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県立防衛幼年学校  作者: 茅野平兵朗
第1章 並行世界転生
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23 起動! BD-XM000045 Mod-az その1

「左耳の耳珠って……」


 パソコンがある机の前に車椅子を移動させくれておいてくれたメイドさんたちに感謝しつつ、ロボ梓の左耳にあるというスイッチを探す。


「そもそも耳珠ってなんだ? こういうときはゴーグル先生に聞いてみるか」


 机の上のパソコンを起動さる。


「自分のパソ持ってるなんて、贅沢なやつだ『俺』のくせに」


 いまさらながらのことを思わずつぶやいていた。俺の『竜洞生徒』に対する劣等感の最強の一角だからな。金持ちな“自分”への嫉妬は早々簡単にはなくならないだろう。


「はあッ。情けねえ」


 でも……な、グラビアアイドルの水着画像たった一枚をインターネットで見るためだけに、どれだけの労力を費やしたことか。

 ましてやそれを保存して、いつでも鑑賞できる環境に辿り着くのにどれだけの年月と、知恵と体力を総動員したことか。

 ああ、それでも、型落ちの安いやつとはいえ、梓に俺のやつとお揃いでスマホを買ってやったときのあいつの笑顔は忘れられない。元の世界の梓はもう、最新式の高性能なやつに替えただろうな。

 向こうの世界に残してきた梓との思い出に浸っている数十秒の間に、PCが立ち上がる。施設にたった一台あったオンボロのPCとは速さが全然違う。


「ええっと、ブラウザ、ブラウザ……っとこれか」


 モニターの画面に並んでいるアイコン群の中に、ブラウザのアイコンを見つけワンクリック。ここら辺が俺が元いた世界とあまり変わりがないのは実に助かる。

『竜洞生徒』のパソコンのブラウザは、ホームがゴーグル先生だった。話が早くて助かる。


「えーと、耳の外耳道の入り口の出っ張り?」


 自分の指で外耳道の入り口、すなわち耳の穴を触る。


「ああ、これのことか!」


 耳の穴の顔側にあるコリコリとした出っ張り。

 こんなもんがスイッチになってるのか。かなり凝った造りだな。

 モニターに向かっていた体をイスごと右に九十度回してロボ梓に正対する。……それにしてもこのイスすわり心地がいいな。背もたれも高いし、リクライニングなんていう店の展示品ぐらいでしか味わったことがない高級機能が装備されている。

 ……っと、今は、ロボ梓の起動が最優先だ。『梓』がそこにいるせいか、どうにも集中できない。 

 深呼吸をして、ロボ梓の耳に手を伸ばしてゆく。

 ぷにゅ!

 指先が勝手にほっぺたをつついてしまった。やっぱり生きてるみたいに柔らかな感触。

 そんな寄り道より、耳のスイッチだスイッチを入れるん……だ。

 だが、俺の右手は自我を獲得したように、ロボ梓の頬に手のひらを当て、チカラをジワジワと込めてゆく。

 こんな風に梓の頬に触れたのは、梓が養父母の住む隣県へと旅立って行った、あの朝以来だ。


「梓……」


 あ、あれ……ロボ梓の映像がぼやけてる。それに、なんだこれ。俺の頬を熱い液体が流れ下ってるぞ。オマケに鼻が詰まって息苦しいじゃないか。くそ!

 スイッチを入れたらいくらでも触れるだろ。どこだって! ほっぺただろうが二の腕だろうが、それこそ……!


「グスッ! 下種だな。俺は……。くそ」


 気を取り直しロボ梓の左耳に手を伸ばす。

 ふにゅ!

 ロボ梓の左耳に俺の指先が触れる。

 早鐘を打つ心臓が今にも飛び出してきそうだ。

 指先を耳の穴に入れて、耳珠を摘む。


「これで、スイッチが入ったのか?」


 カウントテン。ロボ梓に変化なし。

 耳珠を摘んだ指にチカラを込める。

 ぷきゅ!


