21 妹そっくりのアンドロイドって、何の冗談だよ!
な、なんだ? このいたたまれない雰囲気は。
『竜洞生徒』のお屋敷の車寄せで、出迎えてくれた鳳翔さん達に取り囲まれ、俺は完全にハングアップしていた。
と、いうのも、俺がスパイナーの背中に載せて連れ帰った、毛布にくるまれた梓そっくりの少女を一目見た鳳翔さん達が、微妙な表情を浮かべて凍りつきドン引きしてフリーズ状態になってしまい、その雰囲気に俺も二の句が継げなくなっていたからだった。
「あ、あの鳳翔さん?」
この雰囲気は、まるで、ベッドの下に秘匿してあった、青少年の健全育成に有害な図書類を母親に見つけられたような気まずさだ。
いや、俺には母親に有害指定図書をベッドの下から見つけられるなんて幸せなイベント経験ないけどな。
たしかに、全裸の女の子をいきなり連れて来たら、そういう反応になるのはそうかもしれない。だが、今は、この少女の生命の保全が最優先のはずなんだが……。
「なんと……不遜な」
え? 鳳翔さん、今、なんておっしゃいました?
「鳳翔さん……」
メイドさんの一人が鳳翔さんに、何か耳打ちをする。
と、鳳翔さんが、梓に激似の少女をくるんだ毛布をめくり、俺もさっき気が付いた桜のスタンプが押してある縫い取りのラベルを睨む。
「ふん! そうか。暁、湯を沸かして洗浄、完全消毒、安全確認の上、坊ちゃまのお部屋へ。坊ちゃま、梓お嬢様の夜着の使用をお許しいただけますか?」
耳打ちをしてたメイドさんに指示を下した鳳翔さんが、俺に梓の何かを使う許可を求めてきた。
「え? 夜着?」
ああ、パジャマとかの寝間着のことか。
「はい、暖かくしてあげてください」
なんか急に話が進んだぞ。てか、救命措置とかは?
「ああ、そうだ、その前に……」
鳳翔さんは瞑目して、何かを祈るようにつぶやく。そして、かっと目を見開いて、梓似の全裸少女をくるんだ濃緑色の毛布を剥ぎ取り、少女の両足首を掴む。
「梓お嬢様、坊ちゃま、ご無礼つかまつります」
「ほ、鳳翔さんっ!」
少女の足首を掴んだ鳳翔さんは、両手をがばっと左右に広げる。
鳳翔さんの陰に隠れて俺からは少女の足首から先しか見えない。
だが、左右に広がった少女の脚の中心を鳳翔さんが、しげしげと“そこ”を観察しているのは分かる。
な、なんていうエロな展開だ!
「ふむ、ほう……これは……」
概ね30秒ほど少女の股間をじっくりと観察した鳳翔さんはなにやら納得したように頷いた。
「暁。任せます。丁重に…ね」
「心得ております。三名!」
「「「はい私が!」」」
暁と呼ばれたメイドさんがその場にいるメイドさんたちに声をかける。
すると、居並ぶメイドさんたちの中から、その役目は自分がするのが当たり前といった雰囲気をまとった三人のメイドさんたちが勢い良く前に進み出た。
鳳翔さんと暁さんは、満足げに目を細め、口元を綻ばせる。
「志願ご苦労。では、かかりなさい」
暁さんは満足げに微笑む。この人がメイド頭とかいう役目の人なんだろうな。暁さんっていうんだな。
「「「はい!」」」
進み出たメイドさんたちが、いつの間にか用意されていた車イスに少女を移して、屋敷の奥へと運んでいった。
これから医者を呼んで診察してもらうのだろうなきっと。
ん? でもさっき、洗浄とか完全消毒とか安全確認とか、救命行為とは程遠い表現をしていたぞ。
「あ、あの、鳳翔さん。あの子、大丈夫なんですか?」
ここまできて、俺はようやく、鳳翔さんに少女の安否を尋ねることができた。
「はい、坊ちゃま。完璧に安全を確保して、お部屋にお持ちいたします」
お持ちいたします? 俺は鳳翔さんが何を言っているのか分からなかった。それに、よくよく思い起こしてみると、意識を失っている少女に、していいこととは言えないことをしていたような気がする。
「鳳翔さん、お持ちしますってどういう……」
「しかし、よくもまあ、あそこまでお嬢様に似せて作ったものです。激怒です。どこからあそこまでの詳細なデータが流出したのでしょうか? まあ、明日の朝一番で製作業者に来てもらいますから、その時にじっくりとじんも…もとい、お話を伺いましょう」
似せて作った? あの子のことだよな。鳳翔さんは、まるで獲物を狙う虎のようなおっかない薄笑いを浮かべている。
「似せて作ったって……鳳翔さん、いったい何を……」
はっとして鳳翔さんは振り返り、俺の間抜け面を見つめる。そして、困ったように形のよい眉を寄せた。
