触れるべからず
ふと思い出して立ち寄ってみた書店にいま、私はいる。
目の前に立ちはだかるように敷き詰められた書物は、私の心に秘めている言葉よりも多くのことが綴られている。それでもここにある書物たちは、この地球の世界にとって塵並でしかならない―。
逆に―、そんな中に私は独りでいる。
偶然的な出会いなんだろうか。私は自宅からほど近い所に小さな書店がある事を、散歩をしていて知った。記憶を頼りに辿り着いたこの店は、どこか懐かしく、おふくろの胸に抱かれているような香りがする。それに今時珍しく、木製で作られた本棚の画鋲の穴が時の流れを知らせる。
老舗の書店に居るわけではない。私は、つい最近『開店する』という告知のポスターを見て、そろそろ落ち着いた時かなと胆を据えて立ち寄ってみた。何がそうさせているのかわからないが、あたりを見渡す限り老若男女関わらずお客として利用しているらしい。
ほんの6年でもかもしれないが、歩き擦り減らした靴で、私は私が思うままにあるカテゴリーの本棚へと向かった。指差しでひとつずつ本を確認飛ばししながら、ある著者の名を求める。いや、無いことを望んだ。でもそんな望みは簡単に叶うわけでもなく、両手でかぞえられる数になる前にその名はやってきた―。
≪ 奥野 鷹弘 ≫
自分の写し鏡のように想えるその名から、ざっと並んである著作の中からある1冊だけ選び、私は大事胸に抱えた・・・。
そんな私だから後ろに人がつっかえているのにも気づかず、ある勇気のある人がわざと肩にぶつかっていき目の前から姿を消した。ぶつかって落ちた本の拍子とともに、その人はつぶやきも堕としていった。
『触れるべからず』
ふと思い出して立ち寄ってみた書店にいま、私はいる。
目の前に立ちはだかるように敷き詰められた書物は、私の心に秘めている言葉よりも多くのことが綴られている。それでもここにある書物たちは、この地球の世界にとって塵並でしかならない―。
腕から落ちたその本は、著者の海シリーズの【SOS】が顔を出している・・。
逆に―、そんな中に私は独りでいる。名もなき小説家として。いや、無名の表現者として。
それも違う、ただの独りの作者として―。




