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県立防衛幼年学校  作者: 茅野平兵朗
第1章 並行世界転生
3/108

3 おおおおッ! ハーレムか? ハーレムなのか?

「なるほど……な」


 俺の記憶では印象の薄い男子の席だった俺の前の席を占領している小桃に、俺の呟きは聞こえなかったようだ。

 教室の中をぐるりと見回しただけで、今の俺にとってかなり重要な情報を得ることができた。


(やっぱり、異世界転生もしくは転移説が濃厚だなぁ……夢説も捨てられないけど)


 この教室は俺の記憶にある県立西高の教室と造りこそ一緒だったが、時間割に土曜日があったり、全く知らない科目があったり、一番後部に人数分の立派な鍵付きのロッカーが並んでいたりと、こまごまとした相違点を発見することができた。

 俺の記憶じゃ一番うしろにあるのはロッカーじゃなくて、単なる棚のはずだった。

 また、俺の記憶の中のクラスメイトたちと、この教室にいる連中も、だいぶメンバーに相違がある。

 見知った顔もいれば、初めて見る顔もいる。あと、どう見たって小学校五~六年生にしか見えない者もいる。


(日本には飛び級ってなかったよなぁ。あの高学年な子たちはなんなんだ?)


 女子は概ねが俺の記憶にあるクラスメイトの女子たちと同じだったが、違うクラスだったやつも混じっているし、いなくなっているやつもいる。


(小桃だって、俺と同じクラスじゃなかったしな)


 日に灼けた赤い髪からカラスの濡羽色に変化した幼馴染の信濃小桃の後頭部を眺める。

 合格発表の日に「合格おめでとう、またよろしくな」と言って、俺の背中を思いっきりぶっ叩いてニカッと笑ったあいつの歯の白さが頭の中をよぎる。

 ぶっ叩かれた背中には4日消えない紅葉ができていたこととワンセットだ。


「ん? なあに、たっちゃん」


 鞄の中身を机に収めた小桃が振り返る。


「いや、なんでもねえ」

「たっちゃん、言葉遣い変、そんな不良みたいな喋り方しちゃだめだよう」

「そ、そうか、スマン、悪い。今朝方見た悪夢の中で、俺って、こういう喋り方してたみたいなんだ。ははっ、頭打ったんで、寝ぼけを延長しているみたいだな」

「たっちゃん……やっぱ、医務室行こうよぅ」


 小桃が柳眉を顰める。本当に俺のことが心配でならないって顔だ。


「いや、大丈夫だ。脳に異常があったら、今頃大いびきで寝てるはずだからな」

「そ、そりゃあそうだけど……」


 前に向き直った小桃から視線を逸し、再びあたりを見回す。


(そうか、なるほどな)


 男女ともにいなくなっている奴らが、なんでいなくなっているのかはすぐに分かった。

 クラスメイトの人数が、概ね3分の2ほどに減っていたからだった。

 俺の元の世界(仮)では、少子化でひとクラスあたり40人ちょいの人数だったが、ここでは更に少なくなっていた。


(元の世界(仮)よりも少子化が深刻なのか、それともこのクラスが超特進クラスなのか……)


 俺がこのクラスに在籍している時点で、少数精鋭の特進クラスって線はないはずだ。

 俺と取って代わってしまった『俺』が、とんでもなく優秀であると言うなら話は別だが、俺の頭の出来は平均オブ平均だ。いや、平均より低いと思う。自分で言うのも恥ずかしいんだが……。


「しかし、ことここにいたって男子はまだ俺だけかよ……」


 もうすぐホームルームが始まろうかという時間だというのに、俺以外の男子が登校してきていない。

 この教室に今いるのは、俺の他には女子か俺の目には女子としか見えない、俺の元の世界(仮)の男子生徒の名前を彫り込んだネームプレートを着けている少女歌劇の舞台から抜け出してきたような『何か』しかいなかった。


