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県立防衛幼年学校  作者: 茅野平兵朗
第2章 県立防衛幼年学校
26/108

26 3度目の知らない天井

「はあ……」


 海軍北部方面航空群次席幕僚兼航空対潜水艦戦作戦センター司令兼基地警衛中隊長兼臨編試製歩兵装甲運用試験班長陸奥然中佐は、司令部庁舎の士官ロッカールームで、脱いだ古めかしいデザインの軍服をハンガーに掛けながら溜め息をついた。


「はあああああ……」


 上着を羽織りながら、かくんと首を折り、再び溜め息をついた。


「おやおや、ずいぶんとさっぱりな顔色ですこと」


 対潜作戦センター司令補が、当直明けで目の下に隈を作った顔で皮肉る。


「これから、この世で一番顔を合わせたくないヤツに会いに行くの。最悪土下座しにね」


 司令補に「そんな顔の貴様に言われとうないわ」という突っ込みをする余裕も無く、陸奥が答えた。


「なんと、北方航空群にその人ありと言われる陸奥中佐がびびるなんて、太陽が西から昇りかねない事態ですわね」

「びびってないし!」


 ムキになって反駁する中佐はその階級や年齢よりもはるかに幼く見えた。


「で、どこのどいつでございますのやら。ウチの二足歩行量子電算機を、こうまで憂鬱にさせるのは?」

「口に出すのもおぞましいわ。ああ、あれよ、沖縄撤退戦、辺野古崎の戦闘の生き残り」


 中佐は渋面を作って答える。


「あら、陸軍の長門予備大尉ですか? あの方とそんなに仲悪かったでしたっけ? たしか防大の同期だったとか……」

「もう一方の方よ……ちッ」


 口にするのも忌々しいといった口調で、陸奥中佐は舌打ちをした。


「げッ、ルムルーモ……ですか」

「そんな、小洒落た呼び方なんてもったいないわ、エスペラント語に対する冒涜にも等しいわ。あんな連中くノ一部隊月光で十分だわ」

「でも確か、あの子達は生き残りのほとんどが集団退役したと聞いてますが?」

「その集団再就職先にこれから行くの」

「あら、でも中佐の行動予定には、市外への出張はなかったはずですが?」

「それが、なんとあいつらの集団再就職先って市内なのよ」

「え? こんな辺境の人口たかだか十万と少しの地方都市に、あの子達を雇える民間軍事会社なんてありましたっけ?」


 司令補は首をひねる。


「あいつら、集団で職換えしたの。いまやってるのはメイドよ」

「冥土? アサシンですか? 速やかに冥土に送ることを生業とする職業では、職換えとは言わないのでは?」

「無理矢理ね。認めたくないのは分かるけど。通念的、普遍的な意味合いでのメイドよ」


 司令補はあんぐりと口をだらしなく開けて、しばしの間、閉じることを忘れていた。


「なんでまた……。あまりにかけ離れ過ぎています。シベリアタイガーがアメリカンショートへアに変身したって方がまだ納得できます」

「事実よ。まあ、そのあたりのことは、いずれ話すわ。で、わたしは、これから、車で十五分のあいつらの集団就職先にご機嫌伺いに行くってわけ…………はあぁ」


 海軍士官、陸奥然中佐は、心底嫌そうに盛大に溜息をついた。


 ※※※※※


 目覚めると、見たこともない天井が俺を見下ろしていた。

 なるほど、これが、知らない天井ってヤツか。

 正確に言うと、この、知らない天井体験は3回目だ。

 見慣れた天井から連れ出され、翌朝、知らない天井が俺を見下ろしている。

 大人になって、新しい暮らしに希望を持って引越しをするのなら、そういうのにつらさを感じないんだろうが、いかんせん俺はまだ、声変わりさえ完全にはしていないガキで、新しい暮らしに希望を持って引越しなんてしたことがない。

