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県立防衛幼年学校  作者: 茅野平兵朗
第1章 並行世界転生
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2 夢か現か異世界転生か

「おお……」


 俺の心配はどうやら杞憂のようだった。

 校門も校舎も完全に俺が記憶している校門であり校舎だった。

 防衛幼年学校なんていう、頭の中がどうかしている連中が目を三角にしてヒステリーを起こしそうな学校の校舎は、俺が記憶しているとおりの県立西高校のもののままだった。

 俺はてっきり要塞みたいにメタモってるんじゃないかと思っていた。

 なにせ、美洲丸があんなだし小桃もこんなになっちまってるし……。要塞化しててもおかしくはないと思っていたんだがそこまでじゃなかったようだ。


「おはよー!」「おはよう!」「うぉっす!」「はよーん!」「おざーっす!」「ざっす!」


 そこここから聞こえてくる同級生同士のあいさつにしたって、ごくごく一般的な高校生のそれだと思う。

 ただ、俺の記憶と違っているのは、校門をくぐってくる生徒たちの制服がみな、短剣のようなものを腰に吊るしたセーラーカラーの軍服のようなデザインか、あるいはサーベルを吊ったオス○ルみたいな軍服であるということと、俺以外の男子生徒を全く見ないことだった。


(ここまで男がいないってことは、女子校になっちまったのか? いや、なら、俺のこの格好はどうよ……てか、この状況はいったいなんなんだ? 夢を見てるにしちゃリアルすぎるぞ)


 俺の制服は、詰め襟の学ランのようなスタイルでボタンどめでない濃紺のもので、腰にはサーベルじゃなく日本刀が吊るされていた。


(この制服から察するに、男子生徒はいるんだよな。じゃなきゃ俺の存在が異質だ)


 だが、ここまで人間の男子に出会うことはなかった。

 少女歌劇団の男役みたいな麗人に化けた美洲丸に斬り殺されかけて、小桃に引きずられるようにして学校への道すがら、俺は、犬と鶏以外のオスには全く出会わなかった。

 スズメとカラス、カエルにバッタ、黄金虫。そして鯉の雌雄の見分け方は知らなかったから、本当はもう少しオスの数は多かったかもしれない。

 ちなみにウチの地方ではゴキブリを見ることは、非常にまれだ。

 自衛隊の近辺で年に五回くらいの目撃例があるそうだが、それは、南の地方から転勤してきた隊員さんの家具に紛れていたものが、暖かいときに出て来て目撃されたのであって、この土地に生息しているわけではない。

