4 なんなんだこれ!
「竜洞生徒!」
俺の名前に聞きなれない二人称の接尾辞がついていた。
ゴキブリでも見るようなドSな視線が、俺を見据える。
視線の主は、おそらく同性でもうっとりするほどに凛々しく、そして、男という種が理想とする、ドカン、キュッ、バーンという、泥棒活劇漫画のヒロインのプロポーションを金糸やモール、バッジで飾り立てた前々世紀の遺物みたいな軍服に身を包んだ『女性』だった。
「はあ……」
……って、俺のことだよな。そんなふうな呼ばれ方、されたことが無いから少し戸惑ってしまう。
俺は確かに竜洞辰哉ではあるが『竜洞生徒』かといえば、どうだろうかと思う。
ドS視線で俺を睨めつけている、妙齢の女性教師? の右胸には『教官 長門延』と、黒地に白で書かれたネームプレートが付いている。
元いた世界では、俺のクラスの担任の長門先生は、元自衛官という経歴の初老の男性だった。
「竜洞生徒、医務室で休んでるんじゃなかったのか? 美洲丸から貴様は医務室登校だと聞いたんだが?」
類人猿美洲丸に続いてジジィの世界史教師は超乳オス○ルにトランスフォーム、か。
そして、俺の記憶にある男子の名前のネームプレートを着けた、男装の美少女たち……。
太刀浦と、待雪が来たことで全員が揃ったらしいこのクラス……一列6人で4列だから、24人。その内男子は、俺、竜洞辰哉と太刀浦圭輔に待雪美少年そして、最前列の扉に近い席の鳳梨瑞穂。
どうやらこちらの世界(仮)でのこのクラスの男子生徒は、俺たち4人以外は女体化しているか、居なくなっているかのようだ。
女子にしたって、いなくなってるやつも結構多い。なにせ、元の世界(仮)の1年1組の3分の2の人数だからな。
「竜洞生徒ッ!?」
「あ、はい。美洲丸君が気遣って、そう言ってくれましたが、俺的には具合が悪いわけじゃないんで、休むほどでは無いと思いましたんで……」
どう答えたものか数瞬迷ったが、あえて嘘を言う必要もないだろう。……と、ありのままを答える。
一瞬、辺りの数人から「ヒィッ!」という声が聞こえたのは気のせいだろう。
何も怖がるものはないじゃないか。いや、このゴージャスな担任の先生らしき人物の視線は確かに痛いけど。
俺は嘘をついてないし、教師に対する敬語もちゃんと使っている。恐れるものはなにもないはずだ。
ん? そういえば、つい、さっきまでザワついていた教室が、夜明けの北海道阿寒湖くらいにシンと静まり返っている。いや、阿寒湖に行った事は無いけど。国営放送のドキュメント番組でそんな風景を見たことがある。
「そうか、ならばよし。後で美洲丸に礼を言っとけよ。心配してたぞ」
くるりと背を向け、長門を名乗る女王様的軍人風男装の麗人が、カツカツと靴音高く教壇に向かう。
あれ? こんなに音がする靴を履いていたのに、太刀浦の頭に出席簿が叩きつけられるまで、教室に入ってきたのさえ気がつかなかったぞ。
「竜洞生徒!」
肩越しに女王様視線が俺を射抜く。
「は、はいッ!」
「貴様、いつから美洲丸を君付けで呼称するようになった?」
困ったな、『竜洞生徒』は、美洲丸のことをなんて呼んでたんだ?
