27 魔法って……ここにきてファンタジー要素追加かよ!
車を降りて、二人に近寄る。
俺に用があるのは、あっちの世界で俺の最後の記憶にある少女の方で、もう一人は付き添いだろう。
「ええ…っと、おはよう。俺に?」
並んでいる女の子たちに声をかける。
付き添いの子が肘でせかすようにつつく。
「あ、はいです。あの……、竜洞辰哉君! きのうはわたしの命を助けてくださってほんとうにありがとうございましたのです」
ああ、昨日みんなが言っていた、俺が助けたっていうホームに落ちそうになった三組の香取さんってこの子のことだったのか。
俺の記憶には、この子の泣きそうな顔は残っているのだが、その前後に何があったのかは伝聞でしか知らない。
だが、この子の顔を見て、うっすらぼんやりと、全身を襲った激しい痛みの前に柔らかなものをつかんだ記憶が甦った。
あれはきっと……。
「お礼に参りますのが遅れて申し訳ありませんです。本当は昨日のうちに、竜洞君のクラスに行ってお礼がしたかったのです……」
女の子は申し訳なさそうに、アンダーリムのメガネの奥の大きな瞳を潤ませ、太目の眉を寄せて俯いた。
「これ、お礼の品と言うには程遠くてお恥ずかしいのですが、わたしが作ったものなのです。竜洞君がこれを好きだって、美洲丸君から聞いたのです」
顔を伏せたまま、九十度に腰を折り、甘いうまそうな匂いを漂わせる包みを差し出す。
俺はかつてこの匂いの生洋菓子を食べたことがある。たしか、アップルパイとか言うヤツだ。
「いい匂いだね。アップルパイ?」
「すごい、匂いだけで分かっちゃうなんて」
女の子は顔を上げ、頭ひとつ分低いところから、メガネの奥の大きな瞳を見開いて俺を見上げた。
「大好物の匂いは三百メートル先からでも分かるよ」
「ほんとうです? きゃはははッ。すごいのです!」
緩く編んでネイティブアメリカンのように前に垂らした二本の三つ編みが、笑い声にあわせて揺れる。さっきまで今にも泣きそうな顔をしていたのがウソみたいだ。
泣いたカラスがなんとやらってヤツだな。
関節を感じさせない柔らかな曲線で構成されたシルエット、起伏の変化に乏しい幼い容貌なのだが、妙に大人びた雰囲気の女の子だ。
「昨日、駅のホームで線路に落ちそうになったわたしを助けて、代わりに竜洞君が頭を打って、記憶喪失になっちゃったって聞いて、ほんとうに、いてもたってもいられなかったのです。でも……」
「美洲丸君が、取り込んでるみたいだから、少し落ち着いてからにしたほうがいいっていうから、遠慮してたんだよ。でも、二組の鈴縫さんが昨日お見舞いに来たって聞いて、もう、朝駆けしちゃえって……くふふッ」
横合いから口を挟んできた付き添いの子は、包みを差し出している子よりも、少しだけ背が高く、スレンダーながら出るところは出ているといった、メリハリの訊いた体型で、こちらも大きな瞳がちの目が印象的な、ウェーブがかかったツインテール。根元の白いリボンが可憐な印象を醸している。少し大人びた体型なのに幼い印象が目立つ娘だ。
「あ、え…と、はじめましてが先なのです。前後してごめんなさいです。わたし、香取ひとみというのです。重ね重ね、昨日は助けてくださいましてありがとうございましたのです」
「あたしは鹿島あい。はじめまして竜洞君。ひとみを助けてくれてありがとう。ひとみはあたしの半身といってもいいくらい大切な従妹なの」
「あ、ああ…いや、うん。はじめまして、俺は竜洞達也です。こちらこそありがとう。おいしそうな匂いだ」
包みを受けとりながら応える。
「あの……これからおでかけです?」
「ああ、病院へ。念のため頭の中を検査してこようってことで」
香取ひとみと名乗った少女は、ほんの一瞬逡巡して俺に正対し目を閉じ手をかざした。
「ちょっと失礼しますのです」
「え? な……」
何をするんだ。と、いう言葉を俺は飲み込んだ(なんか今日はこればっかりだな)。
早口で何ごとかをつぶやいた香取ひとみの手が、ほんのりと光りだしたのだ。
「え? え? え? え? え?」
驚きながらも俺は、香取ひとみの手の光から目が離せなかった。その光はから、なんとなくだが俺を慈しんでくれている様な気配を感じたからだった。
「よかったのです、うん」
「大丈夫そう?」
聞き返す鹿島あいに頷きながら、香取ひとみが手を下ろし、目を開いた。
「治癒系は専門外なんですけど、基本はできますので、竜洞君の全身をスキャンさせていただきましたのです。病院のMRIには敵いませんが、わたしのスキャニングでは異常は発見できませんでしたのです」
え? すきゃにんぐ? 専門外?
