7 嵐が二足走行でやってきた
「小桃?」
俺から目をそらした小桃が意を決したように俺に向き直る。
「あ、あのね、たっちゃん……その……」
小桃が何かを言おうとして躊躇う。
……ぁあああああ!
と、その時、誰かが遠くで叫んでいるような音がかすかに聞こえる。
同時に、俺の鼓膜が遠くでバスドラムを連打するようなドロドロドロロロという振動を捉えた。
地震の初期微動のように不安感を煽るその音は、瞬く間に戦車が近くで走行しているような、ゴゴゴゴゴゴゴ……! という地響きに変化してゆく。
「ぉおぅ……」
「ぅわぁ……」
「……あっちゃああ……」
あたりから諦念を含んだような嘆息が聞こえる。と同時に、俺と小桃の周囲からガタガタと机ごとクラスメイトたちが離れていった。
(なんだなんだ? 何が起ころうとしている?)
うろたえる俺に手をかざし、小桃が微笑む。
「大丈夫、だいじょうぶだから、ね、たっちゃん」
知っているのか? この地響きが何なのか。
小桃はなんでもないことだと言わんばかりに俺に微笑むと、キッと表情を引き締めて教室の後部扉を睨みつけた。
「辰哉ぁぁぁーーーーっ!!」
どかあああぁんッ! と、いう大音声とともに、嵌め殺しのガラスが割れそうな勢いで、教室の後部扉が叩き開けられた。
「げっ、小桃っ!?」
なぁんだ、やっぱり小桃は、俺の記憶通りの元気ハツラツ脳筋娘だったじゃないか。この、小一時間のことは夢だったんだな、小桃はこうだよなぁ。うんうん。
「はあぁっ、たっちゃん、誰とわたしを勘違いしてるかなッ!」
背後から聞こえる溜息に振り向く。
(……って、小桃はここにいる、よ、な)
俺は、教室の後部扉を開け放ち、肩で息をしているグラマラスなシルエットを凝視した。
そのシルエットの頭部にピントを合わせた水晶体が網膜に映し出した顔は……。
「楓?」
俺は、俺のもうひとりの幼馴染の少女の名を呟いた。
「辰哉ぁッ!」
二足歩行で来襲した嵐のような少女は俺の名を叫んだ。
いやいや、俺が知っている楓はこんなんじゃない。もっとおとなしい、というか、お淑やかで病弱で深窓の令嬢風の……。
ちょうど、俺の後ろでコメカミに青筋を立てている小桃のような女の子だったはずだ。
こういう粗暴な行動をするのは、本来的にむしろ小桃であって……。
(あっ、そうか)
確かにその二足歩行型ハリケーンのような少女は、俺の記憶にある大和楓という名前の女の子と同じ顔立ちだった。
が、そこにいるのは、……ああ、もう勘弁して欲しい。
俺の記憶にある大和楓とは真逆の、成人向けPCゲームに出てくるような美少女アスリートを絵に描いたような、健康そうに日に焼けた小麦色の肌に、日に焼けて赤みがかったベリーショートヘアのゴージャスなプロポーションの美少女だった。
ちなみにそのエロゲは元の世界の太刀浦が所有していたものだ。
残念ながら俺は個人でPCを所有できるような環境じゃなかったからそんなゲームは持ってなかった。欲しかったけどな。
(ぅおおおッ! スゲぇッ!)
瞬時に俺の目は、特に魅力的な変貌を遂げていた胸に釘付けになってしまった。
美洲丸や、長門教官殿に負けず劣らずのボリューミーな胸部装甲を装備した健康系美少女が、畏れ多くも俺の名を呼んでくださったんだからな!