 つらいことからの逃亡ならあるけどな。

 やっぱり、知らない天井に見下ろされるのには、かなり精神的にきついものがある……な。


「仕方ねえ……か」


 この世界で、他に雨露をしのげて飯が食えるところを、俺は知らないからな。


「それに……」


 ここには梓がいる。

 俺にあいつを養っていける甲斐性があれば、隣の県に養女になんかに行かせなくたってよかったんだ。

 だが、ここには俺に甲斐性がないにもかかわらず、梓がいてくれている。

 それだけで、ここに居る価値がある。

 そこのところは、『竜洞生徒』とその親に感謝だ。

 俺は自分の親に感謝なんてしたことはないがな。


「あ、そ、そうだ、梓は?」


 梓は……。ああ、そうだった。

 無事、パーソナライズが済んだ梓を、鳳翔さんたちが連れて行ってしまったんだった。

 今日の午前中に、メーカーのカスタマーサービスを呼びつけてなにやら『お話』をするらしい。

 俺が『梓』と名づけたアンドロイドは、路地裏に落ちていたものを俺が拾ってきたものだ。

法律に照らせばおそらくこれは、拾得物横領罪ってヤツに当たるんじゃないだろうか? 

 さらに、『梓』は太刀浦曰く、メーカーが自社を立ち上げるための出資者を募る目的で製作された、超高級ハンドメイドの一点もののようだ。

 言ってみればア○ロが搭乗したガ○ダムみたいなもんだ。

 そんなものが、あんな路地裏に放り出されていたこと自体、奇妙なことだが、それが、ユーザー登録できて、なおかつ、カスタマーを呼びつけて『お話』できてしまうところが実に理にかなっていない。異常なことだ。

 しかし、実際、今日ここに、そのカスタマーサービスの責任者がやってきて、『梓』について、お話をするのだそうだ。

 鳳翔さんが言うところでは『梓』を製作したアンドロイド製作者(極東人工少女廠はまだ会社として成立していないらしい)に、連絡を取って、資金援助を持ちかけてみたら、ひょいひょいと乗ってきたそうだ。

 交渉が上手くいったら、当家が運用している資産の0.5パーセントほどをくれてやりましょう。ということだった。

 それでも、かなりな額になると暁さんが耳打ちしてくれた。

 そんなことで、梓が居る生活が手に入るならば、願ったりだ。おれは、鳳翔さんに全てを任せたのだった。

 それにしても、まだ立ち上がってもいない会社にあんな立派なユーザーサイトや、カスタマーサービスがあるのがおかしいっていえばおかしなことだ。

 まあ、俺が、病院で検査を受けている間に全部終わらせ、俺が帰宅したらまたこの部屋に「お連れします」ということなので、それを楽しみに病院に行って来よう。

 そんなこんなで昨日は、いろんなことがありすぎて、くたびれきってしまって、風呂にも入らずに、太刀浦に無事起動したと報告して眠ってしまったからな。

 ああ、梓との再会が待ち遠しい。


「梓あああああッ!」


 ……と、やたらとでかい枕を抱きしめ、やたらと広いベッドを転げまわっていると、部屋の出入り口ドア(この部屋にはもうひとつドアがある。それは、洋服ダンス部屋の扉だ)をノックする音が響いた。


「失礼いたします。お坊ちゃま、お目覚めでしょうか」


 暁さんを先頭に、昨日、俺が出かけるときに着替えをしてくれた三人のメイドさんたち……伊香鎚さん印南さんとあとひとりが入ってきた。


「「「「おはようございます。お坊ちゃま」」」」


 メイドさんたちは、一列横隊(横一列に並んでというよりも、こう表現したほうがしっくりくるような挙動だ)で優雅にスカートを摘んでお辞儀をする。


「ああ、おはようございます」


 返す俺に微笑みかけながら、伊香鎚さんと名前を教えてもらっていないもうひとりのメイドさんが、洋服ダンス部屋…もとい、うぉーくいんくろーぜっとに向かった。

 あ、ひょっとして、また……。


「あ、あの、暁さん…着替えなら……」

「はい、ですが、本日はお医者様に行かれますので、本来ならご入浴されてからと存じますが、お時間があまりございませんので、ご清拭のご用意をいたしました」

「ごせいしき?」


 あ、ひょっとして、体を拭くってこと?


