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県立防衛幼年学校  作者: 茅野平兵朗
第1章 並行世界転生
1/108

1 豆鉄砲をくらった鳩というものはこういう顔をするのだろうか?

2020年6月20日、公開を再開します。


「あれ? 生きてる……のか? いや、これは、どう考えたって死んでるよなぁ……」


 体感で数秒前、俺は確かに全身に耐えきれない激しい痛みを感じていた。

 それこそ、ダンプや電車にでもはねられた様な……はねられたことないからどんな痛さなのかは知らないが……。

 でも、あの瞬間。


『あ、死んだこれ』


 と、思ったのは確かだ。

 即死級の激痛だったと思う。

 全身くまなく痛かったはずなのに、今の所どこも掻痒すら感じない。


「ああ、即死したのか。死んでるから痛みを感じていないってことか……」


 て、ことは、俺がいるここは、死後の世界ってことか?


「えーと、俺は、竜洞辰哉りんどうたつや、男、十五歳四ヶ月。県立西高一年一組出席番号25番、夕べのオカズは……」


 自分のプロフィールを声に出してみる。

 死んでも生前のことは憶えているものなんだな。

 顔や手足とか手が届く範囲をさすってみる。

 どこも出血している様子も、折れている様子もない。

 まあ、これは、死んでるわけだから当然といえば当然だろう。

 漫画なんかじゃ、死んだ瞬間の姿で死後の世界に現れるっていう描写をよく見かけたけど(老衰なら爺婆の姿、事故ならグチャグチャとか……)、そうじゃなかったわけだ。


「んん? なんかよく見えねぇし、よく聞こえねぇ……」


 磨りガラスでできたコンタクトレンズを着けたみたいに視界がぼやけているし、水の中みたいにくぐもって意味を成さない音が聞こえてくる。そして、夢の中で体を動かすときみたいに手足がいうことをきかずにもどかしい。

 まるで脳と体がつながっていないような感じだ。


「ん? ……あ、あれ? 焼きそばパンがある。美洲丸に取られたよなこれ」


 焼きそばパンが制服のポケットに入っていた。

 それは確かに昨日の昨日の昼休み、なけなしの130円で購買で買ったものだった。

 が、その直後、俺をいたぶることを生涯の趣味にしていると公言して憚らない不良が奪い俺の前で一口に召し上がりやがったものだった。


「なんでこれがある? 死んでまでこんなの持ってるなんて……、俺そんなに焼きそばパンに未練があったのか……」


 そうつぶやいた瞬間、ごおっと、周囲の音が耳になだれ込んで来た。

 そして一気に総天然色の世界が戻ってきた。


 ビュオオオオオオオオオオオッ!