「おわッ! や……」


 人差し指に、何かカプセル状のものを潰したような感触が伝わる。


「何か、ヤバイことになっちまったか?」


 左手を鳳翔さんが置いて行ってくれたハンドベルに伸ばしながら、そおっと、右手をロボ梓の耳から離す。


「イチ、ニィ、サン……」


 カウントを始める。

 ひゅうぅぅん……。

 隙間風が吹き込むような音が聞こえる。それが、ロボ梓から聞こえてくる音だと気が付くまで数秒を要した。


「…………」


 ロボ梓の顔を凝視する。

 ぴくぴくとまぶたが痙攣しているように動いている。


「スイッチが入ったのか」


 ゆっくりと本当にゆっくりと、ロボ梓のまぶたが開いてゆく。

 同時にその顔色がどんどん生気に溢れた色合いに変化してゆく。

 これって、素材に熱で色が変わる染料とか使ってて、スイッチを入れることで内臓のヒーターで体温を再現して……って、仕組みなんか後でいくらでも調べられるだろ! なに錯乱してる俺!

 やがて、パッチリと開いたつぶらな瞳が俺の間抜け面を映す。

 そして、そして……な、『俺の梓』みたいに、にっこりと微笑んだんだ。


「梓……」

「コノタビハ、オカイアゲ、マコトニ、アリガトウゴザイマス」


 え? なにその絵に描いたようなロボ音声。梓とは似ても似つかないデジタルな音だ。


「コレヨリ、セットアップヲ、カイシイタシマス。オソバニ、インターネットヘノセツゾクカンキョウノゴヨウイハゴザイマスデショウカ」


 ロボ梓が幽霊の定番ポーズをとる。例のうらめしや~ってやつだ。微笑を顔に張り付かせたままなので余計に怖い。


「インターネットヘノ、セツゾクカンキョウノゴヨウイガ、トトイマシタラ、ホンキノ、ミギテ、ヒトサシユビヲ、オシテクダサイ」


 パソコンはすでに起動してっからな。ロボ梓の右手人差し指の先をそっと押し込む。


「ムセンラン、モシクハ、ユウセンランデ、ホンキト、オキャクサマノパソコンヲセツゾクシテクダサイ。ユウセンランノバアイハミギテヒトサシユビヲ。ムセンランノバアイハヒダリテヒトサシユビヲオシテクダサイ」


 ち、ちょっと待て。ゆうせんらん? むせんらん? なんのことだ? せつぞくって?

 いきなりハードルがエベレスト並みになったぞ。

 これってアレか? パソコン使えて、インターネットできる状況が大前提の商品だってことか。

 待て待て待て!

 自慢じゃないが、俺のパソコン暦は入学したての学校の授業で、パソコンの起動の仕方、終了の仕方、そして、マウスのボタンが何個かあることと、キーボードというものでローマ字式に言葉を入力できるってことを教わったばかりだ。

 先週ようやっと、学校のパソコンでインターネットデビューしたばっかりだ。

 更に白状してしまえば、スマホだってまだ、電話のかけ方とメールの出し方受け方、画像ファイルの保存の仕方をようやっと覚えたばっかりなんだ。

 コミュニケーションツールは、なんだそりゃ状態だ。

 ゆうせんらんとかむせんらんとか専門用語じゃなくて、分かり易い日本語で説明してくれ!

 オロオロと辺りに視線を泳がせる。


「……ッ!!!!!」


 俺の網膜スクリーンに、漫画でよくある迫力を出すための画面の真ん中に向かってビシビシ勢いよく飛んでいく線が現れ、その中心にプラグが付いたコードが映りこんだ。


「これだ! このこーどが『ゆうせんらん』に違いない!」


 それを証明する材料は一切ない。だが、俺の危機管理センサーが全力でこのコードが『パソコンのせつぞく』だと叫んでいる。

 俺はコードの先に付いたプラグを手に取りロボ梓の右手人差し指を押す。


「ユウセンランデセツゾクイタシマス」


 アナウンスと同時に、ロボ梓の口がパカッと開いた。


「ホンキコウクウナイニ、ランケーブルヲ、ソウニュウシテクダサイ」

「そ……」


 傍から見たら、頭から火炎が噴射されそうなくらい俺は赤面していただろう。

 ロボとはいえ妹の口から「口腔に挿入してください」なんて言われたら……ぐはッ!