「た~っちゃ~んッ! どこ見てんのかなッ!」
「ぅあだだだだだだだッ!」
脇腹に激痛が走る。
コメカミに青筋を立てた小桃がギリギリと俺の右脇腹を抓り上げていたのだった。
「いだだ、こ、小桃さんヤメテ! ちぎれる、脇腹ちぎれるから!」
肝臓ごと持っていかれそうな激痛を小桃の指先が俺に与えていた。
が、俺の視線はそんな激痛にもめげずにヒマラヤ山脈のような胸部装甲に釘付けだった。
異世界に来てしまったショックも、元の世界に残してきた家族のことも雄の本能ってやつには敵わないんだなと思った。
それまでの少しばかり鬱だった気分をいっぺんにぶっ飛ばしてくれてしまったんだからな、俺の視線を独り占めにした元気少女の2つの豊満な膨らみが、な。
こればっかりは本当にどうしようもないんだ。
股の付け根にぶら下がってるものがある限り。
どうしたって、そこでモノを考えがちになってしまう事しばしばだ。
まさに今がそうだった。
「辰哉あ……ッ!」
「……ッ楓……なのか?」
仕方ないじゃないか、『竜洞生徒』はどうかしらないが、俺は健康で思春期真っ只中の、サカリのついたオスガキなんだから。
爆音とともに俺の前に現れた日に焼けて赤くなった髪の毛と小麦色の肌の少女……元の世界じゃそれは今俺の後から脇腹を抓り続けている信濃小桃の役割だった……が、ズンズンと俺に歩み寄ってくる。
歩を進める度にその麗しくもワンダフルな双峰がユッサユッサと揺れて俺のシリアスに沈んでいた思考を破壊してゆく。
(楓もまた真逆に変身したもんだなぁ)
元の世界の小桃と楓がそのままそっくりすっかりと入れ替わったみたいだ。
こういういのって、なんか、じわじわとここがパラレルワールドなんだという実感を高めてくれるよな。
「辰哉ッ!」
ドヒュン! と、音を立てて、真逆トランスフォームした大和楓が俺の名前を叫んで急加速した。
「辰哉あああああああああああああぁッ!」
ドップラー効果を撒き散らしながら、一陣の風が教室を駆け抜ける。
そしてそれは俺のそばで急停止して、豊満という表現でしか言い表せない二つの胸の膨らみを俺の顔に押し付けて頭を抱きしめた。
「ぐ、ぐるじぃ……」
口鼻を柔らかな胸で塞がれ、呼吸が困難に陥ってしまう。
さらに楓は俺の膝に飛び乗って、両の太腿で俺の胴体を締め上げたのだった。
「げふぉあッ! で、出るなんか出ちまうッ」
「辰哉、ちょっと大丈夫!? 三組の香取ちゃん助けてひっくり返って、頭打ったんだって? 大丈夫なの? まだ痛かったりすんの?」
俺の訴えを無視して楓は俺の安否を気遣いながら俺の頭を撫で繰り回し、頬を擦り付けてくる。
「げほぁああっ!」
柔らかな太腿に肺をつぶされ、強制的に排気させられた呼気で咳き込む。
蛇に絞め殺される鼠の気持ちが、痛いほど理解できた。
俺が知っている楓はこんなに積極的なスキンシップを図るようなやつじゃなかった。
もっと、内気…っていうよりも引っ込み思案で、部屋の片隅で俺の方をじっと見つめて、得体のしれない光線的なものを発射しているような、そんな女の子だった。
そもそも、俺と楓は同じ高校ですらなかった。あいつは、高校を卒業したら、すぐに就職するつもりで、商業高校に行ったはずだった。
「そ、そうだ、楓 お前なんでこの学校にいるんだ、確か商業に行ったんじゃ……」
楓は、心外そうに健康そうにつやつやとした頬を膨らませる。
「商業? 何それ……やっぱ混乱してるんだ。意識の混濁ってやつね。よし、わかったわ! こういう時はお姫様のキスで……んん~~~っ」
楓のすぼめた唇が俺に向かって吶喊して来る。なんて、ぽってりと情熱的な唇なんだろう。
ぼふん!
