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リィンカーネ ~ 転生マッチングアプリ  作者: 等々力 至
第1部 転生マッチングアプリがもたらす世界
4/20

第04節 エダルド

「違う!違う!違う!!」

 十真(とうま)は頭の中に流れるエンディングテーマを振り払った。


 新しい自分の人生は今始まったばかりだ、こんなところで終わってなるものか、今度こそ良い人生を送るのだと彼は決心した。

 たとえ、この世界の人間が俺一人だけだったとしても、俺はこの世界で自分なりに楽しく生きてやるぞ。前の世界に決して戻ったりしない。

 十真は決意を振り起し、再び風に向かって歩いた。


 十真本人は気づいていないが、彼は、気温摂氏2度、風速15メートルの向かい風の中を10時間も歩いていた。これが意志だけの力なら、転生などしなくても生まれ変わる前の世界で、彼は十分にやっていけたに違いない。

 しかし、強い意志を持てるようになったきっかけが、転生であるのなら、彼が転生を選んだのは正しかったといえるだろう。


 彼には別の確信があった。

 ここがどんな世界であれ、俺という人間はここに存在している。サラリーマンの肉体ではない、この世界仕様の強い肉体を持っている。

 ということは、この世界に父親と母親がいたはずだ。

 ならば、どこかに他にも人間はいるはずだ。


『陽が暮れそうだ』

 この世界での基本的な動きは身体の動くままにまかせたほうがいいと、彼は悟っていたのであまり考えずに準備する。背中に背負っていた風呂敷を下ろす。ちょうど、キャンディーの包み紙の要領で風呂敷を背負っていたのだ。

 中に入っていた一人用のテントを出した。他に何かあるのかと見てみたが、使い方のよくわからない幾つかの道具と携帯食と思しき干し肉があるだけだった。

 ただ、この男の持ち物にしては、えらく不釣合いな、鶏卵ほどの大きさのある宝石が更に透明なケースに入っていた。サファイヤのようだと思ったが、十真には宝石の鑑定眼はない。この石が本当に宝石かどうかはわからなかった。

(テントにしては、少し小さいな)

 組み立てはあっという間だった、素材はよくわからないが、獣の毛皮から作ったものとわかる。


『ビラスの毛皮は寒さに強いが多くは採れない』

 そんな言葉が聞こえてきたが、誰かの声でなく、自分の中から来る声だ。組み立てる作業の手を止めることはない。

 5分とかからず組み立てが終わって中に入る、座る程度の高さはあるが、立つことはできないことに気づくと彼は苦笑した。


(これじゃあ、カプセルホテルじゃないか)

 なんで、転生してまでカプセルホテルに泊まらなくちゃならないのかと十真は思いながら、横になると、外の空気が急速に冷えるのがわかった。

 しばらくすると、ゴッという爆音がして、テントが細かく振動し始めた。

 陽が落ちると入れ替わるように暴風が吹き始めた、テントの中に居なければ、あっという間に命を落としかねない寒さだとわかる。そして、次にパラパラとテントに固体のあたる音がしはじめた。誰かが小石をぶつけているような感じだ。


『氷の粒だ、粒は大きくないから心配ない』

 その声は明らかに自分に話しかけていることに、彼は気づいた。


「誰だ、お前は?」

 十真はその声に話しかけてみた。

『俺はエダルド。その身体の前の持ち主だ』

 彼は戦慄した。身体を奪い返されるのではないかと思ったのだ。

『怖がらなくていい。俺は新しい人生に満足している、その身体はもう要らないんだ』

 若い男の声だが、自分より経験や落ち着きがある、十真はそう感じた。

「エダルド、君は俺の身体の中にいるのか?」

『いや、ちょっと違う。なんというか心の中で話ができるだけだ』

「そうか、ここはどこなのか教えてくれないか?」

『そこは、へベルの凍土と呼ばれるところだ、俺はそこを抜けて、スマルの宝石をトウキーの町に届ける役目があったんだ』


 十真はスマルの宝石といわれて、荷物の中にあった宝石に思い当たった。

「届けるってどうするんだ?誰に渡すんだ?」

『トウキーに着けばわかるよ』

 十真の問いにエダルドは言葉を濁した。


『ところでこっちにも聞きたいことがあるんだ』

 十真の問いに答えなかったくせに、エダルドは十真に質問があるらしい。

「なんだ?」

『パスワードを教えてくれないか?』

「パスワード?何の?」

 エダルドが十真に聞いたのは、スマホのネットワークパスワードだった。銀行やクレジットカードの暗証番号のような良く使うパスワードについては、十真の指が勝手に覚えていたそうだが、設定のときにしか使わないようなパスワードはわからないらしい。

 急に聞かれて、十真も思い出せなかった。どんなパスワードだったか少し考え込んだ。

 外は相変わらず暴風が吹き荒れている。

「今、どこにいるんだ?」

『元の君の部屋だ』

「カバンのなかにいつも使うスケジュール帳があるはずだがわかるか?」

『わかる、これだな、黒い皮表紙のやつだな』

「ああ、そうだ、後ろからめくってみてくれ」

『おっ、これだな、色々パスワード見たいなのがいっぱい書いてある』

「そこにそれらしい4桁の数字が書かれているはずだ」

『ネットワークパスワードのことだな』

「そうそう、それで合っているはずだ」

『おお、ありがとう、助かったよ』

 何かスマホを操作しているようだ。


「ところでさ、そっちはどんな様子だ?」

 十真は自分の身体に宿った魂がどんな人生を送っているのか気になった。

『俺?なんか死にかけたみたいでさ、気づいたら病院のベッドの上だったよ』

 エダルドによると、倒れていた自分の異常に気づいて救急車を呼んでくれたのは、近くの飲食店の女性従業員であり、これをきっかけに少しいい感じになっているそうだ。もしかしたら、付き合うかも知れないという、そして、退院後は部署も異動して、気分も新たに仕事をしているそうだ。


「良かったな、うまくやっているようで嬉しいよ」

 十真はエダルドを嫉む気持ちがあることに気づいたが、自分がその身体にいたままでは、エダルドほどうまくやれなかったに違いない。


『君もうまくやれるさ』

「ありがとう、これからもこんな風に話ができるか?」

 十真はエダルトに奇妙な友情を感じていた。


『もしかして知らないのか?』

 エダルトは少し驚いたように言った。

『この会話には「通話料」がかかるんだ。どうしてもパスワードを聞きたかったから、俺が「対価」を支払ったんだ』

「そうか」

 十真にはエダルドにもっと聞きたいことがあったが、「通話料」「対価」という言葉を聞かされて、自分の質問を止めた。

『じゃあ切るぞ、またな』

 そう言って、エダルドは「通話」を閉じた。

 外の暴風は変わらず吹き続けていた。

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