表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/12

01 愚かなる婚約者たち

 表立った問題は何も起きないまま、建国記念祭当日を迎えた。この日は、学院でパーティーが行われる。

 シャーマナイトを筆頭にした婚約者たちが動き始めるのはその時だろうと思われた。



「皆様、準備はよろしくて?」


「ええ、問題ありませんわ」



 今はパーティー開始直前であり、本来なら婚約者の義務であるエスコートをする為に令嬢たちを迎えに来るはずなのだが、そんな気配は全くない。

 懐中時計で時間を確認したアクアオーラは、控え室に残っていた令嬢たちに声を掛けた。

 彼女たちは、アクアオーラがトップを務めるラピス・ルーベルに所属する令嬢たちだ。古代語で赤い石を意味するそれは、アンスラックス公爵家の宝石であるルビーを指す。いくらなんでも安直すぎるが、学院では古代語は習わないので趣味で古代語を学んでいる人間にしかわからない。もし何か言われても、何も知らないふりをして「わたくしのファンクラブか何かじゃないかしら」と惚けてしまえば深く追求は出来ない。

 ちなみに、次期国王であるシャーマナイトが古代語を学ぶのは半ば義務であるが、昔から語学の勉強は嫌っていた為少しも学んでいない。その分違う分野のものを学ぶからと大臣と王を説得していた。今ではその違う分野も学んでいないのだが、王子はもうそんな昔のことは忘れているだろう。



「さあ、皆様。前を向いて堂々と入場いたしましょう。王と王妃を筆頭に、各家の当主夫妻がいらっしゃるこのパーティーで、彼らがどんな失態を犯してくれるのか楽しみですわね」



 アクアオーラはそう言うと、赤い目を細めながら微笑んだ。

 控え室を出て会場の扉の前まで行くと、番をしていた兵士たちは驚いたが、先頭にアクアオーラが居ることに気がつくと何も言わずに扉を開いた。

 各家の宝石を使ったアクセサリを輝かせながら、十数人の令嬢たちが広間へと入場する。

 その隣にエスコート役の男性がいないことに、貴族たちは眉を潜めた。



「今日は一段と綺麗だね、アクアオーラ。ローズに似て美しく育って、お父様は嬉しいよ」


「あらロード、あなたに似たのよ」



 エスコートなしで歩く彼女たちを見かねて、アクアオーラの父親でありアンスラックス公爵家当主であるロードライト・アンスラックスが声を掛けた。その隣には公爵夫人のローズオーラもいる。この二人は、おしどり夫婦として貴族たちとの間でも有名な存在だ。



「お父様もお母様も、本日はいつにも増して美しいですわ」


「ありがとう。ところで、婚約者殿はどこかな?」



 妻と娘を溺愛する父と、夫と娘を溺愛する母。どちらもアクアオーラにとって自慢の両親であり、二人には迷惑をかけたくなかった。だが、何処までなら大丈夫かはきちんとわかっており、そこで遠慮をするつもりもない。



「わたくしに限らず、わたくしと共に入場した令嬢は皆婚約者の迎えがなかった者たちですわ」


「…なんだって?」


「聞き間違えかも知れませんわ。アクアオーラ、もう一度言ってちょうだい」


「ええ。わたくしたちは、婚約者にエスコートを拒否されましたの」



 アクアオーラの言葉に、会場が凍りついた。婚約者としての、貴族としての最低限の義務を放棄したと言うことはつまり、貴族をやめると言う意味に繋がるのだから。



「アクアオーラ・アンスラックス!」



 そんな中、渦中の人の声が響く。

 そちらに顔を向けると、壇上でシャーマナイトが仁王立ちをしていた。その横にはアリスが不安げに立っており、さらにその後ろには数十人の男たちがいた。



「お前との婚約を破棄させてもらう!並びに、アゲート、モリオンを筆頭とした俺の家臣の婚約も、次期国王シャーマナイト・コロラド・ディヤメントの名において破棄する!良いな、貴様ら」


