表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リィンカーネ ~ 転生マッチングアプリ  作者: 等々力 至
第1部 転生マッチングアプリがもたらす世界
2/19

第2節 転生マッチングアプリ「リィンカーネ」

――晩秋のある夜

 夕方から降りだした雨は激しくはなかったが、さりとて、傘なしで歩くにはこの季節の雨は冷たかった。繁華街からは酔ったサラリーマンたちが急ぎ足で駅に向かっている。そろそろ終電の時間が近づいていた。

 そんな彼らとは対照的に、道端に男が一人で座り込んでいた。冷たい雨も終電もこの男には関係ないように見える。

 男の名は田室(たむろ) 十真(とおま)、年齢29歳、職業は会社員(サラリーマン)、独身で一人暮らし、恋人はいない。

 会社の宴会帰り、十真は酔いつぶれていた。誰にでも酔い潰れるほど飲みたいときはある、しかし、この日の十真には悪いことが重なっていた。

 まず、財布が無い。スーツの左ポケットにあるはずのそれが無い。落としたのか、忘れたのか、盗られたかすらもわからない。普通ならこれで酔いなどいっぺんに冷めるはずだが、十真は別のことで頭がいっぱいになっていた。

『十真先輩、これからもご指導よろしくお願いします』

 Nの言葉を思い出して、十真は舌打ちをした。

 Nは十真の3年後輩であるが、今回の人事異動で十真を抜き課長への昇進が決まった。これはNの昇進祝いを兼ねたさっきの宴会でNが十真に言った言葉である。

 こういう言葉をスラッと言えるから課長になれるのだし、これを聞いてイラッと来るようだから、こんなところで酔いつぶれているのだと十真は思った。

 今何時だ?

 彼はスマホを取り出そうとしたが、今度はスマホがいつもの胸ポケットになかった。財布に続いてスマホまで無くしたのかと思うと、これから取らなければならない手続きが煩わしく面倒臭かった。

 来月からはNをN課長と役職付けで呼ぶ、考えるとこれも面倒臭い。

 十真は家に帰るのも、何もかも、これからすること全てが面倒臭くなっていた。

 思えばここ何年か、十真にはゲーム以外に楽しいと思えることがなかった。つまり、この数年、彼にとって仕事は全く楽しいものではなかったのだ。

 十真は気づいていないが、見ていないようで、人は見ているものだ。彼のやる気のなさは露呈しており、社内における彼の昇進の芽は既に絶たれていた。十真自身がその事実に気づくにはまだ数年かかるだろうが、気づいたときには手遅れで、現状を甘んじて受け入れるか、辞表を書く以外の選択肢しかないことに気づくだろう。

「ふー、何やってんだろうな、俺」

 財布もなく、スマホもない。助けを求めようにも連絡がとれなければどうしようもない。

 ようやく、事態の深刻さに気づくと、彼はポケットやカバンを探った。無くしたつもりのものが出てくることもままあるからだ。すると、案の定、ポケットにスマホがあった。

 大きな安堵と共にスマホを取り出して、パスコードを入力する。開いたメニューを見て、彼は一段と落ち込んだ。

 違う、俺のスマホじゃない。

 彼の目には映っていたのは、全く違う画面だった。それに手に取った感覚も少し違っている。よく見ると、スマホの機種が違っていた。

 何で他のスマホなんか持っているんだ。どこかに預けたわけでもないのだから、取り違えたなんてことは有り得ない。

 しかし、それにしてはパスコードが同じだ。

 酔って触覚がおかしくなっているのか、そうでなければ、パスコードが同じなんてことはありえない。そう思って画面を見直すと、雨の水滴がスマホの画面に落ちた。

 十真はやばいやばいと呟きながら、覚束ない足取りで立ち上がると、雨を避けられる場所によろよろと逃げ込んだ。十真にとっては自分が濡れることよりも、スマホが濡れることの方が大事(おおごと)である。

 彼はスマホのメニュー画面を見直すと、やはり自分のスマホのような気がしてきた。パスコードは自分のものだったからだ。とりあえず誰かに電話しようと思い、電話帳を操作するが、アドレスが一件もない。電話番号を直接入力しようと思ったが、電話番号が全く思い出せなかった。そもそも覚えている電話番号などないのだ。

 それによく見ると、スマホにはアプリが殆ど入っていないことにも気づいた。

 スマホの初期化でもしてしまったのだろうか?誰かに悪戯でもされたのだろうか?

 困ったことになったと思いながら見ると、アプリが一つあった。


――リィンカーネ

 彼は反射的にアプリを起動していた。

 どんなゲームだろう、と思う間もなく、キャラクター設定のような画面が現れたので、酔った勢いのまま設定を行う。

 画面下には「転生実行」と表示されている。RPGだろうか、まあ、ゲームはこれしかないようだから、やってみる事にする。

『実行するには、20フッセが必要です。現在27フッセが使用できます』

 どうやら使用できるようだと十真は思った。フッセとはポイントのようなものだろう。残り少なくなるが構うことは無い、使ってしまえ。

『質問1. 転生先の時代は?

 ・現在 ・過去 ・未来 ・おまかせ』

 なんでもいいやと言いながら、彼はおまかせを選んだ。質問に次々と答えていけばできる形式のようだ。

『質問2. 転生先の場所は?

 ・日本 ・外国 ・異世界』

 彼は異世界を選ぶ。

『質問3. 今の記憶は引き継ぎますか?

 ・引き継ぐ ・引き継がない』

 選択するなら引き継ぐに決まっているだろう。転生するなら前世の記憶がなくては面白くない。

『質問4. 強さは?

 ・普通(努力次第) ・強い ・人類最強』

 もちろん、人類最強がいいに決まってるだろうと、十真は呟いた。

『質問5. 好感(モテ)度は?

 ・1から100までの数字で指定』

 意味がわからなかったので、詳細をタップしてみた。どうやら、数字はパーセントの表示であり、転生先にいる恋愛対象となる性別の何パーセントが自分に好意を持つのか決められるらしい。

 要は女からどれくらいもてるのかということだ、じゃあ100パーセントがいい。

『質問6. 財力は?

 ・1から100までの数字で指定』

 これも100、詳細はタップしなくていい、彼が選ぶのは決まっていた。

『質問7. 魔力は?

 ・1から100までの数字で指定』

 これも100だろう。

 最後に確認画面が表れた。細かい文字がびっしりと書いてあったが、彼は読まずに確認をタップした。読むやつなんているだろうか?どうせお決まりの文句だろう。

 数秒後、彼の身体に異変が起きる。

 十真の見る世界が急激に回転し始めた。これは酔いからくるものではない、全く違う理由から来るものだった。

「何が起こってるんだ?」

 そう呟いたのが、彼の人生における最後の言葉となった。どんなアプリなのか知らないまま、彼はアプリを動かし、その結果、十真の心臓は鼓動を止めた。

 そのことに気づかぬまま、彼の魂はこの世を後にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