第07節 男子高校生のリア充ライフ
――10月22日 放課後
「あれっ 小笹くん、今日も一人?」
聞き覚えのある声に振り返ると、桜井遊美子と深田が歩いていた。
こんなとき、小笹は蜂宮という友人のありがたみを改めて感じる。
普段、蜂宮耕平との付き合いがあり、そのグループにいられるからこそ、この女子たちとも気安く話すことができるのだ。
「うん、生徒会……の仕事が……あるんだって」
小笹の歯切れが悪くなる。蜂宮といるときなら何ともないのだが、女子と話をするとき、1人だとどうしても緊張してしまう。
「ああ、そっか、生徒会長だもんね」
「さすがにサボれないか。なんか校則も変えるらしいし」
桜井と深田は、小笹が緊張していることには気づかないようだ。
この秋、蜂宮は生徒会長に就任した。そのため生徒会での仕事が一気に増え、小笹と下校する機会もすっかり減っていた。
桜井は話し続ける。
「結構、情熱持って生徒会やっているみたい。蜂宮くんすごいよね」
桜井はいつものように蜂宮を褒める。それは小笹にとって普通のことだった。むしろ桜井が蜂宮を褒めないことの方が珍しい。こんな風に同級生の女子から好かれて、尊敬されるのは羨ましいと思いながらも、小笹にはそれに嫉妬する気持ちは全くなかった。
「ハロパの準備ってしてるのかな?」
深田が疑問を口にする。
来週はいつものメンバーでハロウィン・パーティの予定がある。
「言いだしたのは、あいつだから忘れてないと思うけど……」
そう答えたものの、小笹にも確信は持てなかった。それだけ、ここ最近の蜂宮は忙しそうにしている。
そこで次のように、深田が小笹の言葉を引き取る。
「淳美先輩とも忙しそうだしね」
淳美先輩、という言葉に、桜井の表情が一瞬曇る。
――淳美先輩
前生徒会長の三年生であり、クールビューティという形容がすんなりと当てはまる容姿端麗な女子だ。男子女子関係なく生徒内での人気も高い。
そんな女子の先輩と連日生徒会室に籠っていれば、それなりに噂も立つ。深田のセリフには、その辺りの事情について小笹が何か知っていないのかを探る意図があった。
「文化祭もあるから、引継ぎで大変みたい」
小笹は無難に答えるが、実は蜂宮からいくつか淳美先輩の話は聞いており、その一つを思い出した。
― * ― * ― * ―
「あのね、鉢宮くん。そのままではダメとは言わないけど、会長になるならもう少し髪型や服装にもこだわってね」
会長職の引継ぎにあたって、淳美先輩が鉢宮にした最初の注意事項がそれだった。
「えっ……髪型とか服装ですか」
蜂宮はそんなことを注意されるとは全く思っていなかった。
「ええそうよ」
上級生の女子生徒は、それが当然といった口調で続ける。
「無理してでも『憧れの存在』にならないと、うまく行くものもうまく行かないから」
そう断言すると、淳美先輩は櫛を取り出し、蜂宮の頭へ手を伸ばし、彼の髪を整えはじめた。蜂宮は距離が近いと感じながらも、そこは逃げたり、うろたえたりすることもなく、淳美先輩の好きにさせた。
「うん、これで良し。イケメンの生徒会長になったかな」
髪型の変わった蜂宮を見て、彼女は満足そうに笑みを浮かべた。
― * ― * ― * ―
そして、小笹は気づいている。
蜂宮はどの女子とも一定の距離を保っており、特定の彼女をつくるつもりは無い。
それは淳美先輩に対しても例外ではない。むしろ淳美先輩の方が、蜂宮に気があるというか、興味があるようだ。
けれども、これは鉢宮本人に確認してもいない自分個人の感想である。これを桜井さんや深田さんに伝えるのはマズい。ここは自分の腹の中にしまっておこう、と小笹は決めた。
――その日の夜
遊美子はスマホを開いて、蜂宮のSNSを開いた。
これは限られた友人だけに公開されているものだ。
(ふーん、今日、バイトもあったんだ)
蜂宮のアルバイトは一般的な高校生のそれとは毛色が違っている。
コンビニやファミレスのような高校生にとって一般的なバイト先ではなく、コンピュータ周辺機器メーカーだった。
どうして蜂宮がそのような会社でアルバイトができるのか、遊美子には全くわからなかったが、そういう会社でアルバイトができているのは、やはり蜂宮は特別なのだと思った。
これで模試の成績もトップ30にいるのだから、蜂宮は本当に凄い。
そして、そんな友達のいる自分も結構良い人間なのだと自己肯定したあと、少し気になって、ハロパについて確認のDMを送った。
――同じ頃
「ふん!」
藤安仁子は、蜂宮のSNSを開いて一読すると、舌打ちをした。また、負けた気になったからだ。
今年の春、仁子は蜂宮をカットオフした。理由はもう忘れたが、とにかく嫌になったから切ることにしたのだ。仁子は自分の連絡先から蜂宮耕平という名を唐突に削除し、ブロックした。
最初、蜂宮は仁子と直接話をしようとしてきたが、数日彼を避け続けると、向こうもそれを理解したらしく、その後は接触してくる気配もすっかり無くなった。
そして、2年生に進級すると、他の生徒たちと楽しくやっているようで、廊下ですれ違っても完全にスルーしてくれる。
元々、それは仁子から望んだことだった。だが、それが実現して半年が過ぎると、仁子は複雑な気持ちを抑えられなかった。
(なんで、アイツが楽しそうなわけ?)
自分が切り捨てた相手なんて、どこでどうなっていようと知ったことではない。
同じ学校とはいえ、自分はバレーボールに打ち込んでおり、アイツとは違う世界の住人だ。
だから、アイツが何をしようと勝手だが、幸せそうにしていることに何か引っかかる。
さらに生徒会長になったのは想定外だった。これではアイツがこの学校の中心人物みたいではないか。
しかも、こっちがブロックしたのに、向こうからは何のブロックもしておらず、自分が鉢宮の友人リストに入ったままなのも気に食わない。自分がカットしたのだから、アイツもこっちをカットするべきなのだ。
もしかして自分が楽しくやっているのを見せつけたいのだろうか?
そんなことを考えていると、小代美からメッセージが入った。
『もう読んだ?』
見透かされたようで、仁子の体温が一気に上がる。
そもそも、こんなことになったのは小代美のせいだ。
こちらが頼んでもいないのに、小代美は蜂宮の新しいSNSを探し出し、わざわざリンクを送ってきたのだ。しかも、小代美は蜂宮と同じクラスになったこともないのに友達申請をして、SNSに入れるようになったそうだ。
小代美は直接には何も言わないが、『あんたが切った男子はかなりの優良物件だったね。ほんとに仁子って見る目無いね(笑)~~~~~』と遠回しに言われているようで苛立ちがおさまらなかった。
けれども、それで小代美に何か文句の1つでも口にしようものなら、その瞬間、自分の負けが確定する。
だって、ワタシは蜂宮に何の関心もない。だから、蜂宮がどこで何をしようが知ったことではない。だから小代美に遠回しに煽られても、無視していればいい。
仁子は自分にそう言い聞かせたものの、それではもう自分を納得させられないことに気づいていた。




