力を少しずつでも、使っていかないといけないのか…)
さっきは制御できていたが、もしアレンのいない場所で制御できなかったらと、俺は少し不安を感じながら歩いていた。
「…考えても仕方ない、慣れていくしかないな」
そう決意し、顔を上げたときだった。たまたま通りがかった道の脇道から、か細い女の子の声と数人の男性の声が聞こえた。
(なんだ?こっちの方か…?)
声を頼りに脇道に向かうと、そこには俺にオーメンの力を渡したゼウスがおり、数人の男性に襲われていた。
(オーメンの力を使うしかない…!)
レムがいないため剣で戦えない俺は、やむを得ずオーメンの力を使った。『警戒心』を頼りに力を制御し、俺はゼウスに手を伸ばす男性を黒い手で突き飛ばした。
「グッ…!?」
「大丈夫か?」
俺がゼウスにそう聞くと、ゼウスは小さく頷いた。ゼウスの無事を確認していると、突き飛ばした男性が再び攻め寄ってきた。
「邪魔すんじゃねえよ、ガキが!」
すごい剣幕で迫る男性を俺は黒い手で鷲掴みにし、後ろの男性集団に向かって投げ飛ばした。すると分が悪いと感じたのか、男性達は後退りする。
「アニキ…騒ぎになる前に離れたほうがいいっすよ…」
「チッ…仕方ねえ、逃げるぞ!」
そう言って男性達はそれぞれの道に別れながら離れていってしまった。追いかけても全員は捕まえられないと感じた俺は、黒い手を鎮めてゼウスの方を向いた。
「よ、よかった…なんとかできた…」
「オーメンの力…使えるようになったのね」
「え?あぁ、まあついさっきなんだけど…」
俺がそう言うと、ゼウスは鋭い目つきで俺を見つめた。
「アンタ…本気で自分が世界を救えると思ってるの?」
「な、何だよ突然…。そりゃ自信はないけど、でも少しずつ強くなれてると思ってるよ」
その返事を聞くと、ゼウスは大きなため息を付いた。
「はぁ…。自分一人の力で強くなれた訳じゃないのに?」
「…?それってどういう…」
「都合が良すぎると思わないの?ちょっと前にここに来ただけの普通の人間が、誰かと戦うたびに強くなれるなんて。…いい?アンタのその力は手に入るように仕組まれてるのよ」
確かに必ずと言っていいほど強くなれている。今まで気にもとめていなかったが、都合が良すぎると言われれば良すぎるだろう。
「ここ最近の敵を思い返してみなさいよ。剣を持ってもいないアンタに襲いかかってくる奴、まるでアンタ達のことを知っていたかのような策略を使う奴、どう考えてもおかしいでしょ?」
そう言われて俺は自分の力に不信感を抱いていた。魔剣を求めているのに剣を持ってない俺を襲ってきた奴、そしてエイラが魔法を使うことを知っていたかのような装備をしていたヴァイクとバスタ。
「で、でも…誰がそんなこと…」
「そんなことができるのは…一人しかいないでしょ」
その時、後ろから足音が聞こえてきた。信じたくないという思いでゆっくりと振り返ると、そこにはアレンが立っていた。