「お嬢様方、辰哉さまは、未だ記憶が少し混乱しておられますので、お嬢様方のクラスのことを辰哉様にご説明いただけますでしょうか?」
不思議な目の色をしたメイドの掛布さんが、助け舟を出してくれた。
「あ、ごめんなさい。そうでした。分かってたはずなのに……。えっと、わたしたちのクラス三組は特殊戦術戦技を専門に勉強するクラスなのです」
香取さんが前に垂らした三つ編みの房を指に巻きつけながら、アンダーリムのメガネの奥の大きな目の端を下げる。
「通俗的な言い方をするとぉ、あたしたちは魔法使いってやつね。あたしと、ひとみの専門は火炎及び爆裂系ね。こんな感じ」
鹿島さんが人差し指を立て、早口で何ごとかをつぶやく。
ぽッ! っと音を立てて、鹿島さんの人差し指の先に、小さな炎が灯った。
「え? あ? ほああッ?」
ちょっと待て! 魔法だって?
正直言って、元いた世界に比べて突飛で異常な環境(男女の数の差とか、軍事国家色が強い世相とか、人間と見紛うほどのアンドロイドの存在とか)に慣れきってもいないのに、ここでさらにファンタジー要素の追加かよ!
「三組では、通常の授業に加えて、特殊戦術戦技…いわゆる魔法を学ぶのですが、まず初めに対特殊戦術戦技防御とファーストエイド的な治癒系の特殊戦技を学ぶのです」
「専門家じゃないけど、ひとみのスキャニングはかなりのもんなんだよ。こないだだって、クラスの子の初期虫歯見つけたくらいなんだから」
初期虫歯を見つけることが、どれくらいすごいのかは分からないが、この子達が特殊な能力を持った子達だということは理解できた。
「瑠弩美!」
印南さんが運転席から掛布さんを呼んだ。
「お嬢様方、辰哉様はこれから病院に向かいますので……」
こくりと頷いて、掛布さんが香取さんたちに俺の行動予定を告げる。
「そ、そうだった、ごめんね。もっと、お話ししたいけど…。また、明日にでも学校で……。これありがとう。アップルパイ、大好きだよ。医者から帰って来たらいただきます」
「あ、あ、ご、ごめんなさい。お急ぎのところを、お時間取らせちゃって……、こんど、ゆっくりとお話ししたいでのす。そのときは、また、お時間いただけますか?」
「もちろん。かえって、俺からお願いしたいくらいだよ。三組のこととか、特殊戦術戦技のこととか、教えて欲しいことがいっぱいだ」
俺は車に乗り込みながら応える。
「じゃあまた」
窓を開け、香取さんと鹿島さんに手を振る。
「あのッ……です」
香取さんが車の窓越しに俺の手を握ってきた。
「本当にほんとうなのです。またきっと、お話したいのです……」
今にも泣き出しそうな顔で、香取さんが訴える。
「うん明日、学校で……」
香取さんに気圧されそう答えるのがやっとだった。
「出発いたします」
印南さんの声と同時に車が滑り出す。
「竜洞君。また、なのです」
手を振る香取さんがみるみる小さくなってゆく。
ああ、これだったのか、俺があっちの世界で最後につかんだ物は……。
「帰ってきて、お食事の後にお出ししましょうか? それとも、午後のお茶の時間にでも……」
掛布さんが俺の手からアップルパイの包みをそぉっと取り上げ、訊いてきた。
「うん、帰って来たら、食べたいです。俺一人で全部食べたいっていったら、いやしんぼでしょうか?」
印南さんが運転席で吹き出した。掛布さんは不思議な色の瞳を細めてくすりと笑い、答える。
「では、十六分の一ほどご相伴にあずからせてくださいませ。しかるのちに、お坊ちゃまにお召し上がりいただきます」
ピンと来た。
「それって……毒見ってやつですか?」
掛布さんは微笑むばかりだ。
「それも、専任メイドさんのお仕事ってヤツですか……」
俺は溜息交じりに尋ねる。
「ありがとうございます。お坊ちゃま」
「なるべくたくさん食べたいです。せっかく俺に作ってくれたんですから」
「はい、善処いたします」
掛布瑠弩美さんは不思議な色の目を細め、微笑んだ。
フルネームが判明したメイドさんが増えたことに俺は密かな満足をする。
相変わらず、車は、自動車に乗っているということを忘れるくらいに滑らかに走っている。
おれは、アップルパイが十六分の十五食べられますようにと祈っていた。
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