「坊ちゃま、お持ち帰りになったモノが何なのか、ご存じなかったのでございますか?」
俺はコクリと頷いた。
鳳翔さんは破顔といっていいくらいの笑顔を俺に向け、俺を幼児のように抱きしめる。
「坊ちゃまは梓お嬢様そっくりの少女が、全裸で行き倒れていたと思われているのですね。なんてお優しい……。ご安心くださいませ、坊ちゃま。坊ちゃまがお連れになったアレは、人間ではありません」
「ええッ?」
人間じゃない? てことは、等身大人形? マネキンか? ……にしては、肌の柔らかさとか、半端なくリアルだったんだけど?
「坊ちゃまは、今朝方の事故で記憶が混乱されておいでですので、不肖、私、鳳翔絢が僭越ながらご説明いたします。坊ちゃま……失礼とは存じますが、坊ちゃまは、生殖可能な期間における男性の義務については覚えていらっしゃいますか?」
太刀浦が言っていた男子の週一の義務ってやつだろうか? 待雪のあの手つきでなんとなく察しがつくが、この際だ、情報は確実なものにしておこう。
「ごめんなさい、すっかり忘れてしまっているようです」
鳳翔さんはにこりと微笑む。
「では、先ず、ご夕食をお召し上がりくださいませ。その後に詳しくご説明させていただきます」
鳳翔さんは俺の肩を抱き、お屋敷の中へと誘ったのだった。
※※※※※
「ふんんんッ」
俺は、自分の部屋(正確には『竜洞生徒』の部屋だが)のキングサイズベッドに体を投げ出し、伸びをした。
「しかし、呆れるくらい広いなこの部屋は。ちっとも落ち着かねえ」
この一部屋だけで、うまく区切れば三家族十人ぐらい入居できそうだ。
慣れたらこの部屋の隅に小ぢんまりとした俺スペースを作ろう。立って半畳寝て一畳。プラス机イスの分で三畳くらいで収まるくらいで。
今朝まで暮らしていた施設での俺の個人スペースはそんな感じだったから、そっちの方が落ち着くってもんだ。
まあ、それは、後回しとして……だ。
「はあッ……」
鳳翔さんが語った、「生殖可能期間における男女の義務」というヤツが、俺が想像していたよりも、はるかに深刻でのっぴきのならない状況の帰結であったことに、思わず深い溜息が出てしまう。
「俺が考えていた仮説よりひでえな。まさに事実は小説よりも奇なり。だな」
鳳翔さんが俺に教えてくれたことは、こうだ。
この世界では、1950年代末から人類の出生数が極端に落ち込み、加えて男子の出生数が全体の数パーセントになってしまった。
さらに、男女共に生殖可能な期間が思春期から十年前後になってしまい、それ以上の年齢になると、女性は閉経、男性は精子が生成されなくなってしまうのだという。
あの、俺を逆ナンしてきたお姉さんには、そういう事情があったわけだ。たしかに二十五歳ぐらいだったから、妊娠可能なうちに何とかしたかったに違いない。
俺みたいなのに声をかけてくるぐらいだから、相当に切羽詰ってたんだろうな。
これらの現象は、極端な少子高齢化をもたらし、人類は今、急激にその数を減じて存亡の危機に陥っていた。
これを打開するために、わが国を始めとする俗に言う先進国では、人工授精及び人工子宮による人工生殖が発達し、一定の成果を収めた。
しかし、人工生殖によって出生した人間はなぜだか女性ばかりで、しかも子供を成すことはなく、現在のところ一世代限りの生命となっている。
こうしたことから、わが国では自然出生して思春期を迎え、生殖可能になった未婚の男女に精子及び卵子の提供を義務付けられるようになった。
女子は、卵子の採取に身体的負担がかかるために、年に三回程度。男子の場合、週に一回精子の採取と提出が義務付けられている。
太刀浦が言っていた、男子の週イチの義務ってのは、つまり、どうにかして自分の精子を自分で採取して、保健室……いや、医務室に提出するってことだ。
俺はゾッとした。もっともプライベートでパーソナルな下半身のことが、国に管理されてるってことがだ。
だってそうだろう、極端な話、精子を採取するための行為を実施する日や回数を自分以外が決めてるなんて、大きなお世話以外の何者でもない。
自慰行為も好き勝手にできないくらいに切羽詰ってる世界なんて……。
それだけ、人口の減少、ひいては人手不足が深刻だってことなんだろうが、今朝まで、自堕落な高校生だった俺には、かなりなハードモードな世界観の設定だな。くそッ!
