05 国王夫妻
アクアオーラとアンスラックス夫妻は、王宮へと向かう馬車に揺られていた。
アクアオーラとロードライトは、赤い瞳をキラキラというよりも、ギラギラと輝かせて王宮の方を眺めている。ローズオーラはそんな様子の二人をニコニコと笑って眺めている。
「ねえお父様、陛下のお話とはどんなことなのか気になりますわ」
「まあ、どうせ王子のことだろうね。王はどうしても王子を次期国王にしたいらしいね」
「やはり、自分の息子を王に据えたいのかしら?」
馬車に揺られるだけではあまりにも暇なので、王と王妃のシャーマナイトよりはわかりにくい意図を話している。
しばらくすると、馬車の揺れが止まり御者から声が掛かる。
「旦那様、着きました」
「そうか、わかった」
御者が扉を開くと、ロードライトが真っ先に降りてローズオーラとアクアオーラをエスコートした。ローズオーラにとってはいつものことだが、アクアオーラは改めてシャーマナイトが紳士として失格なのかを思い知った。
「ねえロード、どこに行けば良いのかしら?」
「うん、部屋の指定はなかったね」
「あら、お父様、お母様、あの方が案内役なのではなくて?」
アクアオーラの視線の先には、城の中から駆けてくる騎士が一人。ロードライトはその姿を認めると懐中時計を取り出して時間を確かめた。
「うん、1時丁度だね。招く側であるなら、せめて5分前くらいには待機しておくべきじゃないかな。招いた客が時間より前に着いたらどうするつもりだったんだろうね」
穏やかな笑みを浮かべながらそう言うロードライトの瞳には、呆れが浮かんでいた。
「似たようなことを言うのは何度目だろうね」
「そうねえ…王に召集された時はいつも言っているわよ」
ポツリとこぼした言葉を、ローズオーラが拾った。アクアオーラはそんな話をしている両親を見て、そんな人が義父にならなくてよかったと心の底から安堵した。
「お待たせ致しました。ご案内させて頂きます」
走ってきた騎士は、息を整える間も無くそう言って頭を下げた。王族の取り巻きはともかく、王宮に仕える人々は優秀で忠誠心も高い。まあ、その忠誠心は王族の血に対してのもののようだが。
「いや、気にしなくて良い。君のせいではないからね」
そう言うロードライトに、一度顔を上げた騎士は今一度頭を下げ、ロードライトに感謝の意を示した。
ロードライトは苦笑しているが、騎士は暫くして頭を上げ案内を始めた。
「こちらでございます」
ドレスを纏っていて歩幅も小さいアクアオーラとローズオーラを気遣って、割とのんびりした速さで王が待つ部屋へと向かう。
男性だけであれば5分の道のりを、たっぷりとその2倍以上の時間をかけて歩いて、王の待つ部屋の前へ着いた。
騎士が数度ノックしてアクアオーラたちがきた旨を伝えると、入れと言う声がする。騎士が一言断りを入れてから扉を開いた。
「遅かったではないか」
「いえ、私たちはきっかり13時に王宮に着きましたよ。王が場所を指定していなかったが故にこうなったのです」
「…まあいい。そこに座れ」
王に促され、ロードライトが王の向かい側に座る。その両側にアクアオーラとローズオーラが腰を下ろした。
「それで、話とは?」
「アクアオーラの事についてだ。今回はシャーマナイトが失礼した。あれは奴の独断で行われたものであり、書類等もないため正式なものではない」
「もっと端的にお願いします」
にこやかに笑いながら言うロードライトの目は、まったくもって笑っていない。王と長い付き合いのロードライトは王が何を言いたいのか分かっていたが、敢えて王の口から言わせる事にこだわった。
「…アクアオーラとシャーマナイトの婚約はまだ有効である」
「確かに書類等はないでしょうが、あの場にいた貴族たちは婚約破棄が成されたと思うでしょう。なぜあの時王命で取り消さなかったのですか?それに、王子が破棄した婚約は一つではありませんよ」
ロードライトは、遠回しに王を非難している。書類がなくとも、あの場には沢山の貴族たちがいた。さらに、ラピス・ルーベルの令嬢たちも一緒に婚約破棄されている。全てを隠蔽することは不可能だった。
「他の者のことは今はどうでも良いのだ。アクアオーラとシャーマナイトの婚約は有効であることを知っておけ」
「いえ、ですからそれはまかり通らないと言っているのです。貴族は王の奴隷ではない。理不尽なことばかりしていては裏切られますよ」
真剣な顔をして言ってはいるが、それを言っている本人の娘が今まさに王を蹴落とそうとしているところだ。
アクアオーラは、子の教育は親の義務だと認識している。また、地位が高いほどその責任は大きいとも思っている。子供が学院に通うようになる…つまり、人前に出るようになる前に貴族としての振る舞い方を叩き込んでおかなければならない。それはアクアオーラが、シャーマナイトやアリスの周囲にいる人間を見るたびに思うことだった。
だからアクアオーラは、事の発端であるシャーマナイトとアリスたちの両親もどうにかするつもりだ。因みに王と王妃には、国のトップから国の底辺まで転がり落ちてもらう予定だ。
「たかが公爵風情が不敬よ!黙りなさい!」
「…わかりました」
口を閉じたロードライトに、王妃は満足そうに笑った。下品に上がる口角を隠すこともしないその姿に、ローズオーラがほんの少し顔をしかめた。
「口を閉じねばならないのであれば、これ以上話し合うこともありませんので、失礼します」
そう言って頭を下げて部屋の外へ出て行ったロードライトに続いて、アクアオーラとローズオーラも王に一礼して部屋を出た。
王が何か言いたそうにしていたが、それには気づかないふりをした。
外で護衛をしていた騎士の先導に従い、公爵家の馬車が置いてある場所まで向かう。
「相変わらずだったわね」
「そうだね」
二人の会話に、アクアオーラは愕然とした。アクアオーラ自身は王の人となりを直接知る機会はなかったが、もっと思慮深い人だと思っていた。だが、アクアオーラは理解した。シャーマナイトのポンコツさは、あの二人の遺伝であると言うことを。
それに思い当たって戦慄しながらも、送ってくれた騎士にしっかりとお礼を言って、公爵家へ帰るための馬車に乗り込んだ。
(相手を過大評価しすぎていたのかもしれませんが、気を緩めずに参りましょう)