07 騎士団の叔父上
アクアオーラは、早速調査をするために王宮に赴いていた。本来であれば王宮に自由に出入りすることは出来ないのだが、アクアオーラは今のところアンスラックス家の跡取りという立場であるため許されていた。勝手に入ることが出来ないのは王、王妃、王子の私室と執務室くらいだ。あとは、殆ど使われることのない地下の牢獄は騎士たちに止められるだろうが、他は基本どこにでも行ける。会議室等が使用中でなければではあるが。
そんなわけで、アクアオーラは王宮の書庫に寄り王宮の見取り図を持ち出してきて、王宮内を歩き回っていた。
「やあ、アクアオーラ。久しぶりだねぇ」
「まあ、ジェダイト叔父様!本当にお久しぶりですわ。バリサイト様とコスモオーラ様は最近どうなさっているんですの?」
アクアオーラが中庭を通り過ぎようとした時そう声をかけてきたのは、ローズオーラに似た顔立ちをした優しそうな男性だった。
ジェダイトと呼ばれた彼はスマラグダス公爵家の当主であり、アクアオーラの叔父でもある。アクアオーラはジェダイトのことを尊敬していて、幼い頃からずっと付いて回っていた。ジェダイトに懐きすぎてロードライトが拗ねて、ローズオーラたちに笑われていたことをアクアオーラは知らない。
「父上も母上も元気すぎて困るくらいだよ。引退して退屈してるみたいだから、今度会いに来てあげてね」
ジェダイトの父と母はアクアオーラの祖父母にあたり、シャーマナイトと共に学院に入ってからはシャーマナイトの世話で忙しく会えていなかった。
「ええ、また伺わせていただきますわ」
「うん、私も待っているよ。ところで、アクアオーラはどうしてここにいるんだい?王宮に来ることは滅多にないだろう?」
「ふふふ、秘密ですわ。叔父様こそ、どうしてこちらに?城にいることは珍しくありませんが、中庭に来られることは本当に少ないでしょう?」
その言葉に残念そうな顔をしたジェダイトに、今度はアクアオーラが疑問をぶつけた。普段城に来る時はは騎士団の訓練に参加しているか、厩舎で馬と戯れている。その時一緒にいた騎士によれば、ジェダイトが来た瞬間に厩舎の雰囲気が変わったらしい。馬と両思いでジェダイトも嬉しそうだ。
そんな彼の様子を知っているアクアオーラからすれば、中庭にいることが不思議でならない。
「ああ、ちょっと色々あってね」
疲れた顔をしてため息をつくジェダイトを見て、アクアオーラはもしかして例のバカップル関連なのではないかと考えた。城に来る人間で、普段滅多に疲れを見せないジェダイトが疲れを露わにするほどのことをする人間といえば例の元婚約者とその愛人くらいしか思い浮かばないからだ。
「もしかして、アリス様…エレスチャル男爵令嬢と何かございましたの?」
ここでアリスを選んだのは、アリスが面食いだと知っているからだ。身内の贔屓目というのもあるかもしれないが、アクアオーラはジェダイトもロードライトも、素晴らしい人間性と美しい容姿を持っていると思っている。シャーマナイトも人間性はともかく見た目だけはいい。その取り巻き筆頭のモリオンとアゲートも、見た目はいい方のはずだ。でも、アクアオーラにとってはシャーマナイトたちよりもジェダイトとロードライトの方が1億倍かっこいいし綺麗に感じる。実際、アリスもシャーマナイトがいるにもかかわらずロードライトにアタックしていたし、あながち間違っていないかもしれない。
「アクアオーラ、いつのまにエスパーになったんだい?」
「簡単な話ですわ。叔父様がそんなに疲れた顔をするほどのことをする人間は彼女とその恋人くらいしかいませんわよ」
「なるほど。流石あの子の娘だよねぇ」
「この程度、当たり前ですわ」
ジェダイトに褒められて、アクアオーラは少しばかし自慢げな顔をした。シャーマナイトたちが見たら驚くだろうが、アクアオーラは案外表情豊かだ。シャーマナイトたちが知らないだけで。
シャーマナイトたちはアクアオーラに見向きもしなかったし、アクアオーラもシャーマナイトのフォローをするだけで顔を合わせても殆ど感情というものを見せなかったし、婚約者としての最低限のことすらしない相手に愛想よくしてやるつもりもなかったのだから、そうなるのは必然である。
「でも、アリス様に何をされたかまではあまり確証はありませんの。騎士団の訓練場に現れて、叔父様に送ってもらわないと帰らないとでも宣ったのではないか、と思ったのですけれど」
「だいたい合ってるよ。それにしても彼女、どうしてあんな振る舞いができるのかなぁ…」
「一周回って憐れに思いますわ。彼女の周りには淑女の心得を教えることが出来るような方がおられませんの。彼女は庶子な上、エレスチャル男爵夫人は早くに他界してしまっていますし、まともな侍女もいなかったはずですわ」
頬に手を当てて憂い顔で言うが、それはエレスチャル家を思ってのことではなく、国を憂いてのことだった。エレスチャル男爵家と言う王国貴族の膿をどうするかと考えてのそれだった。
「それは大変だねぇ。でも、あそこなら潰しても問題ないと思うよ。最近は領地運営も上手くいっていないようだし」
「どうしてそう思いますの?」
「最近、エレスチャル男爵家の領地出身の騎士が少ないからねぇ。栄養が足りなくて試験に受からないんじゃないかな」
それは、ジェダイトならではの視点から導き出された答えだった。城に仕える騎士は皆強者揃いで、なるのにも一苦労だ。もし、栄養が足りず筋肉がなかったり体力がなかったりすると、審査によって落とされる。一度であれば偶然で片付けられるそれも、何度も続けば不自然なものになる。
「その通りですわ。最近エレスチャル家の領地は不作続きで、その上エレスチャル家が重税を敷いているので食べていくので精一杯のようです」
「あの領地、今の当主になる前は質の良い騎士が三人は必ず居たからね。もったいないよ」
「安心してくださって構いませんわ。もう少し時間はかかるかもしれませんが、近いうちに男爵には当主の座を降りて頂きますので」
「それは頼もしい」
笑顔で宣言したアクアオーラに、ジェダイトは嬉しそうにふわりと笑った。姪の成長と、段々とアンスラックス夫妻に似てきていることが嬉しいらしい。彼は元々身内が好きすぎる傾向があるが、姪となると別次元の可愛がり方をする。
そう言うところは、スマラグダス家の血だろうか、アクアオーラも似ているところがあった。
(叔父様にも、お爺様にもお祖母様にも、もちろんお父様とお母様にも、胸を張れるように精進いたしますわ)