 恐る恐る、ロボ梓の口にプラグを入れる。プラグがロボ梓のイチゴ色の舌に触れた。

 ばくんッ!


「ひッ!」


 ロボ梓の口がプラグを飲み込んで閉じた。

 唇から黒いコ-ドがぶら下がっている様は、昔テレビかなんかで見た、ネズミを丸呑みする女を髣髴とさせ、気味が悪い。

 突然、軽やかな音楽が、眉をしかめロボ梓を見ていた俺の鼓膜を揺らした。


「うわああッ! び、びっくりした。なんだよいきなり」


 音楽はパソコンから流れていた。曲名はたしか『口笛吹と犬』だったけか?

 小学校のころ、朝、登校すると校内放送で流れてた曲だ。そういや、始まりはよく憶えてるけど、どんな終わり方してたっけ? そんなこと思いつきながら、モニター画面を見る。


「ぶッ!」


 鼻梁が熱くなる。


 さすが、精子の効率的採取を目的とした機械の製造メーカーのサイトだ。

 もはや伝説となった夏季体操着に身を包んだ中学生くらいの少女を模ったリアルな人形…おそらく等身大でアダルト使用されるやつだ…が、こちらに向かって微笑んでいる画像と『極東人工少女廠』のメーカー名…これもおそらくだ…。そして、ENTERの文字が入ったボタンが写し出されていた。

 俺の常識では、ここには十八歳未満のアクセスを禁じる文言があるはずなのだが、精子の効率的採取を推進する機械のメーカーだから、むしろ思春期少年大歓迎なんだろう。

 極論すれば、アダルティな使用が目的のアンドロイドは、こちらの世界ではトラクターやハーベスタ(作物の収穫を行う農業機械のことだ)と同じだからな。

 ん? おかしいな。この、トップページの画像のセクサロイドは明らかに人形だって分かるぞ。ロボ梓は本当にこのメーカー製なのか? ロボ梓みたいなウルトラリアルな物を作る技術があるのに……。

 ロボ梓をトップに持ってきたほうがよっぽど宣伝になるんじゃないか? いや、それはそれで腹立たしいけどな。

 なにはともあれ、今は、ロボ梓の“せっとあっぷ”が最優先だ。


「ふう……」


 一息ついてENTERを押し、『極東人工少女廠』サイトの内部にアクセスを始める。


「うわッ」


 アイドルの水着グラビアでごはん三杯イケてしまう俺にとって、そこは、失血死してもおかしくないパラダイスだった。

 俺を出迎えてくれたのは、様々な年齢の美しい男女の人形達だった。驚いたことに両方な人形もある。


「ロリ型セクサロイドはまだ分かるが、男型とか、ふ、ふた…ごにょごにょ型まであるなんて……。すげえな」


 ひゅうううぅん!

 隙間風が吹くような、ロボ梓の作動音が俺を正気に戻す。


「わ、悪かった。スマン! ……って、誰に謝ってんだ?」


 危うく目的を忘れかけるところだった。

 あわてて、上端の目次からセットアップ、ユーザー登録と書かれているボタンをクリックする。


「ぇええ~?」


 俺は全身の力が抜けてしまった。

『製品のシリアルをご入力ください。シリアルは製品に添付もしくは同梱のマニュアルに印刷されています』と、きた。

 はい、もう分かりません。お手上げです。なぜなら、ロボ梓は買ったんじゃなくて、拾ってきたものだからな。

 マニュアルなんて付属してなかった。


「はあ、ギブアップだ」


 動く梓との再会は無期延期だな。 

 セットアップの中止というアイコンがある。


「はあ……」


 溜息を漏らしつつポインタをその上に乗せ、クリックしようとしたその時。

 部屋中にワーグナーの『ワルキューレの騎行』が鳴り響いたのだった。

毎度ご愛読誠にありがとうございます。

並びにブクマ、ご評価感謝感激であります。

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