5 どうやら俺は魔界転生ならぬ、並(行世)界転生したらしい
女王様の視線を持つ我らが担任。世界史のジジィ教師から超乳オスカ○(俺の主観だが)へとトランスフォームした『長門延』教官殿。
彼女から前支え(腕立て伏せの開始のポーズ)なる軽い? 罰直(後で小桃に聞いたのだが、ヘマをやらかしたときのペナルティのことを罰直というんだそうだ)をホームルームが終わるまで科された俺は、本日の予定を伝達し終えた長門教官殿が教室から去る際に、ようやくそれから解放された。
「急げ、小用二分! かかれぇ!」
「ええッと、やば、教科書忘れてきた!」
長門教官が出て行った後、生徒たちはトイレやその他用足しに教室を飛び出していった。
じんわりと腕に血流が戻って、あったかくなる感覚に、頬が緩む。
すぐに予鈴が鳴り、教室は一限目の準備を終えたクラスメイトたちが席について、教師が到着するのを待ち構えている。
俺が通っていた県立高校じゃ、本鈴が鳴っても生徒は席に着かず騒ぎ続け、教師が『席に着かんか、ばかもん。お前たち五分前行動という言葉を知らんのか』と腐しながら扉を開けて入って来たもんだった。
が、こっちじゃキッチリと五分前に着席している。
「ふう」
溜息が出る。
ガチガチに強張った腕をさすりながら俺は、現在、俺が放り込まれている状況の整理を始める。
もちろん、一限目の準備はしてある。ラッキーなことに、もといた世界と同じ位置に時間割が張り出されていたからな。
ふと、思いついて教科書を裏返してみる。
「う!」
思わず呻き声が出てしまった。
「どうしたの? たっちゃん。腕痛い? アイシングスプレー持ってるよ」
小桃が振り返り、俺を気遣ってくれる。
「い、いや、なんでもない。大丈夫だ」
だが、実際はいやな汗がじっとりとTシャツの背中を湿らせていた。
裏返した教科書をずらし、ノートを見る。
俺は息を呑んだ。
そこには、俺が全く知らない筆跡で、俺の名前が書かれていたのだった。
「魂転移説…、採用」
誰にも聞こえないようにつぶやいた。
「…ッ腕痛ぇ……」
やっぱり小桃の申し出を受けておくんだった。
腕が心臓の鼓動に合わせてズキズキと痛む。
その痛みが、ここは、俺が生まれ15年と何ヶ月か過ごしてきた世界ではないんだということを裏付けてくれているようだった。
確かに俺の体力では、あんなポーズをホームルームの間中続けていられなかっただろう。3分でギブしていたと思う。いや、3分も持っただろうか? 1分半がいいとこだったろう。
俺は自慢じゃないが体力のなさにかけては結構な自信がある。
小学校中学校の頃は、同じクラスのやつらよりかなり発育が悪かった。
早生まれなことも原因の一つだったが栄養の摂取量が決定的に足りていなかったのがその原因だ。
だから、背丈は中学二年の一学期までは一番チビだったし体重も学年で一番軽かった。
徒競走でも持久走でも常にビリッけつを独走だったし、中二の一学期まで分数の計算はもちろん四則演算すら覚束なかった。当然成績だって仏恥義理で最下位だった。
まあ、中二の夏休み明けから、どういうわけだか体の生育もお脳の発達の方もみんなに追いついて、平均より少しばかり上の辺りまで下剋上できた。
そんなもんだから、中二の一学期の段階で諦めていた高校進学なんていう快挙も成し遂げることができたんだが、体力のなさだけは高校に入学しても「これからに期待」というところで沈滞していたのだった。
「でもすげぇ……なこの体……ん、納得するか……」
「ねえ、たっちゃん……どうかしたの? さっきからよく聞こえないけどひとりごとばっかだよぅ」
「ああ、いや……スマン、ほんと、心配かけて申し訳ないが大丈夫だ」
「その話し方も、変。別人みたい。たっちゃん急に野蛮人になったみたい」
「やばん……ってぇ」
いや、ある意味そうなのか? 以前の俺から比べたらこの体はターザンに変身したみたいなもんだ。
「おぅ……美洲丸や担任の変化に続き、俺はマッチョ化か……」
「んもうッ! たっちゃんったらぁ、あんまりおかしなこと言ってると医務室に連行するかなッ! もともとその予定だったかなッ!」
あんなキッツいポーズで15分もいられたなんて『俺』にとっては奇跡以外の何物でもない。そんな体力は『俺』には無い。
