8 あんまりなどんでん返し
『竜洞生徒』の二人の幼なじみの鎬の削り合いはさらに続いている。
「この色ボケ女! いい加減に離れるかな!」
「はぁー? あんたこそどっか行けば?」
「ボクとたっちゃんは同じクラスだ。出ていくのはそっちじゃないかな!」
「今は休み時間ですぅー! だいたいあんたイタいよ。いつまでボクっ子キャラ続けるつもり?」
「キャラとか言うな! ボクにとってはこれが自然なんだけどなっ!」
いや小桃、さっきまで違う喋り方してたろ。一人称「わたし」だったろ。
俺と楓の間に小桃が無理やりにつま先をねじ込む。しっかりと上履きは脱いでだ。流石は、深窓の令嬢系に変化しただけのことはある。
そして、その捩じ込んだつま先を、岩にタガネを打ち込むようにしてグイグイと押し込んでゆき、最終的には俺と楓の間にそのスレンダーな体を割り込ませたのだった。
「くわぁ~うぇ~でぇ~ッ!」
「んだぁ~、くぉ~むぉ~むぉ~ッ!」
角つき合わせて睨み合う二人。
そんなにこの二人に好かれてるのか『竜洞生徒』羨ましすぎだぞ!
「は、は、は、はは大和さんと信濃さんは相変わらずなんだな」
小桃と楓のいがみ合いは、さも、日常的に行われているといった風な太刀浦に、
「ふだーん、おしとやか系の信濃ちゃーんが、大和が相手となると、とたーんにぃ、牙剥くからねぇ」
と、バラをクルクルと回しながら待雪が相槌を打つ。
「やれやれ」
と、頭を抱えて、俺はふと思いついて、スマホを制服の胸ポケットから取り出す。
小遣いを何年も貯めて、妹の梓と一緒に選びに行って買ったやつだ。
よかった、こっちの世界でも同じ型のヤツだった。
楓や小桃が、ここまで変貌しているって事は、妹の梓はどんな風に変化してしまっているのだろうか? 俺は気になって仕方なかった。
ある意味楽しみであり、ある意味不安だった。
ちなみに、俺の腰には楓の太腿が巻きついたままで、俺の下半身には女子とはいえ人間二人分の体重がかかっている。
この二人はそれを承知の上なのか、忘れているのか、往年のストロングスタイルプロレスラーのように、ガシッと手四つを組んだ。
「ふっふっふ……辰哉はあたしみたいな押しかけ女房的な女の子がタイプなのよ」
「ふん! もし本当にボクより君のほうが好みなら、とっくの昔に一緒に登校してるんじゃないのかなぁっ?」
おまっ……、おまえら。完全に入り込みすぎだ。二人して俺の太ももの上に乗っかってること絶対忘れてるだろ。
「ちょっ……そ、それは……あれじゃない。あんたが押しが強いから……」
「あーれー? 押しが強いのがウリなのはそちらさんじゃなかったかなぁっ? 自分で押しかけ女房って言ってるくせにかなッ!」
額をグリグリと突き合わせ、罵りあう二人からは、なぜだか剣呑な雰囲気が伝わってこない。俺の危険検知センサーはかなりの精度のはずなんだが……。
それこそゴキブリ並みの感度を誇っている。そうでもしなけりゃ……。まあ、それはいい。
俺の危険感知センサーをかいくぐれたのは、後にも先にも元の世界のあの無頼派類人猿美洲丸だけだ。
「な、何よ! あたしだって辰哉と一緒に登校したいわよ。でも、辰哉が、朝は低血圧だから、あたしの声が頭に響くっていうんだもの」
「そうそう、君のテンションが高すぎるからかなッ。わかっているなら少しは改善するかなッ」
なるほどな……小桃が俺に対して蚊の鳴くような声でボソボソ喋っていたのは『竜胆生徒』が低血圧だったからなのか。
俺は別に低血圧じゃないし、元気のいい声を聞かせてくれたほうが嬉しいけどなぁ。
あ、元の世界の俺の体が低血圧じゃなくてもこの体は低血圧なのか……。
いや、でも前の世界の小桃や、こっちの世界の楓はちょっと元気が良すぎるよなぁ。うるさいと言えば確かにうるさい。足して二で割ればちょうどいいのに。
「むきー、言わせておけばいい気になって……いい機会だわ。白黒はっきりつけようじゃない!」
「望むところかなッ。徹夜明けのボクのパワーを甘く見るなかなッ!」
「えっ、あんたまた徹夜したの? ひょっとして締め切りが近いとか?」
「まあね……人手が足りなくて困ってるところかな。印刷所に無理言って待ってもらってる。印刷料金五十パー割り増しかな!」
「早く言いなさいよ! 水くさいわね! 手伝いに行くわよ!」
「それは助かるかな。あてにしてるかな」
「しょうがないわねえ……差し入れ持って行ってあげるから! 首を洗って待ってなさいよ! あと、そうね、何人か手伝えそうなの連れてくね」
二人は手四つを解き、俺から離れて(密着体勢を止めただけで、今だにのっかったままだ)、放課後のスケジュールの打ち合わせを始めた。
なんだ、なんだよ。結局、仲いいんじゃないか。
そうか、どうりで俺の危険感知センサーが反応しないわけだ。
……っていうか、締め切りってなんだよ?
