暗いゼウス
突然現れた男性は素手で炎を振り払うと、俺の方を見てニコニコと微笑みゆっくり目を開けた。俺を見るその紅かったはずの瞳は蒼く輝いていた。
「…!う、後ろ!」
その男性の背後には、ハンスが剣を両手に飛びかかっていた。男性は俺の方を見ていて気付いていない。かと思ったが、男性は俺を見たままハンスの手を掴み、軽々と捻って地面に叩き付けた。
「がはっ…!?」
高い音を立てて、ハンスの手から剣がこぼれ落ちる。どうやら気を失ってしまったようだ。それと同時に、男性の瞳は紅色に戻っていた。
「君で13人目…か」
「え…」
「俺はアレンよろしく。…と。さて、とにかく早くここを離れよう」
何の話をしているのか聞こうとしたが、そうする間もなくアレンはハンスを抱え上げて歩こうとしている。しかしここにいるのが危険なのは確かだ。俺もエイラを抱えて『ナナクスの森』を後にした。
「……」
暫くして、俺は一人で宿屋のベッドに横になっていた。アレンと名乗る男性に助けられたあと、俺はエイラをギルドに連れて行った。エイラは特に問題はないらしいが、念のためギルドの医務室で見てもらっている。
(それにしても…なんか…色々あったな…)
少し広いベッドに横たわりながら、今日の出来事を振り返っていた。突然喧嘩を売られて、殺されかけて、なんとか勝って、そして助けられて。
「…そういえば、あのアレンって人のこと全く聞けなかったな」
少し考えた後それはまた会った時でいいかと結論付けて、俺はポーチの中から蒼い石を取り出した。なんとなくゼウスに今日のことを話したかったからだ。石に手で触れ、俺はあの何もない空間に移動した。
「あれ…?ゼウスいないのか…?」
移動が完了したが、あの高そうな椅子にゼウスは座っていなかった。辺りを見渡してもその姿は見当たらない。
(これは…チャンスだな!)
俺は高そうな椅子にソロソロと近付き、深々と座った。柔らかいクッションに、包まれるように体が沈んでいく。
「うーん…!やっぱり凄いな、この椅子…!」
今日の戦いの疲れが吸いとられるように、体が癒されていく。そしてその気持ちよさに、俺は眠気に襲われ段々意識が遠退いていってしまった。目を閉じかけたその時、なにやら大きな声で誰かが話しているのが聞こえ、俺は少し目を開ける。
「あの『異能』……ならない…」
(なんだ…?ゼウスの声…か…?)
ボヤボヤした視界とハッキリしない意識の中、ゼウスが誰かともめているような声が聞こえてくる。
「…わかる…、……『異能』も使いこな…のよ」
聞き覚えのない、女性の声がそう言うと、ゼウスは少しうつむいて悲しそうな顔をした気がした。まぶたが重くなり眠気に襲われ、俺はまた目を閉じた。
「…また私の椅子を…」
気持ちよく眠る俺の前に、少し不機嫌そうな顔をしたゼウスが立っている。また『サイコキネシス』で動かそうと、人差し指を俺に向けるがそっと手を下ろした。
「…ま、あの戦いなら疲れるのも無理ないか」
そう言うとゼウスは何処からかブランケットを取り出し、俺の膝の上にそっとかけると対面の椅子に座った。
そして暫くして俺は目を覚ました。
「ん…?…あ…」
この高そうな椅子に座っていて、前の椅子にはゼウスがいる。その瞬間、眠気など綺麗サッパリ無くなった。また『サイコキネシス』を使われると感じ、俺はすぐに立ち上がろうとする。
「あ、あれ…ブランケット…?ゼウスがかけてくれたのか?」
「…そうだけど?」
ゼウスは頬杖をついて、横を向くとそう言った。てっきりまた吹っ飛ばされると思っていた俺は、開いた口が塞がらなくなっていた。
「す、座ってていいのか?」
「別にいいわよ…戦いで疲れてたんでしょ?」
「え…ま、まあ…」
優しい雰囲気のゼウスに違和感を感じつつも、俺はお言葉に甘えて再び深く座る。それを横目に見ると、ゼウスは姿勢を変えて俺の方をまっすぐ見る
「それで…何の用で来たの?」
「ん?なんか…今日あったこと話したくってさ」
俺がそう言うと、ゼウスはポカーンとした顔で俺を見つめる。その反応を見て俺は、しまったと思った。ゼウスが想像してたのは質問とか困りごとだろう。それをこんな意味のわからない世間話で来たとあれば、何をされるかわからない。
「て、ていうのは冗談で…えっと…」
「フフ…いいわよ、話してみなさい」
「え…?じゃ、じゃあ…そうだな…。どこから話そう…」
話を促され、俺はハンスに目を付けられたところから話し始める。そしてアレンに助けられたところまで、その間にあったことを一通り話し続けた。それをゼウスは微笑みながら聞いている。
「…ってことが今日あったんだ」
「へぇ、フフ…凄いじゃない」
俺の目を見てゼウスはそう言う。しかしずっと微笑んでいるゼウスに違和感を捨てきれず、俺は我慢できずに直接聞いてみることにした。
「な、なぁ…どうしたんだよ?今日変じゃないか?」
「…別にそんなことないわよ」
ゼウスはそう言うが、あからさまに俺から目を逸らした。その表情はさっき見た、悲しそうな顔に似ている。
「…さっき誰かともめてたっぽいけど…それと何か関係あるのか?」
「……」