だから、この体は『俺』の体じゃない。
(こりゃぁ、本当にパラレルワールド説確定だなぁ)
この体が『俺』の体じゃないということから推察できることは、パラレルワールド転生だ。
つまり元の世界からやってきた『俺』はこちらの世界の俺である『竜洞生徒』と肉体ごと入れ替わったのではない。
魂(そういったものが存在すると前提してだが)のみが、こっちの世界に転移してきて『竜洞生徒』の魂を押しのけてこの体に入った。と、いうことだ。
魔界転生ならぬ並(行世)界転生ってとこだろうか。
「……ッはぁ」
瞑目して俺は大きく息を吐いた。
俺はどこか、今俺が置かれているこの状況が俺の壊滅的芸術的才能を無視した総天然色の夢だと思っていた。
あの、世界が終わりを告げたような全身の激痛を感じたときに大怪我を負って、病院のベッドで見ている夢だと思いたがっていた。
だが、今はこの状況を現実として受け入れるしかないようだ。
これが夢ならいつか覚めるに違いない。だが、今この瞬間にもこの世界は最大限に現実味をもって俺に迫ってきている。
ならば、夢であるにしろ現実にしろ、今はとにかくこの世界の情報を集めこの世界の俺、『竜洞生徒』がどんな人生を送ってきたかを知り、この世界の竜洞辰哉として生きるしかない。
現状ここは、パラレルワールドとしか考えられないのだから。
「……小桃、スマン。俺はどうかしてるみたいだな。じつはな、俺、ここだけの話なんだが、お前たちが目撃した俺が3組の女子だっけ? それを助けた拍子に転んで頭を打ったことも忘れているんだ。一時的なことだとは思うんだが……いうなれば……」
「そ、そ、それって! き、記憶喪失ってことかなッ? たっ……、大変かなッ、医務室行こうかなッ! さ、たっちゃんッ!」
小桃があたふたと立ち上がり、俺の手を引いて立たせようとする。
おいおい、口調がなんかおかしくなってるぞ。
「まあ、待て小桃。いま医務室に行ったところで、記憶喪失の詳しい検査なんてできないんじゃないか?」
「それは、そうだけど、専門医に行くにしても早くしたほうが……」
「いや、それより、俺について小桃が知ってることを教えてくれた方が早いような気がするんだ。ほら、現に俺は小桃のことを幼馴染だって認識してるし、太刀浦や、待雪のことだって覚えてる。だから今の俺の状態は一時的な記憶の混乱なんだ。だから、小桃が知ってる俺のことを教えてくれて、さっき太刀浦に言ったようにおかしなことを言ったりしたりしたらその都度教えてくれればいいと思うんだ」
「う、うん、それはいいけどぉ」
納得がいかない様子の小桃を落ち着かせ着席させる。
「今のたっちゃん、本当に変だよ。記憶喪失って、まるで魂が入れ替わったみたいに別人っぽくなっちゃうんだね」
「い、いや、おそらくだけど、本格的なものじゃなくて、一時的なことだと思うんだ。小桃たちから話を聞いてるうちにジワジワと治っていくんじゃないかって思うんだ」
小桃に野蛮人と指摘されたので幾分か丁寧な言葉遣いに修正してみる。
「本当に別人みたい。一人称は俺だし、わたしのことも呼び捨てだし……んふッ、でも、そんなたっちゃんもワイルドでいいかなッ! ぐふふッ」
小桃の口角に光るものを見てしまったことは無かった事にしておこう。
「別人かぁ……」
「うん、さっきも言ったけどぉ、魂ごと入れ替わったみたいな別人っぷりだよぅ」
「ふうん……え? 魂ごと入れ替わった……?」
「うん」
嫌な汗がジワリと背筋を伝い落ちた。
魂だけがこっちにきたのなら、魂が抜けた俺の体はどうなった?
この体の元の持ち主『竜洞生徒』の魂はどうなった?
今、それを確認する術は多分ない。それは分かっている。だけど……。
そんなことを心配する余裕は多分無いのもわかっている。だけど……。
早くこっちに順応しなければならない。だけど……。
そんなことは理解できるけど……。
ロクデモない人生だったけど、十五年と三ヵ月間、苦楽を共にした体だ。少しだけでも心配くらいしてやりたいじゃないか。
あと、『竜洞生徒』、オマエの魂の行方も心配してやってもいい。
お読みいただきありがとうございます!
早速のブクマありがとうございます!
次話も明日夕方くらいまでには更新いたします。お楽しみに!




