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リィンカーネ ~ 転生マッチングアプリ  作者: 等々力 至
第1部 転生マッチングアプリがもたらす世界
9/19

第9節 放置された者

(第7節からの続き)

 十真(とうま)は転生してから、ようやく生身の人間に出会うことができた。

 彼の名は、ロッシー。保安部の夜勤を週二回担当する25歳のランブ族の男性だ。


 年齢の近い二人の間には、透明な壁があった。

 一見すると、そこに壁があるようには見えない。これを使えば、見えない壁のあるパントマイムがとても上手くできるに違いない。もっとも彼にはパントマイムはできないのだが。


 十真は自分が入れられた部屋は独房の割には少し広いと思っていたのだが、実は部屋の一部は全く透明な壁で仕切られていたのである。十真にとっては、いきなり、全身が羊毛のような毛で覆われた(実際には服を着ているので全身かどうかは分からない)男が入ってきたように見えたのである。


(プライバシーのかけらもないな)


 透明な板の向こうにいるその男が「取り調べ」を始めていると、十真が気づくのに少し時間がかかった。


「名前は?」


 俯瞰的に見れば、尋問だとわかるかも知れない。

 しかし、ロッシーは取り調べについての訓練を受けたわけではない。つい、何の前置きも何もなく、いきなり名前を聞いてしまった。

 そして名前を聞かれた十真の方だが、これが法的に有効な取り調べどうかも分からず、答える義務があるのかどうかの判断がつきかねていた。そもそも、さっきのロボットの中の人とは違うようだ。


 この時、十真にとって不幸だったのは、ロッシーが一見して猿人であり、知能が低いと見くびってしまったことだ。もし、ちゃんと話を聞いていれば、彼の運命はもう少し好転したかもしれない。

 だが、これは十真自身の選択である。

 ロッシーは、たかが(ビアサ)の民が、何も答えなかったことに腹を立てた。彼もまた(ビアサ)の民を内心見下していた。そして、あの無能なヤミキ保安部長がろくに説明もせずに押し付けてきた面倒臭い仕事を、なぜ自分がしなければならないのかと頭にきていた。


(よし、見なかったことにしよう)


 ロッシーは、中にいる「観察対象者」を一瞥すると憐れみの視線を一瞬見せてから、自動管理モードのスイッチを切ると、拘置室を後にした。


 ロッシーは席に戻ると、情報板(ディスプレイ)にあった独房収容人数の表示が消えていることを確認した。

 うん、これでいい。

 不審者を収容したものの、ヤミキ保安部長は拘置室の自動管理モードのスイッチを入れ忘れていたのだ。そういうことにしよう、あの無能なら、それくらいの失敗はしょっちゅうやっている。だから、拘置室に人がいるなんてことを自分は知らなかった。これで筋書きとしては成り立つ。


 よし、今日は特にパトロールに集中しよう。とはいっても、無人機を壁の外で一周させるだけなのでパトロール自体は簡単だが、その後の無人機の手入れが面倒なことから滅多にパトロールはしないのだが、ちょうどいい。

 ロッシーは機器倉庫へと向かっていった。



 一方、十真は自分があまり良い状況に置かれていないことに気づいていた。

 いきなりやってきた猿人モドキに名前を聞かれたが、答えなかったら、いきなり、部屋の電気が消され、暖房も止まった。水は出るようだが部屋は真っ暗になった。わずかに透明の壁を通して、廊下の常夜灯の光が差し込むだけだ。


 野外でキャンプを張るよりはマシだが、それでも部屋が冷え込んできた。幸い荷物は取り上げられなかったので、荷物を開いて、テントを出すことにした。ベッドはあるので布団に重ねて寝ることにした。


――二日後

 十真は今まで外を歩いていたので、室内ではかなり暖かさを感じていた。だが、この快適な拘置室に閉じ込められてから、何も無いというのもおかしい。ビラスの干し肉も残っているし、蛇口から水は出るから、飲み水やトイレには困らないが、ただ閉じ込められていることに疑問を感じていた。

 何度か大声で人を呼んだが、なんの反応もなかった。


 ヤミキ保安部長は一日の休みを挟んで、元気に出勤してきた。

 そして休みの間に自分が監房に収容した十真のことはすっかり忘れていた。これが「あの無能」と陰口をたたかれる所以(ゆえん)である。

 情報板(ディスプレイ)にあった表示は消えていたし、ロッシーもこの件に関しては当然、何の引き継ぎもしなかった。この日もヤミキはつつがなく勤務を終えた。


――四日後

 十真は危機感を覚えてきた。

 部屋の中で食事のために火を使っても、誰も来ない。

 いったい、ここはどういう場所なのだろう?


 十真はこれだけ呼んでも人が来ないことに気づいてから、ある仮説を立てていた。

 SF映画やゾンビ映画で見かけることのあるあれだ。


 自分が入院したり、社会から一時的に隔離されたりしたときに、外の社会に何かが起こって、人々がみな死んだり逃げたりして、誰も居なくなってしまうのだ。

 そう考えると、まだ、ここから出るのは早い。

 十真はそう感じていた。


 そして、監房の中を調べているうちに、透明の壁は突破できないが、別の壁に隙間があって、かなり弛んでいることを十真は発見していた。

 ここからなら出られるかも知れない、と目星をつけた。

 十真はここから出る日を二日後と決めた。


――さらに二日後

 ヤミキ保安部長の電話が鳴った。キラム陰市長からだった。


 話の内容は雑談に近いものだった、陽市長の交代式の日程を決めるのは暦で決まっているが、木が芽吹いたり、芽が生えたりすることも大事な要素となる。

 気象については、防寒壁の外のことに詳しい保安部長が把握しているので、その気候の見通しについて質問があったのだ。


 そのとき、話のついでで「あの(ビアサ)の民はどうなりました?」と聞かれて、平然と「適切に対処しました」と答え、無事に通話を終えたが、ヤミキ保安部長は全身から汗を吹き出していた。

(大変なことになったぞ)

 ヤミキ保安部長はかいた汗もそのままに監房のある別塔へ走っていった。

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