 やつらが生息するにはこの土地は寒すぎるらしい。

 うっかり南からの引越し荷物に紛れてやって来ても、越冬できないからな。

 ……って、この土地でのゴキブリの生態なんてことはどうでもいい話だ。


「あった……。」


 昇降口の下駄箱は俺の記憶どおりの場所だった。俺の名前シールがしっかりと貼ってある。

 これが夢の中だったら、俺の下駄箱は無くて、下駄箱を探して記憶と微妙に違う校舎の中をアチラコチラと彷徨うところなんだが……。

 下駄箱の中にはちゃんと俺の上履きがあった。

 いや、正確にはこの上履きは俺の物ではない。

 なぜなら、踵が潰れていないからだ。

 ついでに言うと、ラブレターなる神秘の文書が入っていたことは今まで一度たりともなかったし、今日もまたそうだった。


「たっちゃん、早く、早く!」

「……ッお、おおぅ! 今、今行く」


 どうにもこの深窓の令嬢風にメタモルフォーゼした小桃は、違和感が軍服みたいな制服を着て人類語を発しているようにしか見えない。


「早く、早く! たっちゃんたらもうッ! どうしちゃったのかな? 頭ぶつけた拍子に亀の霊でも憑いちゃったのかな!」

「ま、待て! 急かすな。俺は急かされると緊張感でパニクる傾向があるんだ」


 なにげにディスってくる小桃を手で制しながら下駄箱から『踵が潰れていない上履き』を取り出してつっかける。

 初めて踵を潰したときみたいにミリミリという硬い布が折れていく感触が踵から脚の裏を通って背筋へと上がってゆく。


「たっちゃんたら! そんな履き方したら罰直だよ!」

「ばっちょく?」

「んもう! いいから、ちゃんと履いて!」

「えー? 面倒……みたいな?」

「たぁーっちゃん!」

「……ッ、わ、わかったよ履くよ、踵潰さないで履くから、そんな怖い顔しないでくれ」


 俺を睨んだ小桃の顔は、俺の記憶にある小桃が怒ったときの顔そのままだった。

 そんな顔をした直後には決まって膝か肘が俺の鳩尾に突き刺さっていたものだった。

 だから俺は素直にこの小桃の言うことも聞くことにしたのだった。


「……あ、たっちゃん、どうする?」

「んぁ? なにが?」

「医務室登校にするか、教室に行くかだよう」

「ああ、なら、教室だ。頭を強打したって割には、頭痛も吐き気もないからな。症状が出たら保健室に行くさ」

「んもう、保健室じゃなくて医務室だよ。うちの学校にはちゃんと校医の先生がいるんだから」

「ああ、はいはい、医務室ね。だが俺は、教室に行くからな」

「じゃあ、早く早く。予鈴鳴っちゃうよぅ!」


 小桃に急かされ、体育のとき以外はスリッパみたいにして履いたことしかなかった俺は、ぎくしゃくと上履きに踵を収め、ワタワタと小桃の後を追いかける。

 うーん、なんか体がうまく操れていない気がする。例えるなら、防犯カメラのモニターに映った自分を見ているように体の動作がワンテンポ遅れているような、こう動こうと思ってからコンマ何秒か動作が遅れているような感じだ。


「微妙にいんずいな」

「? めずらしい……たっちゃんがここらの方言使うなんて」

「そうか? 結構使ってると思うが……」

「ううん、たっちゃんは自分で思ってるほどここいらの方言でお話しないよぅ」


 ちなみに、『いんずい』ってのは、しっくりこないとかフィットしないとかみたいなニュアンスで使われている北海道東北地方の方言だ。


「まあ、いい、行こうか」

「うん! たっちゃん」


 小桃の後を追いかけ記憶にある俺の教室に向かう。

 昇降口のある管理棟から、中央渡り廊下に入り、購買を左に見ながら通り過ぎ、普通教室棟に入る。

 購買を見て、俺はポケットの中の焼きそばパンのことを思い出した。

 それは、昨日体育館裏に男でゴリラの美洲丸に呼び出されて、殴る蹴るされた後に奪われたはずだった。だが、奪われたはずのそれは、俺の制服のポケットの中にある。

 この状況が、夢なのか、はたまた、時空転移(俺がよく読んでいる青少年向け小説にはそういうネタが多いのでそういう言葉は結構知ってるぞ)なのか、全く分からない。


(こんなリアルな夢は初めてだな、全く矛盾がない)


 いや、風景や環境は俺の記憶と全く矛盾がない。

 だが、その中の住人が俺の記憶と全く違うのだ。

 ここに来るまで俺以外の男子生徒が全くいない。


(ほんとに男がいねえのか?)


 普通教室棟の二階、東階段を上ってすぐ左の教室が俺のクラス一年一組だ。

 小桃と一緒に後部扉から教室に入る。俺の記憶では、小桃は四組だったはずだ。


「よっ! 今朝も大変お仲がよろしいようで、本日も同伴登校ですよ、このお二人は!」

 と、女子の誰かが、囃し立てた。

「そ、そんなんじゃ……私とたっ、もとい! り、竜洞君は、ね、お、おうちが隣同士だから、ふ、普通に登校したら、い、いやでも、いっしょになっちゃうんだから、ね」


 俺の席へと向かう後ろを歩きながら、小桃は囃し立てる女子たちに、俺たちの関係が、幼なじみ以外の何ものでもないことを力説している。

 まあ、俺としても、小煩い小姑的な幼なじみは、それ以上の関係に発展させたくないから、特別にどうということはない。

 が、この、あの小桃と顔立ちは同じだが、深窓の令嬢然とした小桃にそれを言われると、少し凹む。

 俺ってば、こういうお嬢様系が好みだったっけか?


