06 貴族の学院
アクアオーラは、両親と共にしばらく休んでいた学院に顔を出していた。何をしに来たかと言うと、飛び級して卒業するためである。
アクアオーラにとって、学院に通うメリットはゼロに近い。コネクションの確立はもう既に済んでいるし、礼儀作法など教師よりも完璧に出来る自信がある。勉学だって次期王妃の義務として学院で学ぶこと以外にも周辺諸国の文化や伝統を筆頭とした外交に必須の知識や、国政のための知識、護身術などを両親から学んでいた。
それなのになぜアクアオーラが学院に通っていたのかと言うと、シャーマナイトが学院に通っていたからだ。シャーマナイトのフォローが仕事と言っても過言ではなかったアクアオーラは、学院に通い、シャーマナイトと同時に卒業するしかなかった。
それさえなくなれば、アクアオーラがシャーマナイトと同時に卒業する必要はなかった。
「ええ、アクアオーラ様ならば問題ありません。これからも色々と忙しいでしょうし、すぐに手続きを致しましょう」
「ああ、頼んだ」
飛び級で卒業する条件は、学院に通う目的の全てを達成することだ。学院の掲げる目標は大きく分けて三つ。
一つは、卒業後の事業を行うためのコネクションを得ること。これは基本、長男や長女であれば入学時に達成している。親世代の横のつながりから、それを次代にも引き継ぐために幼い頃に顔を合わせることが多いからだ。大変なのは次女次男以降で、貴族として生き残るために様々な伝手を作らなければならない。アクアオーラは公爵家の長女である上に、既にラピス・ルーベルという組織を作り上げているため、学院のどの生徒よりも人脈はあった。
二つ目は、各国の礼儀作法の習得。ディヤメント王国は外交も盛んで、国外からの客人も少なくない。また、国外へ赴くこともある。これについても、アクアオーラは既に問題なかった。
最後は、勉学に励むこと。これは、貴族が貴族たるための知識を得ると言うことだ。領地経営、事業の拡大などをする為に必要なものを学ぶ。アクアオーラは、これに加えて帝王学や古代語なども自分のものとしているため、これもまた問題なかった。
「それにしても、アクアオーラ様もようやく卒業でございますか。実力だけ見ると、入ってすぐに卒業できるはずだったのではありませんかな?」
「ええ、そうですわね。しかし、そうもいきませんでしたの」
「彼のお方には私どもも困っております。このままでは卒業できるかどうかも…」
「彼の方の場合、立場もあって卒業のハードルも高いでしょうし、仕方ないと思いますわ。アリス様を使ってその気にさせれば少しは真面目にするはずですわ」
アクアオーラの言葉に、学院長はなるほどと頷いた。ローズオーラとロードライトは、学院長を気の毒そうに見ている。名前こそは出していないが、この二人の指している彼の方と言うのはシャーマナイトのことだとわかる。二人とも、あの頭は悪い癖に御しにくい王子には苦労させられている。学院長とは仲良くなれそうだ。
「アクアオーラ様、また機会があれば是非とも話をさせていただきたい」
「ええ、よろこんで」
にっこりと笑うアクアオーラを見て、ロードライトとローズオーラは申し訳なく思った。そして、滅多にわがままを言わないアクアオーラをもっと甘やかそうとも。アクアオーラとしてはわがままを言っているつもりなのだが、この二人にとってそれはわがままではないらしい。
「そろそろ失礼いたしますわ。ここにはまだ彼の方がおられるのでしょう?」
「それもそうですね。では、馬屋までお送りいたします」
「あら、ありがとうございます」
先頭を行く学院長は、生徒は通れない道を選んで、門まで三人を案内した。それは、どこぞの頭の足りない王子や品のない男爵令嬢と会わせないように配慮した結果であった。
「こんな道があったのね」
「普通の生徒は知らぬでしょう。この道は、もし生徒に何かあった時に逃がすためのものではありますが、一度生徒が使うとしばらく使わないのです」
「そんなところを通ってしまっても大丈夫なのですか?」
「院長の仕事は、もっぱらこう言うものの管理なのですよ。他にも沢山あるので、一つくらい使えなくなっても問題ありません」
それに、と続けた学院長曰く、脱出用の通路は外からは開けられず、中から開けるにも鍵が必要で、何世代か経つとまた使うとのこと。確かに、道を作るための工事を毎回することは難しい。
他にも学院の秘密を聞きながら、それなりの長さの道を歩くと、頑丈そうな鍵のついた扉が見えてきた。学院長が何処からか鍵を取り出して鍵を開けて扉を押すとゆっくりと動き、外の光が見えた。
外に出ると、目の前に馬屋があった。アクアオーラたちが乗ってきた馬車もそこに停めてある。
「令嬢は長くは走れませんから、ここか裏門に繋げるのが一番なのです」
アクアオーラとローズオーラ、それからラピス・ルーベルのラーミナ所属の令嬢たちは例外として、基本令嬢たちは走らない。貴族の子女の殆どを預かる学院は、何かあっても彼らを無事に帰さなければならない。その責任は重い。
「大変ですのね、学院長も」
「いえいえ、アクアオーラ様ほどではありません。もし私に手伝えることがあれば協力いたします」
「その時はよろしくお願いしますわ」
アクアオーラが学院長に何か頼みごとをするのは、シャーマナイトとの問題が片付いてからになるだろう。シャーマナイトの相手は自分たちだけですると、ラピス・ルーベルの令嬢たち皆で決めていた。
「今まで、お世話になりました」
「アクアオーラ様は流石はロードライト様の御子と感心するほど良い生徒でした。アクアオーラ様の未来に幸多からんことを」
そう言って学院長は頭を下げ、先ほど開けた重そうな扉を閉めた。鍵のかかる音がして、そこが扉であるとはわからなくなる。
それを見た三人は、御者に声をかけた後公爵家の馬車に乗りこんだ。面白かったわねと笑う母親に同意しながら、アクアオーラはあの通路に思いを馳せていた。
(王宮にもありそうですわね。何かに使えそうですし調べてみましょう)