 頭の上を定期便の対潜哨戒機が航過する。

 俺の街には海上自衛隊の基地があって、毎朝この時間、登校中の俺たちの頭の上を通って日本海方面に向かって飛んで行く。

 離陸したばっかりで、まだそんなに高度が上がってないから、エンジン音が腹に響く。

 そして、朝の挨拶を交わす女子たちの高周波の声が飛行機のエンジン音に負けじと雪崩込んできた。

 俺が立っていたのはいつもの通学路だった。


「あ……あれ? 俺、生きてる? これ、通学路だよな……えーと、どうなってる? いつのまにここまで歩いて来た?」


 たしか、電車から降りて、ホームを改札に向かって歩き始めて……。


「くっ、あたた」


 頭痛ぇ。

 全身にものすごい痛みを感じたことは、覚えているものの、なんでそんな羽目になったのか、そして、今現在は、それからどれくらい経っているのか、さっぱりわからん。


「美洲丸くん、はよー!」

「あれぇー美洲丸くんってぇ、今日ご機嫌?」


 女子たちが挨拶している名前に俺はゾクリと悪寒が走った。

 おい、おまえら、なんておぞましい名前を連呼してやがる。

 危うく今朝食べた、焼き鮭と納豆とわかめ豆腐の味噌汁に沢庵二切れ、それと茶碗二杯分のT(卵)かけごはんを路上にぶちまけるところだ。

 美洲丸ってのは、俺の中学からの同級生だ。

 昨日、俺から焼きそばパンを強奪した、にっくき敵だ。

 ゴリラと形容するのがぴったりの筋肉ダルマ。

 品格ってものを微塵も感じさせない、粗野で下品で乱暴者。

 チンピラとか愚連隊とか半グレとか、反社会的存在を表す言葉を3Dプリンターで出力して、生命を宿らせたような、蛇蝎視されることが宿命のような男、美洲丸勇。

 この男は俺に対して、ことあるごとに、息をするように暴力を振るう。俗に言う、いじめっ子ってやつだ。

 が、柔道では、県大会で軽く優勝するほどの実力者で、本来のヤツの学力では、到底入れないようなこの高校に、スポーツ推薦枠で入学していたのだった。

 俺は背後から近づいてくる足音に首を竦めた。


(しかし、美洲丸のヤローって、こんなに女子に人気あったっけか?)


 トンッ! と背中を軽くはたかれる。

 俺は全身を強張らせる。

 美洲丸が、俺に挨拶代わりにくれてよこすのは、大概が拳骨か足払いだからだ。

 だが、次の瞬間、俺は驚愕に目を見開いた。

 俺に投げかけられたのはパンチや蹴りなどではなく凛としたアルトの美声だったのだ。


「おはよう! 今朝はまた一段と不景気な顔色だぞ竜洞」


 俺は目を疑った。

 そこに立っていたのは、少女マンガから抜け出してきたか、はたまた、少女歌劇の舞台から飛び降りてきたかのような、百年以上は昔の様式の華美な軍装が厭味なくらいに似合っている、ビシッと言う音が聞こえてきそうなくらい姿勢がいい麗人だったからだ。


「誰?」

「誰がだ?」

「いや、あんたのことだが」

「美洲丸ではないか」

「美洲丸?」

「如何にも。何を鳩が豆鉄砲食らったような顔をしているのか」


 俺はぶんぶんと頭を振る。何か、悪い茸でも拾い食いしたっけか?


「お、女の子だよな、あ、あんた。美洲丸の妹か何かか? 美洲丸に妹がいたなんて俺の記憶にはないが」

「私の何処が女子なのか! 私が美洲丸勇だ!」


 俺の記憶にはこんな美洲丸勇は存在していない。


「貴様が無礼なのは先刻承知しているが、今朝のは特に度し難いぞ。今日という今日は膾にしてくれる!」


 腰の日本刀に手をかける、美洲丸勇と名乗る男装の麗人。

 何でそんなもん腰にぶら下げてんだよ。それ、余裕で五〇センチ以上あるよな。十二分に銃刀法違反だぞ。


「ちょ、ちょ、ちょっと、あんた……ま」


 美洲丸と名乗る、オ○カルだったけか? みたいな男装の麗人が、腰の刀を抜こうと鯉口を切る。


「ま、待って美洲丸くん!」


 うげ、余計なのが来やがった。

 後ろから聞こえてきたのは、園児のころから聴き覚えがある女子の声だ。

 この声の主は、ことあるごとに、些細なことで小姑のように小言をまくしたて、俺をいびるのを生きがいとしているような、幼なじみ信濃小桃だった。

 ああ、きっと後で、『あたしみたいな女の子に助けてもらって、男としてどうなの』とかいって、説教するつもりなんだろう。

 テメーの目論見は先刻ご承知だってーの。


「び、美洲丸くん。じつは、ね、たっちゃ…、も、もとい! り、竜洞君はさっき、ホームから転落しそうになった三組の子を助けて、か、代わりに転倒してしまったの。そ、そのときに、ね、少し頭を打ったみたいで、さ、さっきから夕べ見た夢と現実とが、ね、混じっちゃってるみたいなの。赦して、あげて」