「はい、はーい。たっちゃんとは、生後間もないころからの幼なじみだもんねー。今更別々にはなれないよねー」

 

女子たちの冷やかしに、小桃は真っ赤になって両手を握り締め、上下に振りながら抗議する。


「も、も、もおぉっ! し、知らないんだから、ねっ!」

 

 こんな女の子みたいな小桃の顔は、生まれて初めて見た。

 俺が知っている小桃なら、ここでお得意のサマーソルトキックが、冷やかしているヤツの前髪を揺らしているころだ。


「もう、やめなよ。小桃怒らすと怖いんだからぁ」


 誰かが、釘を刺した。


「そうだった。このクラスの全員の全科目の成績は小桃が握ってるんだった」


 誰かが相槌を打つ。教室が水を打ったように静かになった。

 そして次の瞬間には、小桃の周りには黒山の人だかりができていた。


「ひぃッ! って、な、何なのかなぁッ」


 手の平返しとはこのことだな。


「ごめーん、小桃ぉ、悪気はないのよー」

「ほんっとごめんよう、ただ、うらやましいだけなんだよう」


 俺は、小桃に殺到するクラスの女子たちをスルリとかわし、自分の席に向かう。

 ここが夢やパラレルワールドだとしても、ここまで、俺が過ごして来た十数年間の記憶と似通っているなら、俺のこの教室での席もきっと、窓際の後ろから三番目のはずだ。

 記憶通りの窓際の後ろから三番目の席に着く。

 誰も何も言わないところを見ると、どうやら間違いではないらしい。

 念のため机とイスに貼られているはずのネームタグシールを確認する。

 下駄箱と同じように、俺の席だったら名前のスタンプが押されたタグシールが貼られているはずだ。

 もっとも、ネームタグシールを机やイスに貼るという制度自体が無かったら、俺の席がどこなのか、小桃か誰かに聞かなければならなかったが、机とイスにはちゃんと『竜洞辰哉』の名前がスタンプされたタグシールが貼り付けられていた。


「ふうッ」


 大きく息をついた。とりあえず学校での自分の場所を確保できた。一安心だ。自分の居場所が無くなるなんてことはもう二度とまっぴらだからな。

 ああ、そういえば、小桃はどうなった?


「あーん、小桃様ぁ、数学の課題見せてください!」

「お願いよぉッ! わたし、ラテン語やばいのよぉ!」


 ラテン語? 高校の履修科目にそんなもんあったか? 大学で、学名がつくようなもんを勉強したりするんじゃなきゃ、必要ないだろ。


「し、しらないんだから、ね。き、今日、課題をやってきてない子は、か、覚悟なんだから、ね。あと、中間テストもだから、ね!」


 自分を取り囲んだクラスメイトたちを押しのけ、小桃が俺の方にやって来る。

 怒ったときの表情は、俺の記憶にある小桃と変わりない。……当たり前か……顔の造りはおんなじなんだから。


「ふむ……」


 教卓方向へと視線を走らせる。俺の記憶では、黒板脇……出入り口の傍の掲示板に時間割が張り出してあるはずだったが……。あった。

 ん? だが、俺の記憶にない科目がある。

 さっき聞いたラテン語は無論のことだが、月曜水曜金曜の一時間目、そして土曜日の全部が充てられている『防基』ていうのがなにがなにやらだ。

 

(ん? 土曜日? 土曜日の時間割ってなんだ? 俺は土曜日に登校したことないぞ! 帰宅部だからな)


 防ぐに基礎の基。おそらく基礎の基はあってるはずだ。じゃあ、防は? 『防衛幼年学校だよぅ』と、言った小桃(全くの別人に変貌を遂げている)の、呆れたような眼差しを思い出した。

 防は、防衛の防か……。

 なら、この科目、防基ってのは防衛基礎ってことか。


「も、もおッ、ま、まったく、みんな勝手なんだから、ね!」


 腕を組み、口をヒョットコみたいに尖らせて、お湯を煮立たせたヤカンのように、頭から湯気を出さんばかりに怒りながら、どっかりと小桃が俺の席の前に着く。

 俺の記憶では、その席には印象の薄い男子生徒が座っていたはずだった。


「ね、ねぇ、たっちゃん。たっちゃんも、そ、そう思うよ、ね。みんな、勝手すぎだよ、ね」

「ああ、まったくその通りだ。人間ってやつぁ、自分が、本当は誰かに首根っこ押さえられてるんだなんて思いもせずに、毎日、同じように飯食えて、同じように風呂に入れて、同じように眠れると思ってやがるんだ。いつも通り……。それがものすごく幸せなことだなんて思いもせずにくだらなく、時間を無駄にしながら好き勝手ぬかしながら、毎日を過ごしてるんだ」


