夕陽の色
涙で汚してしまった本が賠償責任として手にぶら下げている。お天気サウンドとして利用したBGMだけがいまココにいる私を支えて、明日の天気が今度こそ当たることを願っている・・。
お姉さんは笑顔で伝えている『明日は晴れになるでしょう。』と。
天気雨のように「青いノートだなんて、手にしている人は手にしているだろ?」と、私はそうガラス越しに映る自分につぶやいた。
「・・ろ、」
「・・弘。」
「鷹弘っ!!」
私の肩を誰かが強く叩いて呼び止めた。振り返りもできずにぞわっと胸騒ぎとともに頭が真っ白となり、全身の力が抜けて本が入った袋をまた落とす。
「・・貴弘≪たかひろ≫、悪い・・申し訳ない。はい、これ。」
私は取り戻せたかのように息遣いを上手にこなし、アイツの声だと一回整理をし直した後でお礼を告げた。
「ありがとう・・」と。私の両手で受け取る本がまた、一ページ分重たくなった気がした。
アイツというのは、私があるキッカケで利用させてもらったボランティアの中で知り合った一人の男子だ。同い年なのに私より遥か先を問題をクリアにしていく、いわいる現実的な私のアイドルだ。だから芸能人のように気を使って行動したり、笑ったり泣いたり転んでしまったり喧嘩してしまっても自分の非を私は受け止めたりできる。アイツの名に相応しい『優太≪ゆうた≫』が、そうさせているのだろう・・・。
「悪かったな、貴弘≪たかひろ≫。そう、簡単に克服だなんて出来るとは思ってはいなかったけれど…まだちょっとしたイントネーションでも過剰にまだ反応してしまうんだなっ。」
「優太が口にしてくれてなければ、僕はどうやって克服していけばいい?だから、ニックネームから敢えて下の名前で呼んでもらえるようにお願いしたんだ。優太は何も悪くない。」
イントネーションの僅かな違いでさえ、怯えている自分。優太がそんな強く呼ぶつもりなくても、そんな自分の些細なわがままで辛い過去と怒られている感覚に陥ってしまう。
「なぁ、よっぽど貴弘は自分を封印していたんだな。」
「うんん、そうでもないよ。僕はわがままさっ。何をやっても始めだけは上手く呑み込めて、あとは知識がついてしまえば気になるところを気がスッキリするまで弄りまわす。周囲は困っているんだ。『余計なことをするなっ』て。だから僕は時々塞ぎたいんだ。でも、優太にだけは素直にもっと居たい。・・・ごめん、」
それから数時間は優太に訊かれるがまま、いや私が吐き出したいがまま、コーヒーの角砂糖を落とすようにしゃべり続けた。
陽が落ちかける夕焼けの街中、優太は何かを捜すように走っていき目の前から消えた。
自分が生きている時間帯も生きている場所も解らないまま、動くことも出来ないままポケットに手を差し伸べて携帯を取り出そうとした。『帰りたい。』それを言いたいがために。
・・でも優太はそうさせなかった。見透かしたかのように着信を告げて、私に言葉を投げ捨てた。
「たかひろっ、そのまま真っ直ぐ今の道を走って来いっ!」
優太からの電話だった。
訳も分からず走った。なんとか走れってあるけれど、そんな意気込みで自分としての、この人生の主人公としてひたすら走った。そしてそこに見えてきたのはわずかに夕陽がビルの隙間から光をもたらす、優太と知り合った時のような景色だった。
「俺はずっとココにいる。
たかひろ、貴弘は今もずっと走っている。
歩き途中で聴かせてもらった今日の出来事も、その本への思い出も全部、俺は全部知っている。
悪いが、青いノートの秘密も知っている。
――だから、選んでいいっ。
貴弘、お前はどうしたい?」
優太の声は、私の心の周波数と同じような音で戸惑いを隠せない。逢えただけでも幸せだというのに、なぜこうも過去の話を掘り出してしまう・・
「・・・僕は、今が怖い!
過去や今や未来が怖い!
昨日の朝も、あの長年の付き合いの”宗教の人”となってしまった人から連絡がきた。
『この世界を信じられないということは、自分を生かすこともできない』
『それを説いてくれている人の話を、なぜ大切にしようと出来ない?』
違う。何もかも違う!!
僕は、イヤだ!
そうやって、誰かがこう云っているからって、こう色々と法が説かれたり霊言という名の”死人に口なし”を使ってみたり、一冊の本から新解釈として毎回更新される本を片手に『これが真実です』という思いの中で人生を活かしていきたいだなんて思わない。
電話で一方的に”行きます”だけの答えだとか”電子機器を使った神の言葉を知る”のはこりごりだ。
だって、僕はもう信じてる!!
踏み絵のように僕は踏まないで生き伸びただなんて、大違いだ!!
僕は、いや、私はっ
”そんな思考に首輪をつけられて、環境に対する顔を作り続けるのはこりごりだ!!”。」
この日の夕陽は、オレンジと名付けるべきの色なのだろうか―――。
私の瞳にはその背の高い優太に映える黒い姿しか思い返せなく、帰り道はふたり、私の家へと脚を動かす。