 ん? なんかいつもより、ずいぶんとつっかえつっかえな喋り方だな。いつもはもっと、はっきりくっきり立て板に水な感じなんだがな。

 それにしても、とっさの嘘八百にしちゃあ、見て来たようにリアルな事、並べ立てて……。 

 すげえな。

 そこのところは見直したぞ。いつものお前はもっと脳筋な発言しかしないからな。

 まあ、だが、そんな嘘が通じるほど、世の中甘かぁないんだぜ。実際、俺の頭にゃ、コブひとつできてないからな。


「そ、そうだったのか。それは災難だったな、竜洞」


 目の前の麗人は、抜きかけた刀を収め、手をポンと打った。

 嘘だろ。信じたのかよ、あんた。今のデタラメ。


「ああ、あそこだな! あの、ホームが極端に狭くなっているあそこか、日頃、生徒会でも注意を喚起しているんだが……。うん、今度、教官室とも協力して具体的に対策を立てられるか話し合ってみよう」


 あっけに取られている俺をよそに、俺の天敵『美洲丸勇』を名乗る、初対面の男装の麗人は、ものすごい速さで、色々なことを勝手に理解して、手のひら返しで怒りの矛をおさめた。


「ところで…だ、竜洞。貴様の見た夢では、私は男だったのか?」

「え? あ…う…」


 俺は思わず答えに窮してしまう。


「その、う……」

 

 しまった、これは、小桃の『ちゃんとしなさいよ』攻撃が飛んでくるパターンだ。あと3、2、1……? あれ? 来ない。

 いつもなら、足を踏まれるか、尻をつねられているか、ひどいときには中段回し蹴りが俺の背中に炸裂しててもおかしくないところだ。


「で、どうだったんだ? 竜洞」


 と、とにかく、何か答えないと、ひと悶着起きそうな予感がしてならない。


「あ、ああ、うん」


 夢っていわれてもなあ。俺が知っている美洲丸勇は、粗野で下品で乱暴者という言葉が服を着ているような男であって、あんたみたいな綺麗な女じゃないんだが……。


「……で、どんな風だったのだ? 貴様の夢の中の私は」

「ええ…っと、その……、すっげー男前……だったな。総合的には」

「はひっ?」


 美洲丸を名乗る少女歌劇の男役みたいな美人が、頭からボムッと、湯気を噴出しそうなくらいに瞬時に赤面した。


「お、お、とこまえ……」


 目の前にいるこの人ではない、俺の知っている男の美洲丸勇を思い出す。ゴリラを思わせる筋肉を纏った堂々たる体躯。そのくせ、動作は俊敏で、不良たち限定ではあるが、戦国武将も真っ青のカリスマ性。

 いい所をピックアップしたら、そこには、理想の男性像が転がっていた。


「いてて……」


 ハラがチクチクと痛み、吐き気が這い上がってくる。

 俺にとって、美洲丸勇のことを1ナノメートルでも認めるということは、相当にストレスがかかる事のようだ。

 だが、今ここで美洲丸勇を名乗っているのは、女子親衛隊が結成されてそうな、女子最強クラスのイケメンだ。それを褒めそやすと思えばいくらか楽になってくれるんじゃないだろうか。

 頼む、ここには、あの、俺から焼きそばパンを強奪した類人猿はいないから。俺の胃よ、持ちこたえてくれ。


「ああ、格闘技の達人で、並居る男をことごとく付き従えるような、カリスマ性光る男前だった」

「かはぁ……」


 いよいよ、この、美洲丸は耳まで真っ赤になって、シュンシュンと頭から湯気を噴出して、うっとりと身悶えている。

 このヒト、女の子なのに、男前って言われてそんなにうれしいのか?