「「「教官ッ!」」」
答えあぐねていると、前と後ろと右隣から混声三部が聞こえた。小桃と太刀浦、そして待雪が手を上げていた。
「よろしいでしょうか」
小桃がすかさず切り出す。太刀浦と待雪は発言権獲得の機会を譲ったように、すっと手を下ろした。
「よろしい、信濃生徒、発言を許可する」
バネ仕掛けで樽から飛び出す海賊の人形のように、小桃が姿勢を正す。
「既に、美洲丸生徒からお聞き及びかと思いますが、竜洞生徒は、登校途中の事故で後頭部を強打し、昨夜見た夢と現実が混交しております。竜洞生徒が自分に申告したところでは、頭痛、意識の混濁等が認められないため、点呼の後、受診するとのことでありました。以上であります」
塚系の豪奢な衣装を身に纏い、俺の世界(仮)のジジィ教師の名前をネームプレートに彫り付けた超乳の女王様は、靴音高く机の間を教壇へと向かいながら、俺の代わりに弁解してくれている小桃の話を小さく頷きながら聞いていた。
ついさっきまでの小桃は、結構つっかえつっかえ喋る傾向があったように見えたが……。
だが、この小桃は、すくみ上がるようなドS視線で心を射抜いてくる担任に臆することなく、実に流暢に、今日の俺の事情を説明をしている。
そんな小桃に俺は、少なからず驚いていたが、納得もしていた。
軍隊で上官に何かを報告するときに、つっかえてばっかりじゃ、怒られるどころの話じゃすまないもんな。
この小桃には軍人っぽい喋り方がすっかり板についているみたいだ。ここまでになるのに、入学してからこっち、どれくらいこの担任女王様に怒鳴られたことだろうか、想像に難くない。
さっきまでの深窓のご令嬢っぽいおっとりぎみな喋り方から、脳内スイッチの切り替えひとつでじつに理路整然立て板に水で喋ることができるようになるんだろうな。
これが、『防衛』などという物騒な言葉が校名の先頭にくっついている学校で、2ヶ月足らずとはいえ教育を受けた結果か。
「なるほど、美洲丸が言っていた通りだな。太刀浦生徒、待雪生徒。貴様らも信濃と同じか?」
太刀浦と待雪の二人が姿勢を正した二人分の音が、俺の耳にはひとつの音になって聞こえた。
この動作の同期も、『防衛』なんて単語が校名についている学校で過ごした成果なんだろうな。
「「はいっ! 右に同じでありますッ!」」
「うお!」
びっくりして思わず声が出てしまった。太刀浦と待雪の声の大きさと明瞭さに、だ。
俺が知っている太刀浦も待雪も、こんな大声で喋るヤツじゃなかったはずだ。
基本性格は、変わらないものの、俺がイメージしている軍人ってやつに、俺の幼なじみや友達がすっかり染まりあがっていた。
「わかった! では、ホームルームを始める。当番、待たせたな」
当番と呼ばれ、俺の世界では男子生徒の名前だった、女子にしか見えないが、女子とも男子とも違う制服(二百年前の軍服みたいな)を着た生徒が、ザッ! と、音が聞こえるくらいの勢いで姿勢を正し教室のガラスが割れるような大音声で号令をかける。
「きょーつけッ!」
全員が一斉にザッ! と、音を立てて姿勢を正し、気をつけの姿勢で固まる。
俺も気をつけをするが、他の奴らのようにはいかない……当然だ、俺はついさっきまでゆる~い教育の県立普通科高校の生徒だったんだから。
しん……と、音が聞こえそうな静寂が、教室を満たしてゆく。
と同時に、高校生特有のトモダチ同士の馴れ合った雰囲気がみるみると引き締まってゆく。
それは、俺がさっきまで通っていた県立普通科高校とは程遠い、訓練され、統制の取れた動作だった。
本来のこっちの竜洞辰哉である『竜洞生徒』ならもっと、ビシッとできたんだろうが、残念ながらほんの今朝方まで、俺はだらけきった普通の県立高校の生徒だったから、こんなにキビキビとした動作なんて、テレビか、動画サイトか、映画でしか見たことがない。
「けぃーれッ!」
け、敬礼って、あの、軍人がやる手を顔の前に持ってくるアレのことだよな。たしか、気をつけから、手をこう……。
