A面 後編
信長と意気を統合させると俺は掃除屋の少女の元へと向かった。戦場に到着すると少女は蹲った姿勢で巨大な虫を睨み立ち尽くしている。足をケガしているらしく状況はやはり良くないようだ。まずはこっちに注意を惹きつけて彼女を助けなくては。俺が小石を投げようとすると後ろから信長が小突いてきた。
「敵に居場所を教えてどうする。やはりお前は単純な奴だな」
「な、なんだよ。俺は注意を惹きつけてあの化け物からあの子を助けようと……」
「そんなことをすれば逆にあの女子がお前を救おうと無理をするかもしれないとは考えんのか」
「それは……そうだな」
自分よりも視野の広い意見を述べる信長に感心してしまった。たとえ生首のみになってもやはりこいつは歴史に名を馳せる武将。戦地に来てすぐに浮足立ってしまった俺とは戦いに挑む姿勢が違う。
「だが物を考えようとする態度は悪くない。まずは地形や敵の特徴、儂らがやるべきことを確認してみろ」
「えっと……」
「焦らなくていい。他のことは気にせず自分なりの言葉で声に出してみろ」
自分で考えて俺に伝えた方が早そうなものだが、信長はあくまでも俺に状況を把握させるつもりらしい。気持ちに余裕がないゆえ詳しい意図は分からないがここは黙って従うことにした。
「……地形は木に挟まれた並木道。敵は脚が長いクモみたいな形をしていて大きさは5mを超えていると思う。それで俺らがやるべきことはあそこの少女を助けること。だけどあの子はケガをしているようだしクモとの距離も近い。助けるにしても何か策がいりそうだ」
「うむ上出来だ。付け足して言うなら通常の攻撃は効きそうにないってところか」
「どういうことだよ」
「儂の身体がそうだからな。儂と同じならあのクモにもそこらにある物体では触れられもしないはずだ。攻撃を与えられそうなのは儂のような同種の者かお前のような人間の打撃か……」
信長が少女の方へ視線を移す。
「掃除屋の持つ武器だろうな」
「結局あの子を助けないと勝ち目はないってことか」
信長の仮説が正しければ対幽霊の経験がない俺達が地力で倒すのは相当に厳しい。ここは少女の力を借りるためにもなんとかして彼女を助けるのが先決。信長もこの意見に賛同のようだ。そして策があると語り始めた。
「まずは二手に分かれる。そして儂がクモの注意を惹きつけている内にお前は女子を担いで向こう側の運動場へ逃げろ。通行人も通りにくく、見晴らしの良い場所の方が戦いやすい」
運動場、さっき望遠レンズで見たとき人はいなかった。場所としては確かに良い場所ではあるが、一人残して信長は大丈夫なのかが心配だ。
「儂なら心配ないぞ。なんせ儂は勝てる勝負しかしないからな」
信長はこちらの心情を察してか笑いながらそう言った。いつもながらの自信の満ち溢れた表情。これから危ない橋を渡るというのに、こんな顔が出来るのは素直に凄いと思う。同時に応えなければという気持ちに駆り立てられる。
「……頼んだぜ」
「ああ、任せろ」
不敵な笑みと言葉を残すと信長は天空へ飛翔。そして大きく息を吸って、高らかに口上を叫んだ。
「我は天下の大将軍、織田信長也。悠遠の刻を越え、再び戦場の地へ相見えん」
聞いているこっちが恥ずかしくなるような名乗り上げ。だが臆面もなく堂々としているからこそ思ったよりすんなりと胸に納まってくる。大胆不敵な口上は効果覿面で、クモの注意を一手に集めた。その隙に俺は少女の元へ駆け寄る。
「今のうちに早く」
そう言いながら少女に背を向けて乗るように促す。しかし彼女は訳も分からずという様子で応じようとはしなかった。
「あなた、魔導体を認識できているようですが魔導士ではありませんよね」
「え、そうだけど……」
「それなら外部の人間を巻き込む訳にはいきません。あなたこそ早く避難してください」
少女はそう言って俺を払いのけようとしている。だが信長が時間を稼いでくれている手前、俺も引き下がる訳にはいかない。
「ちょうど新たな魔導体が現れて仲違いをしている間に早く逃げて」
「そいつは俺の知り合いで俺たちの逃げる時間を稼いでくれている。クモの注意が向こうに内に――」
「明智、避けろ」
少女と言い争っている最中、信長の鬼気迫る声が聞こえ、驚いて振り返るとクモが口から何かを飛ばしてきていた。俺は咄嗟に少女の手を引っ張って木々の方へ走り込むことで攻撃を防いだが、身代わりとなった木々にはクモが飛ばした攻撃がべったりと張りついた。
クモが飛ばしてきたのは糸の膜だ。粘り気が強く、もしも直撃すれば身動きが取れなくなるだろう。しかし数秒経つとそれはスウッと樹木に吸収されるように消え次の瞬間、一か所の葉が不自然に消え去った。
異様な光景に心を奪われる。辺りを見渡せば他にも葉が一部分だけ抜け落ちている木々を見つけることができた。これも信長やクモのような生命体の性質の一つなのか。胸にしこりを残すような気持ちだったが考えている暇はない。俺は少女を強引に持ち上げて運動場へと足を運ばせた。