 しまった、喋りすぎた。

 偶に俺はスイッチが入ったようにまくし立ててしまうことがある。

 なにかカチンと来るキーワード的なものに反応してしまうのだろう。

 自分でもコントロールできない地雷みたいなもんだ。


「…………?」


 小桃が、猿が犬の蚤取りをしているのを目撃したようにポカンと口を開け、絶句している。

 しまった。

 『俺』の幼なじみのあの赤毛の小桃は、こんな俺の発言をケラケラと笑い飛ばし、さらに、お小言をオマケにつけてくれていたが、この黒髪ロングのお嬢様の小桃は、どうやら『俺』の事情を知らないらしい。

 俺が吐いた毒に当てられて、不安そうな顔をしている。


「たっちゃん?」

「すまん、忘れてくれ。夕べ見た悪夢を思い出した。ああ、気分が悪い夢だった。やっぱり美洲丸が言ったように、保健室登校にすりゃよかった」

「そうかも、ね。なんなら、今から行くぅ?」


 小桃が眉をひそめる。本当に心配してくれてる顔だ。


「ああ、いや、ほんとは大した事無いんだ。もうすぐ、ホームルームが始まるだろ? 終わって、まだ、具合が悪かったら行くよ」


 こんな小桃の顔は、保育園のころ、ブランコで立ちこぎしててうっかり落っこちたとき以来だ。

 あのときは、俺が病院から帰ってくるまで家の前で待ってて、頭に巻いた包帯見て泣き出したっけ。

 思えばそのころから、なにかにつけ、母親みたいに小言を言うようになったような気がする。


「うん、行くときはいって、ね。いっしょに、行くからぁ。あ、それから、ね、たっちゃん。ウチの学校、保健室じゃなくて医務室だよぅ」


 前に向き直りながら、小桃は、俺の些細な間違いを正す。


「あ…ああ、そ、そうだったな」


 いや、俺がこの春から通ってた県立高校のは医務室じゃなくて保健室だったから。

 ふむ、保健室ではなく、医務室か。となると、医者が常勤してるってことか。

 まったくもって夢にしてはリアルすぎだ。

 この状況に陥る前の最古の記憶にある全身の猛烈な痛み。

 その全身を襲った激痛から現在のこの状況を推測すると、俺はなんらかの事故にあって、病院に運ばれ、手術中か、術後、集中治療室で麻酔が切れるまでの昏睡状態か、危篤状態にある。

 この状況は、危篤状態の俺が見ている夢である。と、いうのが、まっとうな答えだよな。

 だが、この夢は実にリアルすぎる。

 俺は、こんなに、中二病的妄想力がたくましい人間じゃない(ラノベは大好きだがな)。自分で言うのもなんだが、かなりひねくれたリアリストだったはずだ。

 県立防衛幼年学校? 小桃が黒髪ロングのお嬢様? いじめっ子の美洲丸が男装の麗人で、生徒会役員? 

 さらに、だ! 俺はこんなに色鮮やかで総天然色の夢を今までに見たことが無い!


「……パラレルワールド説を採用しておく…か」


 俺は、何かの拍子に、『俺』が存在していた世界から、微妙に違いがあるこちらの世界の『俺』に、こちらの『俺』を押しのけて転移して来た。

 あの、この世の終わり感たっぷりな全身の激痛は、次元の壁を突き抜けたときの衝撃だった……。

 そう考えて行動した方が、取り敢えずはよさそうだな。いつまでこの状況が続くか分からんが……。

 ゴリゴリと肩甲骨を回しながら教室を見回す。

 この状況がパラレルワールドの『俺』への転生だと仮定して、まずは、この世界の情報を収集するのが先決だ

早速のブクマにご評価ありがとうございます。

本日昼過ぎ辺りに投下したいと思います。

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