「そ、そうか。うん、そうか、ならヨシ! そうだ、午前中は医務室で休むといい。担任には私から報告しておこう。信濃、付き添ってやるといい。私が話を通しておこう。じゃ、後でまたな竜洞に信濃。私は生徒会室で朝のミーティングがあるからこれで失礼する。……そ、そうだ、竜洞、制服の汚れは落としておくのだぞ」


 靴音爽やかに、颯爽と立ち去って行く美洲丸の後姿を見送りながら、俺は絶妙な助け舟を出してくれた幼なじみに礼の一言でも言っておこうと振り返る。

 後で、『お礼のひとつも言えないような男に育てた覚えないんだけど』なんて、お小言をもらいたくないからな。


「あ、ありがとうな、こも……も?」


 ちょっと待て。

 俺の頭、どうにかしてしまってるよな。

 そうだ、美洲丸があんな美人だったなんてこともあるはずがない。

 これはきっと夢だ。じゃなきゃ、悪い茸を拾い食いして幻覚を見ているに違いない。

 ああ、そうだ、やっぱり俺は死んでいるに違いない。

 さもなければ、異世界にでも転生したか? そうじゃなきゃ、説明がつかない!


「どうしたの、たっちゃん。鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔」


 そこには、俺が記憶している、お転婆キャラを絵に描いたような、日に焼けて赤みがかったベリーショートのヘアスタイルと小麦色の肌。スポーティーな印象のボディラインを持った、活発で男勝りな幼馴染の信濃小桃ではなく、顔立ちは全く同じだが、カラスの濡れ羽色のロングヘアに、細身だが柔和で関節を感じさせない、ふくよかな印象のボディラインのどこぞの令嬢然とした美少女が、バレリーナを思わせる立ち姿で俺を見ていた。


「こ……? もも」


 恐る恐る話しかける。


「そうだよぅ。隣の小桃だよぅ。今日だって一緒に家出てきたじゃないよぅ。さっき、本当に打ち所悪かったのぅ?」


 小桃と名乗る美少女をじっくりと観察する。

 顔はそっくりだ。日に焼けていない分、清楚さ三百パーセント増し増しだ。


「あれ、その制服……」


 確か、ウチの高校の制服は男女ともにブレザー型のやつだったはずだが、目の前の幼なじみの信濃小桃そっくりの令嬢風美少女が着ているのは、セーラー服を基調としたデザインの、もっと、軍服っぽい感じの制服だった。

 なんか、袖に赤い線のワッペンついてるし、胸にカラフルな飾りがあったり。およそ高校の制服とは言いがたい。

 なによりも、左腰に下がっている短剣が、俺の記憶している日本の法律から逸脱している。

 さっき、美洲丸勇と名乗った美人にしたって、ベルバラみたいな服着てたし。

 周りを見回すと、どの生徒も同じような格好をして、日本刀や短剣を佩いている。


「まるで軍服だな……」


 思わずつぶやいた俺に、応えて小桃が言った。


「当たり前じゃない! わたしたちの学校、幼年学校なんだから」

「幼年学校?」

「あん、もうっ! どうしちゃったのよぅ。たっちゃん。私たちの学校。県立防衛幼年学校のことだよぅ」

「県立防衛? 幼年学校? 県立西高等学校じゃなくて?」

「それは、創立当時の話だよぅ。今は県立防衛幼年学校なの!」


 防衛幼年学校。

 名前からすると、青少年に軍事教練をメインに据えた教育を施す学校のようだな。

 なるほど、それなら俺を虐めていた、ゴリラを思わせる風貌の乱暴者の名を名乗る、さっきの塚系麗人のチンドン屋みたいな装いも、幼なじみの小桃を名乗る深窓の令嬢然とした美少女の制服が俺の記憶にある制服と違いがあるのも納得だ。


「幼年学校ね、これが夢や幻覚じゃないとしたら、俺はパラレルワールドに来ちまったってことか?」


 そうつぶやいた俺の腰が、ズンと重くなった。


「あれ?」


 俺の腰にも、美洲丸勇と同じような日本刀が下っていた。


「たっちゃん! 遅刻するよぅ。急ごう! 医務室登校するにしても遅刻しないに越したこと無いよぅ」


 小桃が俺の手をとり小走りに歩き出す。

 俺も普段よりも大股に歩き出す。


「あれ?」


 そして俺はあることに気がついた。


 そういや、さっきから俺以外の男の声がぜんぜん聞こえてこないな。

早速お読みいただき誠にありがとうございます。

日付が変わった頃に第二話投稿予定です。

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