アレンとゼウス
ゼウスは暫く考え込んだあと、まるで何もなかったかのように普通の顔で俺を真っ直ぐ見つめた。
「別に、ただ凄いと思っただけよ」
「本当に…そうなのか…?」
「ええ」
ゼウスは微笑みながら軽く頷く。さっきもめていたのは事実だし、何か抱えているのは間違いないだろう。でも、それを問いただして俺に答えられるのだろうか。やはり踏み込むべきではない、俺の直感はそう言っていた。
「アンタの戦いはここで全部見てたわ。とにかく凄かった、よくあんなパッとしない『異能』だけであそこまで戦えるわね」
「え?お、おう…ありがと」
今日はやたらとべた褒めしてくるゼウスを前にいづらくなった俺は、早々に話を切り上げて蒼い石を取り出した。そして異世界に戻ろうとしたとき、視界の端に一息つくゼウスが映った。
(俺を追い返すため…だったのか…?)
そう思った時には既に石に触れていたため、考える間もなく俺は宿屋に戻る。そして、蒼い石をポーチに戻そうとしたときだった。
「おかえり、ゼウスのとこに行ってたのかい?」
「あ、まぁ……って、えぇっ!?」
声の方を見ると、そこにはアレンが立っていた。この部屋は俺が一人用にとった部屋だ。この男、整った顔立ちのくせにかなり恐ろしいことをしてくる。
「ど、どうやって…」
「どうやってって…それはまあ、忍び込んだ」
「えぇ……」
ニコニコしながらアレンはそう言った。その異常と言っていい行動に、俺は大事なことを聞き逃してしまうところだった。そして俺は思い出したように聞き出す。
「と…というか、ゼウスのこと知ってるんですか?」
「ん?あぁ、知ってるよ。…といっても、君の知ってるゼウスじゃないだろうけど」
「…?」
アレンの言っていることはよく分からなかった。アレンはその髪色や名前から、俺のような転生した人ではないだろう。では何故ゼウスのことを知っているのか、俺には見当もつかなかった。
「あっ、と…そうだ。名前を聞いてもいいかい?」
「え、ヒロキ…です」
「ヒロキ君…か。君は転生者、だよね。悪魔によって悲しい運命を辿ってるこの世界を救いに来た…」
「…!」
アレンは真っ直ぐ俺を見据えながらそう言った。その目はどこか悲しみを纏っていた。
「な、なんでそれを…」
「転生者達は特有の顔立ちと名前をしてるからね」
「転生者、達…?」
「ごめん…この話は長くなるから、また今度するよ。今は時間がないからね」
俺のような転生者が複数人いるかのような話し方が気になり、詳しく聞こうとしたがアレンは足早に部屋の出口に向かう。
「あ、そうだ。エイラちゃんはもう元気らしいよ、明日の朝にはここに来ると思う」
「…!本当ですか!よかった…」
エイラが元気と聞いて、俺は胸を撫で下ろした。その様子を見たアレンはまたニコニコする。
「じゃ、俺は帰るね」
そう言ってアレンがドアを開けると、運悪く宿屋のおばちゃんと出くわした。アレンは慌てた様子で後退りする。
「間に合わなかった…」
「ちょっと、ここは一人しか入ってないはずだけど?」
「あ、いや…これはその…」
遠ざかろうとするアレンを逃がすまいと、おばちゃんは同じ歩幅で詰め寄っていく。アレンのいう時間がない、とはこの事だったようだ。おばちゃんは右の手のひらを天井に向けて、アレンの前につき出す。
「代金払うってんなら許してやる」
「いや…そこをなんとか…」
「払わないならギルドに報告する」
おばちゃんがそう言うと、アレンは何も言い返せずに渋々銅貨を渡した。銅貨すら渋るあたり、意外と貧乏なのかもしれない。
「毎度あり~」
「はぁ…窓から出ればよかった…」
「バカなこと言ってないで、早く出ていきな」
アレンとおばちゃんはそう言って、部屋を後にした。それを見送り、俺は入れかけだった蒼い石をポーチに入れようとする。そのときオレンジ色の何かが見え、俺はそれを手に取った。
「これは…エイラのペンダントの欠片か」
それはハンスと戦ったときに拾い上げた、エイラのペンダントの欠片だった。俺の血が付いていて、少し汚れている。
「……」
その欠片を見つめながら、俺はエイラが話していたことを思い出していた。
『これはお母さんがくれたものなんです…。私が冒険者になれるように…って』
このペンダントを壊されてしまったのは俺が弱かったからだ。もっと俺が強ければ、エイラを傷付けずに助けられたかもしれない。
(強くなってやる、絶対に!)
壊れたペンダントの欠片を手に、俺は誰かを守れるだけ強くなろうと誓った。