「こいつら、美洲丸の同類……なんだろうな」


 俺の元の世界(仮)の男子生徒の名前のネームプレートを着けたそいつらは、ゴリラから少女歌劇の男役トップへと華麗にゴージャスにメタモルフォーゼを遂げた美洲丸勇と同じような200年前の軍服のような華美で古式なデザインの制服を着ている。

 制服というものは男女でデザインが異なっている。

 女子の制服はセーラーカラー付きの軍服のようなデザイン。

 男子……と言っても、俺が着ているもので判断するしかないが、それは、濃紺でボタンが露出していない学ランのようなデザインだ。

 そして、時代錯誤といってもおかしくない派手で豪華なデザインの制服。

 この教室には……というか、通学路で見た限り、この学校には3種類の制服が存在していることになる。

 男子と女子、あと、もう一種類。

 そういったことから、そいつらは男子でも女子でもない『何か』なんだろうことが推察できる。

 だが、どんなに目を凝らそうが、俺の目にはそいつらはどいつもこいつも男装している女子だ。

 俺の元の世界(仮)の男子生徒と同じ名前であることを気にしなければ、全員が眉目秀麗な女の子に成り変わっている。


(これが夢じゃないとしたら、随分と出鱈目な世界設定だな)


 こんないわゆるハーレム的な状況は夢以外では考えられないが、こんなにリアルで総天然色な夢を見ることができるほどに俺は芸術的才能に恵まれていない。

 その証拠に中学の美術の成績はずっと地上すれすれの低空飛行だった。


「こりゃ……ほんとうにそうなのか?」


 思わず俺はつぶやいてしまった。

 ひょっとしてこれは、本当にハーレムなのか? 男はこの学校で、俺、ただ一人のハーレムなのか?

 思わず鼻の下が伸び、目尻がやに下がったのが自覚できる。


「お、おは、おはようなんだな竜洞君」


 と、その瞬間、俺の萌えに萌えた気分を台無しにする、俺の元の世界(仮)でいやというほど聞き慣れ親しんだくぐもった濁り声が、朝の挨拶をしてきた。


「その様子では、どうやら平気そうなんだな」


 この声の主は、俺の記憶とだいぶ差異があるこの状況に陥る前でも、俺の数少ない友人の一人だった、太刀浦圭輔だった。


「太刀浦?」


 そろーりと振り返ると、そこには、テレビのバラエティ番組で、ひな壇に必ずいるデブタレントみたいな体型の、誰もが抱いているヲタクのステレオタイプを体現している塊が、その風貌に似つかわしくないさわやかな微笑を俺に向けていた。


「み、見てたんだなぁ、ぼ、僕は。キミの英雄的な行動を。だ、大丈夫なんだな頭は?」

「なんだ? 英雄的行動って?」


 まてよ、小桃が美洲丸に言っていたあの話のことか?

 俺が、駅のホームから落っこちそうになっていた三組の女子を助けて、代わりにすっ転んだっていうあれのことか?

 なるほど、あれは見てきたような嘘ではなく、見てきた事実だったってわけか。

 あの全身の痛みはその時のことだったのか!

 だが、俺の記憶は、全身の激痛を感じた前後から、頭の上を通った自衛隊の飛行機の爆音を聞くまでの間がバッサリと抜け落ちている。


「大変なのよぅ。太刀浦くん。たっちゃ、もとい、竜洞君てばぁ、さっきから、変なことばっかり言ってるのぉ」

 

 小桃が振り返って相槌を打つ。

 こっちの小桃は公式には俺のことを竜洞君と呼称(呼称なんて言葉もラノべじゃあ良く出てくる言葉だ)しているらしい。


「ああ、小桃の言う通りなんだ太刀浦。頭を打った拍子に、今朝、見ていた夢と現実がどうやらごっちゃになってるようで、俺の言動はかなりおかしいらしいんだ。打撲による一時的な混乱だと思うんだが……。変なことを言ったりしたら、すまんが指摘してくれると助かるよ。いや、恥ずかしいかぎりだが……」


 はいっ! 記憶混乱設定いただきました!