白墨の粉が目の前で飛び散った。俺と楓の間に黒板消しが差し込まれ、楓の唇がそれに濃厚な接吻を敢行したのだった。
「楓~~~! どさくさに紛れて、君という女は何をしてくれちゃっているのかな?」
「ぺっぺっ……い、いたのね、小桃……影が薄いから気づかなかったわ……」
口についたチョークの粉を吐きながら、楓が小桃にガンつける。
「今頃のこのこやって来て、たっちゃんの心配かなッ? ご心配なく! 彼はボクたちクラスメイトがきちんと面倒みてるから!」
竜虎相搏つがごとく、楓と小桃が睨み合う。
……おいおいおい、今、ボクって言ったかな小桃さん? きみ……そういうキャラじゃなかっただろ。
「じゃあ言わせてもらうけど! あんたがついていながら、どーしてこんなことになってんのよ?」
「ボ、ボクはちゃんと、たっちゃんのことを……」
「小五の時、4人で決めたよね? 辰哉が危ない時は誰かが身体を張って守るってさ! 言いだしっぺは小桃、あんただったじゃない! 忘れたなんて言わせないわよ!」
「忘れてなんかないかなッ! 今朝だって、たっちゃんが転びそうになった時、しっかり庇おうとしたしさ! でも、……って、いい加減に離れるかなぁっ!」
俺の顔と楓の胸の間に手を差し込み、引き剥がそうとする小桃に鼻を鳴らし、楓はがっちりと俺をだいしゅきホールドする手足に力を込める。
この専門用語も元の世界の太刀浦から教わった。
ん? 今、楓を名乗るこのアスリート系美少女は4人っていったか? なら、後二人幼馴染系の女の子がいるってことか?
くそ、うらやましいぞこっちの世界の俺! ハーレムじゃねえか!
「だぁから、言ったじゃんか辰哉ぁ、あたしと一緒に早出で登校しようってぇ。この楓様と一緒なら、並大抵の不幸は避けてくんだからぁ。明日からそうしよ、ね、ね!」
「黙るかなッ、この色情狂ッ!たっちゃんを放すかなッ!」
「へっへへ~んだ、や・だ・ねぇ~ッ! くやしかったら同じことしてみろっての! べろべろべろべ~~~~ッ!」
楓を名乗る日焼け系グラマラス美少女の豊満な胸に顔面を蹂躙されながら、俺は、俺の身に起きている幸せを噛み締めていた。
てか、こっちの世界の俺への嫉妬で心の汗が溢れそうになっていた。
同じ幼馴染ではあるが俺の元の世界の幼馴染共は、俺をさんざんにぶっ叩き、小言をまくしたてるか、物陰から得体のしれない情念がこもった視線をぶつけてくるかだったからな。
「……ッぐげげッ……げほぁ……」
こんなふうに、だいしゅきホールドでがっちりと固められてわがままボディを押し付けられるなんてことなかったからな。
それに、この楓の行為に嫉妬したと思しき小桃が、脇腹をギリギリと抓ったりとか、幸せすぎだろ『竜洞生徒』ッ!
「楓ぇ……!」
「あんだぉ小桃ぉ……!」
互いの名を呼び合うこっちの世界の俺『竜洞生徒』の幼馴染たちの背中から竜虎のオーラが立ち上っているのが見える気がする。
(オマエ、なんて幸せなやつなんだ『竜洞生徒』こんな美少女二人にこんなに想われやがって))
それに未確認だが、更に二人も幼馴染みの女の子がいるみたいじゃねえか!
きっとその子達ともこんなふうにイチャコラしてたんだろこの!
(はあ、ま、それはいいか……今ここにいる俺は俺なんだからな)
だって、この状況って、見かけ上は、美少女の幼馴染の二人の女の子が、俺を取り合っているっていう構図だよな。
俺は『竜洞生徒』の威を借りて、とりあえずヒャッホーすることにした。
早速のブクマ並びにご評価、そして、ご愛読誠にありがとうございます。




