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県立防衛幼年学校  作者: 茅野平兵朗
第1章 並行世界転生
25/108

25 再会、妹よ…

 俺は抵抗をあきらめた。

 ロボとはいえ梓の形をしたものが、あんな事案に巻き込まれてたまるか。その為だったら、遺伝子情報をロボ梓に登録した方が何万倍もましだ。それが、禁忌を犯してしまうことだとしてもだ!

 まぶたをふせた梓の顔が近づいて来る。かすかに開いた口からこぼれている白い歯。目元の泣きボクロ。

 何から何まで梓そっくりだ。


「梓……」


 ロボ梓と俺の唇が触れ合う。

 ああ、なんて柔らかいんだ。それにかすかに湿っている。とてもこれが、作り物だとは思えない。


「!!!!!……ッ!」


 ぬるりとした物が俺の唇をねぶる。くすぐったいが、なんかこれ、頭がボーっとしてくる。

 そしてそれは、やがて俺の唇をこじ開け、口の中に侵入を果たす。

 俺の口の中に侵入したそれは、俺の舌に絡みつき、奔放に俺の口の中を柔らかく暴れまわった。その感覚は俺の頭の中をピンクに染め上げる。

 ザラリ!

 それは突然だった。上あごに荒目の紙ヤスリをかけられたような軽い痛み。


「な……ッ!」


 正気が回復する。

 にゅるりと、ロボ梓が侵入させたものが俺から撤退していった。


「オーナーサマノ、イデンシジョウホウノ、サイシュニ、セイコウシマシタ。モウイチドオコナウバアイハ……」


 これって、インフルエンザの検査とおんなじじゃねえか!

 その先を期待していた俺は羞恥に身を捩った。

 いや、確かにそんな雰囲気だったよね!


(ロボとはいえ妹相手に、何、ときめいてたんだ俺は!)

 

 しないを選択。左手で握手。


「イコウ、ホンキハ、オーナーサマ、センヨウキト、ナリマス。ホンキノナマエヲ、キメテクダサイ。ホンキニ、アラカジメ、トウロク、サレテイルナマエハ、『アズサ』デス。ヘンコウスルバアイハ、ヒダリテ、ヒトサシユビヲ、ヘンコウシナイバアイハ、ミギテ、ヒトサシユビヲ、オシテクダサイ」

 再びロボ梓の両手がうらめしやポーズを…………。

 何だってッ!?


「い、い、い、い、い、いまなんてった?」


 ロボ梓は答えない。

 だが、聞き間違えじゃない。絶対だ!

 俺が『梓』という名前を聞き間違えるはずがないんだ!

 音速でロボ梓の右手人差し指を押す。


「ホンキノ、ナマエハ、『アズサ』ニ、ケッテイサレマシタ。コレデヨイバアイハ……」


 決定だ! 右手人差し指を押す。


「オーナーサマノ、ヨビカタヲ、セッテイシマス。『アズサ』ニハ、アラカジメ『アニサマ』が、トウロクサレテオリマス。ホカノヨビカタヲゴキボウノバアイは……」


 ……って、もう一度、初期設定からやり直さなければ他の呼び名に変えられないらしい。事実上、兄様に限定されてるってことじゃないのかこれって?

 まあ、太刀浦が知らないメーカーの試作品みたいだら。量産品の発売と同時にいろいろ追加要素がでてくるんだろう。

 もういい、面倒だ。兄様でいい。本当はおにいちゃんと呼んで欲しかったが、もう一度シリアルの入力から始めなければならないのかと考えたらもう兄様でよくなった。

 決定の右手人差し指を押そうとしたその時……。


「「「「「ぼっちゃまあああああああああッ!」」」」」


 鳳翔さんに暁さん。そして、ロボ梓をお風呂に入れてくれた三人のメイドさんたちが雪崩れ込んできた。

 ドアの外からは俺のお付きだと言ってた伊香鎚さんと印南さんが覗いている。


「ぼ、ぼ、ぼっちゃばああッ! お嬢様のお名前は、もう決定されてしまわれたのですか?」


 鳳翔さんが目の幅涙で聞いてきた。

 あれ、鳳翔さんまで……お嬢様って言ってたっけ?


「ああ、うん。あらかじめ登録されていた名前を変更するにはかなり面倒くさいことしなければならないようなので、そのままの名前で決定したところです……」

「そ、それは……なんと?」

「あずさ、という名前です。まだ、どういう漢字に設定されているか分からないんですけど……」


 そこにいた俺以外が、みんな目を見開いた。

 うわッ! しまった、これは、配慮が足りなかったか……。

 こっちの梓って、亡くなってるんだった。

 みんな気分悪くしちゃったな。絶対。最悪これからのここでの暮らしが針のムシロになるかもしれないな。


「ご、ごめんなさ……」

「「「「「ありがとうございます!」」」」」


 メイドさんたちが一斉に深々とお辞儀をした。


「え?」


 鳳翔さんがガバッと俺に詰め寄って手を取った。


「よくぞ、よくぞ、よくぞ! その御名をお選びくださいました。一同坊ちゃまに感謝いたします」


 みんな目にいっぱいの涙を貯めている。


「よ、よかったんでしょうか? 『あずさ』…で」

「「「「「はい!」」」」」」


 それ以外の名前は許さんといった勢いだ。

 こっちの世界の梓は、本当にみんなに好かれていたんだな。俺の梓も、本当にみんなに好かれていた。

 そんなところまで、変更点がないなんて、俺はうれしさに少しだけ涙が出てきた。鳳翔さんたちから、貰い泣きしたわけじゃない。

 右手人差し指を押す。


「オーナーサマノ、ヨビカタ、は、アニサマ、ニ、ケッテイサレマシタ」


 あ? これも、これでよかったのかな? 鳳翔さんたち、なにも言って来ないから、これでいいんだろうな。


「オンセイノ、セッテイヲ、オコナイマス。『アズサ』ニ、アラカジメ、イッコ、ノ、オンセイサンプル、ガ、トウロクサレテイマス。ヘンコウサレルバアイ、ハ、ヘイシャ、サイト、カラダウンロード、デキマス。オンセイサンプル、ヲ、サイセイサレル、バアイ、ハ……」