 

 これで、多少おかしなことを言ってもごまかせるだろう。

 後は頃合いを見計らって、記憶喪失設定をうまい具合に追加できれば御の字だ。


「あ、ああ、了解なんだな」


 太刀浦は突き出た腹をポンと叩いて笑った。


「いやまじぇ、すっげー音だったからようぉ。おりゃ、今日の体育の時間、柔軟の相手どうしよーかと思ったわっけー。んつったって、一年生百十数人中で男子は俺ら3人と鳳梨、隣のクラスの二人だけだからなぁ! Huuuuuuuっ!」

 

 このパレルワールドでの身の処し方のメドが立って、盛り上がりつつあった俺の気分を、達磨落しに台無しにしてくれるお言葉を、チャラッチャラとまくし立てやがる聞きなれた声。

 俺が元いた世界では、この声の主はもっと落ち着いた話し方をする男だったが……。嫌な予感しかしないが声の方向を振り向いてみた。

 はたして、そこには、バラの造花をくわえた、残念系ナルシスト芸人のような男子生徒が嫌にシュッとしたいい姿勢で立っていた。


「いっ! バラって…マジか、待雪」


 俺の元いた世界ではこの男、待雪美少年(美少年と書いてガニメデと読むそうだ)は、こんなにチャラった残念ナルシスト芸人みたいな男ではなく、自分の名前を二十歳になったら改名してやると言っていた良識ある落ち着いた男だった。

 いや、たしかに、美少年ではある。美少年過ぎて、元いた世界では、特殊な趣味の女子にものすごく人気があった。


「だぁいじょうぶかぁ? 救急車呼ぼうと思ったら、むっくり起きて無表情で歩き出すからぁ、びぃっくりしたわけよ」


 待雪が俺の肩に手をかけ。バラを咥えてウィンクした。


「じゅる!」


 前席の方から、俺の耳に液体を啜り込むような音が聞こえた。

 目を向けると、小桃が頬を染めにうっとりとにやけている。


「どうした? 小桃、顔が赤いぞ。熱でも出たか?」

「な、なんでもないかなッ!」


 問いかける俺に小桃はブンブンと手を振って、己の健康をアピールした。

 そんな、俺と小桃のやり取りを全く意に介さず、待雪は俺の首に腕を回し、チャラチャラと俺が頭を打ったときの状況を話し続けてくれる。


「おりゃ、まちがいなく逝っちまったと思ったわっけー。香取ちゃんもただでさえ眼鏡からはみ出しそうな目を、見開いてびっくりしてたぜい。ありゃ、ちび……げふっ」


 待雪の隣の席の女子、壱位町小枝が待雪の脳天にチョップを食らわしていた。


「ガニメデ君! あんた、それ以上言ったら、全校の女子全員からはぶられかんね。大体そんな風にデリカシーがないから、女の子から人気無いのわかってる? そこそこイケメンでこんなに女余りだってのに……」