ってか、いい加減俺の太ももの上から降りて欲しい。
女子とはいえ、人間二人分の体重を支える俺の太腿がそろそろ限界を迎えそうだし、トイレにも行きたいんだが……。
「あのー、そろそろ……」
「ぅわぁッ! ごっめーん辰哉ぁッ! あんまり座りごごち良かったからつい」
「ご、ごめんなさい、たっちゃん、つい楓とのおしゃべりに夢中になっちゃって……」
「いやぁ、いいんだがな。しかし、だ、自然が俺を呼び始めてるんで、用足に行ければと思って、な」
こいつらが角つき合わせて互いを罵倒し合っていたのがおしゃべりの範疇なのか……。
女ってやつぁ、つくづく不可解だな。
「わりい、辰哉ぁ」
「ごめんねたっちゃん」
済まなそうに眉を顰めて二人は俺の太腿から降りる。それを確認して俺は席を立ち、トイレへと歩き始める。
「あ、あたしも自分の教室帰るからそこまで一緒に行くよ」
「わたしも、トイレ行くかなッ!」
「チャイムまで、後三分もないよ、小桃」
「楓となんか、ふたりっきりになんかできるかなッ!」
慌ただしく生徒が走り回る廊下を歩きながら、俺はさっき小桃にこちらの世界の妹の梓のことを聞こうとしていたことを思い出した。
「そうだ、スマホ、スマホ。梓の連絡先を入れてたんだよな」
「……ッ、たっちゃん」
「辰哉ぁ……」
二人が雨の日に段ボール箱でヒャンヒャン泣いている子犬を見るような目つきで俺を見る。
「なんだよ、シスコンとか思ってるのかよ。いいじゃねえかよ梓は俺にとってたった一人の家族なんだからよぅ」
言って俺は少なからず後悔した。こっちの世界の家族はみんないるかも知れないってことに気がついたからだ。
「うん、たしかにそうだったな」
「うん、梓ちゃんはたっちゃんのたった一人の家族だったね」
どうやらこっちの世界でも、俺と梓は二人っきりの家族だったようだ。
元の世界の妹の梓は、この春の中学への入学に合わせて同時に隣の県に養女に行ってしまった。
が、スマホにメアド、電話番号に住所は登録してある。
梓が、養女に行った先で辛い目にあってたら、いつでも助けに行けるようにって、俺の電話番号もあいつのスマホに登録しておいたしな。
「梓、梓~……ッん? あれ?」
妹のデータを検索するが「あ」の項目に梓の文字が見当たらない。
「あ、あれ?」
いくら探しても妹梓のデータは無い。「あ」の項目は無論のこと、妹の「い」の項目にも無い。
『竜洞生徒』は妹のデータを登録していなかったのか?
俺はうっかり消してしまわないように、ロックをかませていたが、『竜洞生徒』はそんなことしてなかったのか?
大切な梓のデータをそんなにぞんざいに扱うやつだったのか?
だ、が、妹の梓のデータは消えていた。
「そ、そうだ。おい、楓」
楓もたしか、妹のケータイデータを自身の携帯に登録していたはずだ。
「妹の…、梓のケータイデータ写させてくれ」
小桃が両手を口に当て息を呑む。
楓もはっと目を見開き、驚く。
「あ、あのね、たっちゃん…梓ちゃんは……」
言おうとした小桃を手で制して、楓がまじめな表情で、俺に語りかける。
「辰哉、梓ちゃんは…、亡くなったんだよ、去年」
すべての音が遠ざかる。
「な、な、ななな、なん……だ、だ、だ、と?」
ガクガクと膝が震え、世界が歪む。
「し、し、し、し……んだ? 誰が?」
小桃を見る。小桃は小さく頭を左右に振る。その目には大粒の涙が溢れていた。
瞑目して、楓が声を震わせる。
「梓ちゃんだよ。あたしも小桃もあんたも、一緒に病院で梓ちゃんを看取ったじゃない」
意識が遠のく。足元に真っ暗な穴ががぱっと開き、落下してゆく感覚。
「う、うそだ! うそだ! うそだ! うそだ!」
デブになってたり、俺よりでかくなってたり、美洲丸みたいになっていたり……と、妹の梓がどんな風にメタモルフォーゼしたのか楽しみにしてたのに……。
「死んだ? 梓が? マジかよ……」
よりによって死んでたなんて……しかも去年にだと?
さっきまで、こんな美少女たちに囲まれて幸せいっぱいだった『竜洞生徒』の薔薇色の人生が途端に色褪せてモノクロに変色してゆく。
あんまりなどんでん返しに、グラグラと足元が揺らいで立っていられない。
「あ、梓……」
目の前がフッと暗転して、俺は前後不覚になった。
俺の意識は、プロボクサーにあごの先を軽く擦られたように刈り取られたのだった。
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