 右手人差し指を押す。


「兄様……。兄様……。兄様……。兄様……。兄様……。兄様……。兄様……」


 何か、人生を全部無感動にすごしているような声が、明るい声質を台無しにしているしゃべり方で俺を呼ぶ二人称代名詞を繰り返している。

 さすがに、声まで俺の梓そっくりとまではいかなかった。

 俺の梓の声はもう少し高くて、しゃべり方だって、育った環境の割りには明るく無邪気だった。

 唯一の欠点はあまり滑舌がよくなくて、舌っ足らずだったことぐらいだ。

 これは、変えよう。……ッ!?


「ズズッ、ズビビッ、グスッ、ヒック」

「ぅおじょうざばぁ……ぅううッ」


 !


「え?」


 鳳翔さんたちの方を見る……。皆さん声を上げて泣いていた。


「こ、この声?」

「ぁいいッ、おじゃうざばが、ぼっじゃばぼ、おびょびじでいだごえ、いぎうづじでずぅ」


 鳳翔さんがハンカチで涙を拭いながら答える。


「お坊ちゃまは、今朝の事故で、記憶が混乱なさっておいでですので、お忘れかと思いますが、ただ今、お嬢様が再生されておいでのサンプルボイスは、まごうことなく、竜洞梓さまのお声でございます」


 そして、暁さんが握った拳を体の脇にくっつけ、体をワナワナ震わせながらきっぱりと言い切った。その目には、とても懐かしいものと再会したような色がありありと見て取れた。

 俺は、こういう瞳の色に何回も逢っていた。

 滅多になかったが、長年別れて暮らしていた両親が迎えに来たときのガキと、その両親目の色がそうだった。

 そして、養子に行って、幸せになったヤツが最初に養父母候補に会ったとき、その養父母候補が瞳に浮かべていた色がそうだった。

 なぜだか分からなかったが、養子に行っても、親戚に引き取られてもロクなことにならないときには、始めから目の色がそうじゃなかった。なんでかしらないが、俺のそれは百発百中だった。

 だから俺は、梓を送り出すことができた。

 自信を持って……な。

 はあ、じゃあ、しょうがない。俺は、ロボ梓の指をそっと押した。


「イジョウデ、スベテノ、ショキセッテイ、ヲ、シュウリョウ、イタシマス。コノセッテイデ、ヨロシケレバ……」


 右手人差し指を押す。


「ショキセッテイノ、カンリョウヲ、カクニンシマシタ。イジョウ、デ、BD-XM000045 Mod-azハ、リンドウ、タツヤ、サマ、ノ、ショユウト、トウロク、サレマシタ。コレヨリサイキドウ、イタシマス。サイキドウ、ニ、ヤク、ニ、フン、カカリマス。サイキドウ、ゴ、ハ、セッテイサレタカンキョウ、デノ、ドウサ、ト、ナリマス、ヨロシケレバ……」


 この手の作業ってのは何度もこうして「イエス、ノー」を確認するんだな。右手人差し指を……。


「サイキドウ、イタシマス。ヤク、ニ、フン、オマチクダサイ」


 すうっとロボ梓の目が閉じ、かくんと首が前に折れた。

 まるで居眠りしているみたいだ。


「ヒック…、一分五十七秒、五十六秒、五十五秒……」


 暁さんが時間を計り始めた。二分過ぎても再起動しなかったらメーカーに怒鳴り込むつもりだろうか。


「ズズッ、ズビビッ、グスッ」

「お嬢様……」

「ヒック分、五十九、五十八……二十六、二十五、二十四」


 やっぱりこういう時って一秒一秒が長いな。


「十、九……!!」

「「「「!!!!」」」」


 カウントは一分五十一秒を経過したところで中断してしまった。

 ロボ梓の首が、がばっと起きたからだった。

 ひゅううううん……。というすきま風が吹き込むような音が聞こえる。

 ピクピクと、ロボ梓のまぶたが痙攣しているように動く。


「梓……」

「「「「「…お嬢様……」」」」」


 ゆっくり、ゆっくりとロボ梓の目が開いてゆく。

 三分の二が過ぎたところで、パッチリと目が大きく開かれる。


「梓……」


 そして、梓は本当に自然に首をかしげて俺を見る。

 その大きな鳶色の瞳が、俺の間抜け面を映し、ふっと細められる。

 梓が俺に向かって微笑んでいた。

 ああ、まるで、あの日、養護施設で初めて迎えた朝、一足早く起きて妹の顔を眺めていた俺に、まどろみながら微笑みかけてくれた、あのときの笑顔だ。


「……兄様?」


 声もしゃべり方も、俺の呼び方も違う。

 だけど………………。


「……お帰り。梓」

「ただいま、兄様」


 そこには、紛れもなく俺の妹“梓”が存在していたのだった。

毎度ご愛読誠にありがとうございます。

そしてまた、ブクマご評価、感謝感激であります。

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