第3節 望みどおりの世界
(ここはどこだ?)
田室 十真は何度目かの自問を口に出していた。これが恋人や友達との旅行なら楽しいに違いない、車にでも乗っていれば更に楽しいだろう。
しかし、彼は一人であり、徒歩だった。
「俺、転生…したんだよな」
何度も繰り返した独り言の後、腕まくりをして彼は自分の腕を眺める。サラリーマンをやっていた頃にはない肉体がそこにあった。明らかに目の高さが違うし、自分の肩から腕を見ると、かなり太く筋肉質になっている。
この場に鏡がないのが残念だ、と十真は思った。
服装はRPGのキャラクターのようだが、これも鏡がないので詳しくはわからない。しかし、昔から憧れていた強い肉体に生まれ変わったのには間違いなかった。そして、それがユメや幻想でないことは、左手に持っているスマホが証明していた。
画面をタップして、アプリの画面を見る。
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転生マッチングアプリ
<<リィンカーネ Ver.β>>
あなたが実行した転生は次のとおりです。
1.時代:おまかせ
2.場所:異世界
3.転生前の記憶:引き継ぐ
4.強さ:人類最強
5.好感度:100
6.財力:100
7.魔力:100
ステータス:転生完了
フッセ:7
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画面を見るたびに彼は悦びが込み上げてくるのを止められなかった。この条件通りならうまくやっていけるに違いない。そんな確信はあったものの、何百歩か歩くと冒頭の問いに戻った。
(ここはどこだ?)
彼は荒野を歩いていた。地面は固く、草も全く生えていない。四方には山も森も川も見えなかった。
ただ、肌寒い風が吹いていた。
新しい肉体は風に向かって歩けと命じ、彼はそれに従った。これは肉体の備えた本能に違いない。
サラリーマンのときの身体なら、この寒さならすぐに風邪を引いただろう。しかし、幸いなことに今の肉体は寒さにも強く、どれだけ歩いても疲れない。
「これだけ身体が強ければ、なんとかなるぞ」
十真は何度目かの独り言を呟いた。
この世界に転生した瞬間には既に歩いていたが、まだまだ歩けると自信を深めていた。そうして、更に1時間くらい歩いて、彼は気づいた。
「ここは極地か?」
太陽が低いまま方角だけが変わっている。
「だとすれば、北極か南極…」
彼はダメで元々とスマホを開いた。ここに来る前にも見ているが、メニューには最小限のアプリしかない。あるのは、カレンダーと時計、設定、アプリ「リィンカーネ」の4つだけだった。期待した地図アプリはやはりなく、自撮するカメラのアプリも無い。
しかも、「リィンカーネ」以外はタップしても反応がなかったし、電波も入らない。しかも残りの電池が半分になっている。見渡す限りの地平線、ここで充電できる可能性はゼロだ、電池節約の為、十真はスマホの電源を切った。
どうしようかと彼は天を仰いだ。
さっきまで、肉体の持つ本能で動いていたが、余計なことを考えたせいで逆に変な迷いが生じていた。「風に向かって歩け」と自分の身体が告げていたことを彼は忘れている。
ここで俺の知識や知恵を出してはダメだ、彼はそう思ったのも束の間、彼は絶望的な仮説に取りつかれた。
――もしも、この世界にいるのがもし俺一人だとしたら
それなら、人類最強になれるし、魔力も財力も人類最強だ。
考えて見れば、スマホのアプリで転生するなんて、そんなに都合のいい話があるはずがない。万が一そんな話があってもどこかに落とし穴があるはずだ。
転生はした、そして落とし穴があった。
彼はそれを悟ると、気持ちが暗転するのに合わせて、彼の頭の中で有名なテレビドラマの奇妙なエンディングテーマが流れはじめた。