望遠レンズで下見をした通り、運動場には誰もいない。数人くらい遊びで使っているかもしれないと覚悟していたが、誰もいないのは不幸中の幸いというべきか。それにしても必死になっていたとはいえ、並木道から運動場まで人を運びながら走りきれたのは自分でも驚いた。これがいわゆる火事場の馬鹿力と呼ぶものなのか。
「そろそろ降ろしてくださいよ」
胸の中に収まる少女が不満を声にあげる。無理やり連れてきたのだから怒られても仕方ない。俺は少女を地面に降ろし、自らの腰を落とした。
「……意見を無視してここまで連れてきたのは悪かった。足の方は大丈夫かな」
「いえ、助けようとしてのことでしょうから謝らなくてもいいです。足も問題ありませんが、それよりあなた方の目的を教えてもらえますか」
態度からして、どうやら彼女は俺のことを警戒しているようだ。もしかしたら嫌われているのかもしれない。とにかくそんな相手から敵の情報を教えてくれとか図々しく頼めるほど俺の精神面は鋼鉄でもないが、そんなことを言っていられる状況でもない。俺は化け物にやられている姿を目撃して居ても立っても居られなかったと自分たちの素性も含めて正直に打ち明けた。
「……だからあのクモをどう倒せばいいのかとかは分からないけど、できることがあれば協力したいんだ」
「そういうことですか。正直な話、控えの魔導士が出払っていて応援を頼めそうにない状況なのでありがたい話ではありますが、やはり無関係の人間を巻き込むわけには……」
そう悩む彼女の表情を見て、彼女は俺を嫌っているわけではないのかもと感じた。金髪という派手な髪色からてっきりフランクで勝気な性格なのかと思っていたが実際はその逆。
彼女はきっと生真面目で優しい子なのだろう。思い返してみれば、彼女の言動はいつもこちらの身を案じるようなものばかり。しかし今回に限ってはそれでは困る。なんとか彼女を説得しようと考えていると一つ浅知恵が浮かんできた。他に考えも思いつかない俺はその浅知恵を試してみることにした。
「それが無関係でもないかも。応援が来ないのも俺たちのせいかもしれないし」
俺の突飛な発言に彼女はしっかりと食いついてきた。
「どういうことですか」
「いや、魔導士の人たちにうちの信長……魔導体を退治されそうになっちゃって、素直にやられるわけにもいかないからのしてきちゃったんだけど……ひょっとしたらそれが原因で応援が来れないのかもなって」
この話は方便だが嘘は吐いていない。信長がいつも話している武勇伝の内の一つだから本当の話だし、いつ誰がやったかも言っていないからセーフだろう。それでも騙しているのには変わらず少々心苦しいが大義名分を与えるくらいしないと彼女は折れそうにないからこれでいい。加えて戦力になりそうだと印象付けることもできたはずだ。
「……とにかくあなたが私に協力したいという気持ちは伝わりました。でもあのクモは私たちと違い言葉の通じぬ相手です。危ないと思ったらすぐに逃げてください」
少女は溜め息を吐いて諦めたような顔つきでそう言った。もしかすると考えを読まれていたようにも感じる。子ども相手だからとその場しのぎで言い包めようとしたが恥でしかなかった。だがとりあえずはこれで彼女と一緒に戦えそうでホッとしている。
俺と信長が『幽霊』と呼んでいたものは『魔導体』と呼ばれているらしく、それを討伐している『掃除屋』は『魔導士』と呼ぶらしい。しかし用語については会話の流れから大体察しがついていたため感動らしきものはない。ここからは魔導体について解説してくれるようだ。
「それで魔導体の話になるのですが、魔導体は魔力と呼ばれるエネルギーの結晶体であり、魔力を扱えるもの以外には触れることも認識することもできません」
「じゃあ魔導体を認識できている俺も魔力が扱えているってことか」
「そうですね。そして魔力はどんなものにも与えることができます」
「なら俺たちみたいなのが魔力を誰かに与えたりしたらそいつも魔力を使えるようになるのか」
「それは違います。魔力は扱えるものでなければ毒にしかならないんです。だから自分の許容以上の魔力を摂取してしまうと、その存在は消えてなくなります」
「……あのとき木の葉っぱが消えてなくなったのは、クモが飛ばした糸の魔力に耐えかねたってことか」
「その通りです」
ずっと魔導士の存在は疑問でしかなかった。魔導体の多くは気味が悪い奴らだが、誰も認識できないのだから倒す必要もないだろうと思っていたからだ。しかしこうして事情を聞く一気に魔導体の存在がおぞましく感じる。
「それでここからは魔導体を倒す方法なんですが、まずは私の武器を紹介します」
そう言って彼女は懐からキューブを取り出した。武器といえば彼女の使っていたハンマーはどこにいったのか気になったが、それはキューブが光ったと同時に姿を現した。
「【エンカレッジ・マレット】、これが私の武器です」