「だったら……」


 それくらいなら、自分でやれるからタオルを渡してくださいと言おうとした俺は、その言葉を飲み込んだ。


「おぼっぢゃばぁ……」


 部屋に残った二人のメイドさん……暁さんと印南さんのうち、印南さんが、蒸しタオルを構えて涙ぐんでいたからだった。


「お坊ちゃま、印南の仕事をどうか奪わないであげてくださいませ。なぜなら、お坊ちゃまのお体のケアを通してのご病気やお怪我の発見が、専任メイドの仕事の一つなのであります」


 なら、仕方がない。『竜洞生徒』の健康管理が仕事というならば、それをスポイルするわけには行かないからな。


「わかりました。では……」


 そこまで言った俺に、印南さんが満面に笑顔を湛えて襲い掛かる。俺はあっという間にスッポンポンにされ………………以下略。

 身支度を整えてもらい、俺は、玄関に向かう。どんな検査があるか分からないから朝食は帰ってきてからだそうだ。

 もっともなことだ。


「「「「おはようございますお坊ちゃま」」」」


 メイドさんたちが次々に声を掛けてくれる。なんてうらやましい家庭環境だ『竜洞生徒』。


「おはようございます。坊ちゃま。夕べはよくお休みになれましたか?」


 階段を降りきったところで、鳳翔さんが少女歌劇の男役のようなかっこいい立ち姿で俺を待っていた。


「おはようございます。鳳翔さん。あの……梓は……?」

「はい、お嬢様なら、まだお休みになられておいでです。坊ちゃまがお帰りになりましたら、すぐにお部屋にお連れいたしますから」


(お休みになられてる?)


 ああ、そうか、充電でもしているんだろうな。あれだけのものを動かすんだ、相当に充電時間を取るに違いない。電気自動車のフル充電に、通常充電で八時間かかるって何かで読んだ事ある。

 ちなみに、通常じゃない充電は急速充電というヤツで、高電圧で充電するから大幅に時間が短縮されるんだが、その分バッテリーに負荷がかかり、バッテリーの寿命が短くなるなんていうのも何かで読んだっけ。

 そういえばスマホも、箱から出したら直ぐに充電するように説明書に書いてあったな。


「そうですか、では、梓のことよろしくお願いします」

「かしこまりました。いってらっしゃいませ」


 開いた玄関ドアの向こうには、絵に描いたようなお金持ち風の黒塗り高級車が止まっていた。

 運転席では、さっき俺の体を隅々まで拭いてくださった印南さんがハンドルを握っている。

 ドアを開けてくれているのは、不思議な目の色をした、さっき俺の着替えをしてくれたまだ名前を教えてもらっていないメイドさんだ。他のメイドさんたちよりもずっと若く見える。


「「「「「「「「「「「いってらっしゃいませ!」」」」」」」」」」」


 ずいぶん大勢のメイドさんが俺を送り出してくれる。

 今度、このお屋敷で働いている全員に紹介してもらわないとな。全員の顔と名前を知っておきたいと思う。できれば、誕生日もだ。その日には、なんとか「俺の金」でどうにかプレゼントとケーキを用意したい。

 ここで働いてもらっている感謝の気持ちを伝えたい。

 それは、俺たち施設のガキ共が、支給された小遣いを出し合って、職員に対してやっていたことだったからな。手洗いうがいと同じだ。習慣ってヤツだ。いい習慣は継続だ。


「では、印南、掛布たのみましたよ」

「「かしこまりました」」


 なるほど、不思議な目の色をしたこの人は掛布さんっていうのか。

 ドアを閉めた掛布さんは反対側から俺の隣に乗り込み、シートベルトを引っ張って、その効きを確認する。


「後席縛帯ヨシ!」

「前席全部ヨシ! 発進準備全部ヨシ! 発進!」

「「「「「「「「いってらっしゃいませ!」」」」」」」


 車寄せに一列横隊に並んだメイドさんたちが深々と腰を折る。横から見たら一人がお辞儀をしてるように見えるんじゃないかと思えるくらいに、揃ったお辞儀だ。

 動き出したことを感じさせない滑らかさで、車が動き出す。お辞儀をしているメイドさんたちが、遠ざからなければ、車が動いていたことに気がつきもしなかっただろう。

 鉄の門扉が開いてゆく。

 車が門を出るときに全開になるようになっているんだろうな。


「ん……あれは?」


 開いてゆく門の前に二人の女の子が立っているのが見えた。二人とも、小桃や楓、そして、響と同じ制服姿……、つまり県立防衛幼年学校の女生徒だった。


「お坊ちゃま?」

「停めてください、印南さん。あの子達、俺に用事があるみたいです」


 その、片方の女の子に、俺は見覚えがあった。

 俺が元いた、あっちの世界で最後に見たのが、その子の泣きそうな顔だったからだった。

毎度ご愛読誠にありがとうございます。

ブクマ並びにご評価感謝感激であります。

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