第6節 高校男子の微妙な距離感
――蜂宮耕平の自室、7月22日14時
「わぁ、深ちゃん、浴衣かわいい」
桜井遊美子が、次にやってきた深田の浴衣をほめていた。
「そうだな、浴衣、いいな」
耕平も深田の浴衣をほめた。
しかし、耕平は、実のところ紺色に花柄のデザインはあまり深田に似合っていないと思っていた。しかし、わざわざ、今夜の花火大会に合わせて浴衣を着てくれたのだから、サービス込みで多めに褒める。
しかし、耕平がほめ過ぎたせいか、桜井が表情を少し曇らせる。彼女は自分以外がほめられると、暗に自分がけなされていると思うタイプのようだ。
桜井は白のカットソーと黒のガウチョパンツという夏らしい服装なのだが、夏祭りの浴衣には及ばない。それは、この場にいる3人が(口には出さないものの)何となく認めるところだった。
「来るの早いかな~と思ったんだけど、遊美子、ずいぶん先に来てたんだ。ゲームでもしてたの?」
深田はさりげなく耕平との仲を探るような言い方をした。
「勉強というか宿題だよ、早めにやっておきたかったしね」
何でもないことのように桜井はさらりと流した。
「遊美子、そんなに勉強する子だった?」
しかし、桜井は深田に曖昧な返事をしただけで、夏休みの宿題に戻っていった。
「深田さんも勉強……と思ったけど」
手にしている「かご巾着バッグ」を見れば、勉強するつもりがないことは明らかだった。そうなると耕平としては対象から外すことも考えたが、浴衣を着ることを考えると、勉強用具の入ったカバンは似合わない。そのことは、精神年齢「前の人生:34歳」+「今の人生:3歳」の耕平には理解できた。
「うん、まあ、おとなしくしているから続けて、勉強」
深田はワイヤレスイヤホンをすると、それっきりスマホに目を落として動画を見始めた。
耕平も勉強の続きをはじめると、桜井が小声で話しかけてきた。
「私も浴衣を着てきた方が良かったかな?」
桜井は自分が浴衣でないことをかなり気にしているようだった。浴衣の方がいいなどと言ったら、桜井は一旦家に帰って着替えてくると言い出しかねない。でも、片道1時間近くかかるので、着替えの時間まで考えたら、軽く3、4時間はかかるに違いない。
そうなると耕平の言うことは決まっていた。
「そのままでいいよ、俺も普通の服で行くし。でも、小笹が普通の服を着てきたら、深田1人が浴衣になるから、俺は甚平着ることになるかな」
「小笹くんが浴衣とかだったら?」
「だったら、俺は普通の服で行くよ」
同じことをさっきも言ったばかりなのに、桜井は分かっていないと耕平は思った。とにかく、桜井は自分だけ着るものが違うというのは不安なのだろう。
「ありがと」
ようやく桜井は安心したようだった。
――午後6時30分、夏祭り会場
「なあ、桜井って何か期限悪くね?」
小笹が耕平に耳打ちする。
彼は約束の時間を守り、レジャーシートや食べ物や飲み物も用意した。彼に非の打ち所はない。
「そうか? いつもと変わらない気がするけどな。何かしたんじゃないのか?」
耕平は悪戯っぽく笑う。彼にはおおよその見当がついていた。
「何にもしてねーよ」
「うん、わかってる」
「じゃあ、何? なんか桜井のやつ、俺に当たり強い気がするんだけど」
「あまり気にしなくていいんじゃないか、そこは」
耕平は小笹をなだめた。
小笹は普通にTシャツとジーンズという普通の服装だった。Tシャツはかなりデザインの凝ったものだったが、普通の服装だったので、耕平は桜井にも事前に話したとおり、深田の浴衣に合わせて、甚平を着ていくことにした。これで普通の服が2名、夏祭り向きの服が2名でバランスを取れるのだが、桜井は耕平が深田に合わせて甚平を着たことが気に入らない。そして、その微妙な怒りは普通の服で来た小笹に向けられたのだが、これは八つ当たりだった。
花火の開始30分前に、見る場所を決め、4人はシートを敷いて座った。その時、誰かに言われたわけでもないのに、自然と似た服装の者同士が並んだ。
「明るいうちに1枚撮ろうよ」
深田がスマホを取り出すと、手を伸ばして写真を何枚か撮った。
「これ、どう?」
浴衣の袖で隠しながら、深田がそのうちの1枚をこっそりと耕平に見せた。
「まるでツーショットみたいだな」
耕平が率直に感想を述べると、深田は嬉しそうに笑った。
耕平と深田の間に微かに特別な空気が漂う。悪い気はしないが、耕平が高校時代に望むのは、あくまでも広く浅い交際である。あまり特定の誰かに近づきすぎるのは良くない。
浮かれた気持ちになりながらも、耕平は深田や桜井との距離をどうするかを再び考えていた。