「……承知いたしました」



 代表してそう答えたアクアオーラの後ろにいる令嬢たちも、黙して王子に頭を下げる。

 令嬢たちは顔が隠れるのをいいことに、自らの元婚約者と、そんな婚約者に尽くそうとしていた過去の自分を嗤っていた。

 大人たちが止める間も無く行われた王子たちの愚行と、令嬢たちのあえての甘受。

 その衝撃からいち早く立ち直ったのは、アクアオーラの父であるアンスラックス公爵だった。



「畏れ多くもシャーマナイト殿下、我が娘との婚約を破棄する理由をお聞かせ願えますでしょうか」


「俺はアリスを妻にする。もうその女は必要ない」


「シャーマ様…」



 シャーマナイトの言葉に顔を赤くして甘えた声を出すアリスを、周囲の人々は冷たい目で見ている。ただ一人、エレスチャル男爵は良くやったとでも言うように頷いていた。



「そんな理由で婚約を破棄することが許されるとでもお思いなのですか?」


「可愛げのない女は王妃に相応しくない。その程度もわからないのか?」



 わかっていないのはシャーマナイトの方だ。王妃に求められるのは愛嬌や愛らしさではなく、王を支え王の不在時には国を治める能力である。

 そのことを言い募ろうとするロードライトを、アクアオーラが止める。



「お父様、もうよろしいですわ。どの道シャーマナイト様は、もう王にはなれないのですから」


「…ふむ、それもそうだな」



 この国の貴族たちの中では常識であるが、王位継承権が与えられるのは先代国王の孫まで。言い換えると、先代国王の孫であれば継承権が与えられる。そして、上位貴族の会合によりその中から次代の王が選ばれる。両親の家格、両親と本人の素行や能力など、選ぶ際の基準は多岐にわたる。

 シャーマナイトとアクアオーラの婚約はそこで決められたものだった。母は正妃であったが伯爵家の出であり、さらに本人の能力に不安のあったシャーマナイトを、アクアオーラが支えて補うようにすることで夫妻揃って次代の統治者とした。

 シャーマナイトとアクアオーラの婚約は、シャーマナイトを次期国王にしたい王と王妃の苦肉の策であった。

 そんな婚約を破棄すると言うことは、シャーマナイトは自ら王位を手放したのと同意だ。幼い頃にそのように教えられたはずだが、そのことはもう頭に残っていないのだろう。現に今、意味がわからないと言うような顔をしている。



(ああ…。昔はこの愚かさを愛おしいと感じていたのに、今は呆れしか湧いてきませんわ…)



 確かにアリスは、貴族にはない落ち着きのなさ…よく言えば無邪気さがあり、新鮮に映ったのだろう。そこから惹かれ始めて、どんどん心酔した結果がこれだ。心酔した男たちは『守りたくなる可愛さ』と声を揃えて言うが、守られているようでは貴族としてやっていけないのだ。もしアリスを妻として彼女が貶められることがあれば、それは配偶者も貶されることになり、家名に泥を塗ることになる。

 そうならないように、この国の女性は強くならざるを得ないのだと言うのに。



「第一王子である俺が王になれないだと!?侮辱するのも大概にしろ!」


「理解できないのであれば、国王陛下や王妃殿下にお聞きになられると良いでしょう。わたくしたちがわざわざ説明する義理はありませんわ」



 薄い笑みを浮かべながら、アクアオーラは上座を見上げる。シャーマナイトもつられてそちらを見ると、王は疲れた顔で苦々しくため息をついており、王妃は顔を真っ赤にして激怒していた。



「母上、何故そのように怒っているのですか?確かに相談なく決めたことは申し訳なく思っておりますが、そんなに怒るほどではないでしょう?」


「お前は…!!」


「やめろ、王妃。落ち着け。こいつには話してもわかるまいて。あとで落ち着いて話をしよう」


「しかし…!」


「今はこの事態をなんとかするべきだ。皆の者、シャーマナイトが迷惑をかけたな。パーティーは中止だ。また近いうちに仕切り直す。アンスラックス公爵夫妻とアクアオーラには後日使いを出す」



 王の言葉に従い、貴族たちは会場を後にする。婚約破棄された令嬢の両親たちは娘を連れて帰ろうとするが、アクアオーラが暫く預からせて欲しいと言うと、 渋々会場を出ていった。



「お父様、お母様。わたくし、あのための準備をしているのですけれど、どうしましょう」


「やってしまいなさい、アクアオーラ」


「お父様もお母様も、アクアオーラに出来る限りの援助をするよ」



 静かに怒りをにじませる笑みを浮かべながら、ローズオーラとロードライトはそう言った。

 その言葉に、アクアオーラは笑って応えた。



(わたくし、シャーマナイト様に変わってディヤメント王国の女王になりますわ)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