と、手を胸まで挙げたところで、周りがみんなお辞儀をしているのに気が付く。
しまった。みんなに遅れることたっぷり二秒。俺はもたもたと腰を折る。
どうやら、この世界での敬礼ってのはお辞儀のことらしい。
「おはようございます!」
「番号ぉッ、始めッ!」
「イチッ!」「ニッ!」「サンッ!」「シッ!」「ゴッ!」……。
当番の号令に続いて、生徒達が番号を絶叫してものすごい勢いで着席してゆく。
どこから突っ込んでいいやら分からなくなるほどに突っ込み所満載なのだが、出席番号順に自分の番号を叫んで着席していくルールなのは理解した。
俺が昨日まで通っていた学校の出欠確認は、教師が名前を呼んで、座ったままの生徒が「はぁーい」ならまだしも、「へーい」とか、「ほーい」とか思い思いにだらけ切った声で返事をするものだったのと比べると、俺が通っていた県立高校が、学級崩壊していたように思える。
「ジュウイチ!」「ジュウニッ!」…………。
元の1年1組では出席番号は五十音順だったから、俺は一番最後で四十五番だった。
小桃が「ジュゴ!」を叫び、太刀浦が「ジュシチ!」、待雪が「ニジュニッ!」を叫んだ。
よかった、こっちでも出席番号は五十音順のようだ。
女生徒の声が「ニジュシッ!」を叫んで、この教室の中で立っているのは俺と長門先生だけとなった。
「にじゅうごぉ!」
気張って自分の番号? を叫んだつもりだったが、声が裏返ってしまった。
『……?』な空気が一瞬漂ったが、すぐに当番と呼ばれた生徒が長門先生に向かって叫んだ。
「報告します! 1年1組、総員25名、事故ナシ、現在員25名、異常ナシ!」
事故無し、異常無し? 俺が、駅で転んで頭を打ったり、この世界においてはあきらかに異常な言動をしたり、みんなと同じように、気をつけや敬礼が出来ていたはずの『竜洞生徒』が、突如として、全くの素人みたいな動作になっていることは、どうやら事故や異常と言わないらしい。
と、思っていたら、鼓膜にハンマーが叩きつけられた。
「竜洞生徒起立ッ!」
長門教官殿が、女王様視線で俺を睨みつけ怒鳴ったのだった。
慌てて俺は席を立つ。
だが、動作は相変わらずのモタモタだ。
こんなおっかない学校に来てわずか数分で他の奴らと同じことなんてできるわけがない。
それに、なんか体と脳がバラバラな感じで上手くて足が使えないんだ。
「ナニをもたもたしとるか! 気合が足りん! 亀のダッシュのほうがまだ気合が入ってるぞ! 目にチカラナシッ! 何だその声はッ! 頭を打ってここがどこか忘れたのかッッ!」
教官殿ッ! 自分はここがどこだか忘れたんじゃありません。知らないんですッ!
心細さに身悶えする俺を長門教官殿が獲物をロックオンした鷲のように睨む。
「竜洞生徒、一歩右へ! 前支えッ用意ッ!」
まえささえ? な? な? なんだそれは! 俺は何をさせられるんだ?
「ま、まえささえ?」
「たっちゃん、右の通路に出て腕立ての一番最初のポーズだよ」
オロオロする俺に小桃が助け舟を出してくれた。
「サンキュ、小桃」
「いいから早く!」
俺は急いで床に手を付き、腕立て伏せの最初のポーズを取る。
なるほど、なんか知らんがなんらかのペナルティを俺は課されたようだ。そのペナルティで腕立て伏せをするわけだな。
うん、それなら軍隊モノの映画で見たことあるぞ。
「では、本日の予定を伝達する……」
え? え? ちょ……。長門教官殿は何事もなかったようにホームルームを始めたぞ。
「たっちゃん、前支えで良かったね」
小桃が俺を振り返り、ウィンクしてかすかに微笑んだ。
まえささえでよかった? なんだそれは! くそ、腕がしびれてきたぞ!
いつ腕立て伏せが始まるんだ?
長門教官は平然とホームルームの進行している。
「ふっ、んぐぐぐッ! んがッ!」
その時俺は閃いた。
あ、まえささえって、前支えってことか!
おい、てめえ! 長門ぉッ! これって体罰だよなぁ!
いったいなんなんだよこれッ!
読んでいただきまして誠にありがとうございます。