 待雪を俺の隣の待雪の席に押し込め、そのさらに隣の席にどっかりと腰を下ろして、壱位町小枝が、説教を始めた。

 待雪と壱位町は元の世界でも中学から仲が良く、女子どもの冷やかしの対象になっていた。ちょうどさっきの俺と小桃みたいに。

 その関係がこっちでも健在なのは、なんかうれしい。

 壱位町がクドクド言うお説教を、待雪は造花のバラをくわえて、気障に笑いながら受け流している。

 話し方や性格が、元いた世界の待雪に比べて、かなり違和感があるものの、ヤツは、太刀浦同様、こっちでも俺の友人の一人だったようだ。

 元の世界では、二十歳になったら改名してやると息巻いていた自分の名前を、こっちの待雪は女子に呼ばせてるほどに気に入っているような痛いヤツではあるが……。


「ああ、そうだ、香取って、ひょっとして俺が……」

「助けた三組の女の子よぅ、お礼言おうとしてたのに無視して来ちゃってぇ……。傷ついてるわよ、あの子ぉ。後で、謝りに行ったほうがいいわよぉ」


 俺が助けたという女子のことを、小桃が肩越しに教えてくれる。

 そうか、じゃあ、そのときの様子をもっと聞けるかも知れないな。

 俺が、転んで頭を打ったときの状況のあらましは、太刀浦と待雪、それに小桃のおかげでだいたい分かってきた。

 後は、直近で目撃した香取さんという三組の女子に話を聞けば、さらに状況が詳しく分かるかもしれない。


「一限目が終わったら、謝りに行ってくる」


 と、ついでにそのときの話を聞こう。

 とにかく今は、状況の把握。そのための情報収集だ。


「そ、そうだ」


 俺の後ろの席に鎮座した太刀浦が、思い出したように声をかけてきた。


「え、英雄、竜洞君に、お、おかれましては、今週の男子の義務は、もう、は、果たしたんだな? ま、真面目なキミのことだから、もう済ませていると、お、思うんだな。ぼ、僕と待雪はさっき提出してきたんだな」


 顔をあからさまに上気させ、眼鏡を曇らせ鼻息荒く太刀浦が言う。

 前の世界でも、太刀浦がこういう風に話すときは決まって、人目(特に女子)を忍んでするそっち方面の話題だった。


「な、なんだよ義務って」


 大体の予想がついたので顔が熱くなる。


「「「「「キャーッ!」」」」」


 近くの席の女子たちが、耳ざとく、嬌声を上げる。小桃も顔を赤くして俯いた。


「あはははぁ、義務を果たすってことは、アレ、やってるってことを、白状しているようなもんなわっけー! Huuuuu!」


 待雪が人差し指と中指、そして親指で輪を作ってバラの造花を輪に通し上下にしごくように動かす。

 と、その瞬間。


「げはっ」


 鈍い音とともに待雪は机に突っ伏した。

 壱位町小枝のチョップが煙を上げていた。


「ガニメデ君! もおっ、そんなことばっか……。女子、みんなドン引きしてるんだからね」


 たしかに、壱位町以外の女子は確かに待雪に眉を顰めた視線を送り。ドン引きしてるように見える。

 が、その実、多くの女子らは、壱位町小枝に微笑みながら生暖かい視線を送っている。

 俺の前の席の小桃が、壱位町を見ている目も、生まれたばかりの子犬を見たときの顔と同じだった。

 待雪にドン引きしてるってより、壱位町に遠慮してるってのが正解かもな。

 そう思った俺の鼓膜を、太刀浦の粘ついた声がノックする。


「て、提出は放課後までなんだな。低温保存容器を持ってきてなかったら、い、医務室で借りられるから、と、トイレで……ぐふっ!」


 突然、太刀浦もまた頭から煙を上げ、悶絶した。


「竜洞、太刀浦、それから待雪、そういう話は女子が居らんところでするものだぞ。それが、男の礼儀というものだ」


 教室に凛としたアルトの声が響き渡る。


「起立ッ! きょーつけッ!」


 耳をつんざくよな号令で、俺以外の教室の全員が……悶絶していた太刀浦と待雪までもが一斉に床を蹴っ飛ばして直立不動になった。

 すげえ、前にテレビで見た自衛隊の直営高校みたいだ。えーと、陸上自衛隊工業高等学校だったっけか? そんな雰囲気の名前の高校だったはずだ。

 あ、ってことは、俺がいるこの高校ってそういうことなのか?

 でも小桃は県立って言ってたよな。


「竜洞生徒! どうした? 転倒の影響で運動機能に障害が出ているのか!」

「い、いえッ、すみません!」


 数瞬遅れて俺もよたよたと立ち上がる。

 

「ふん……」


 太刀浦を殴りつけた出席簿をあおぐように手にパンパンと打ち付けながら、ドSの視線が俺を射すくめる。

 道端に不法投棄された空き缶を見るような目つきで俺を見下ろしていたのは、美洲丸を三倍豪華にして、バストを三倍して、三倍凛々しくした少女歌劇に登場するような男装の麗人だった。

読んでいただきまして誠にありがとうございます。

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