「なんて世界に来ちまったんだよ。誰が連れてきたんだよ、こんなバッドエンドしかねえような世界に……」
鳳翔さんが話してくれたことには更に続きがある。
社会のあらゆる階層での人手不足。特に男手の不足は、それまで男性が就くのが当たり前とされていた、軍や警察、消防、工事現場などの仕事への女性の台頭を促し、社会の主な労働者が女性に成り代わるようになって、三十年以上が経過していた。
しかしながら、やはり、どうしても女手では無理な危険作業や、力仕事などが存在し、そういった職域での人手不足の深刻化が進行して、経済活動に影響が出るようになってしまった。
それを解決したのが、ロボット技術の飛躍的進歩だったそうだ。
特に人工知能搭載の人型ロボット。すなわち俗にいうアンドロイドが、女性では危険な作業を中心に新たな働き手となった。
また、女性の大幅な社会進出に伴い、家政婦ロボット、子守ロボット、介護、看護ロボットの需要が高まり、挙動がより人間に近い高機能人工知能搭載のアンドロイドが急速に発達することになった。
アンドロイド技術の躍進は、人間の欲望に即応する形で、ある種のアンドロイドの開発及び急速な普及にも及んだ。
ただでさえその種の人型にはある程度の需要があったが、アンドロイド技術のそれへの転用は、精子の採取及び保存の効率化という大義名分が与えられ、あれよあれよという間に数十億円規模の市場を作り出したのだそうだ。
つまり、俺が連れて来た、あの梓そっくりの少女は、人間の男の歪んだ欲望を充足させ、精子の効率的採取及び保存を実施する、この国の最先端技術がみっちりと詰まったアンドロイドだったわけだ。
「なんて……こった」
よりにもよってアレに使う、アンドロイドを梓の容姿にしやがって……。
どうやって梓の容姿の資料を手に入れられたのか?
考えられるのは、卒アル、ストーキング、現物からの型取り……。
現物からの型取りはありえない。鳳翔さんたちが、がっちりガードしてただろうからな。
だが、どの方法だろうと、個人情報の不正利用だ。肖像権の侵害だ! いや、それどころじゃない。強姦にも等しい行為だ!
梓そっくりのアダルト行為専用のアンドロイドが量産され、アダルト行為をされているなんて考えただけで、はらわたが煮えくり返りそうだ。
「くそ! 殺してやりたいぞ。あんなにそっくりに作りやがって。……でも」
あの、ウルトラリアルに梓の姿を再現したアンドロイドは、スイッチを入れれば、目を開け、立ち、歩き、おしゃべり(鳳翔さんの話では、現在の人工知能技術では、7~8歳位の年齢の知的レベルでランダムな会話ができるそうだ。事務的会話、作業の受け答えは、当然、相応のレベルでできるらしい)をするんだよな。
5年前位の舌足らずな梓の声がよみがえって来る。
「もう一度、話がしたいなぁ」
そうつぶやいて、ロボ梓と一緒に暮らす妄想を沸き立たせ、どっぷりと耽溺し始めた俺を現実に引き戻したのは、俺の部屋の扉を軽快にノックする音だった。
ご愛読誠にありがとうございます!
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