第04節 男子高校生に女子高生は高揚する
桜井遊美子は高揚感に包まれたまま帰宅した。
「おかえり」
母の声が頭の上を通り過ぎていく。
自分でも上の空になっているのがわかる。こういうときはよく左足の小指を角にぶつけることが多い。もし、それで爪が割れたりしようものなら、全てが台無しになってしまう。それだけは避けなくては……と細心の注意を払いながら、2階の自室への階段を上がった。
――なんという日だろう
午後、蜂宮耕平から急に連絡があった。
高校一年のクラスメートとは全員連絡先を交換してはいるが、実際に彼から連絡があったのは初めてだった。用事はカラオケの誘いであり、参加するメンバーも問題なく、時間もあったので、すぐにOKしたが、その後は夢のような時間だった。
蜂宮は終始こんな自分に気を遣ってくれた。単なる数合わせになってもいいから行ってみようと思って参加したのだが、数合わせで呼ばれたのではないことは、蜂宮が自分に話しかけてくる頻度でわかった。
もしかして、自分に気があるのだろうか、そんなことすら考えるが、確か、蜂宮はバレー部の藤安と仲が良かった気がする。それに深田も一緒に来ているから自分ではないかも知れない。
それでも、遊美子は自分が今、自分史の転換点にいると感じていた。
客観的に見れば、たった1回カラオケに誘われて行っただけだ、そんなことは十分理解している。しかし、その1回が有るか無いかは、遊美子にとって大きいことだった。
今は春休みである。学校帰りにたまたま誘われたわけではないのだ。
たった数時間の出来事が、遊美子の春休みを今までにないエキサイティングなものに変えていた。そして、根拠のある1つの自信を身につけた。
(春休みに男子に誘われて遊びに行ったことが、わたしにはある)
――同じ頃
本話の主人公である蜂宮少年は一人で夕食を摂っていた。
いきなり呼び出したかたちになったが、深田や桜井は楽しんでくれただろうか。自分に好印象を持ってくれたら良いのだが、と考えていた。
少年には「転生」前の34歳までの人生の記憶がある。
その記憶には、将来、どんな女子が良い女になったのかというパターンも含まれている。統計学的に有効と言えるほどの数の女子を見たわけではない。とはいえ、そういう目で女子を見る視点は、他の高校生男子には決して持てないものだ。
そして、カラオケに誘った女子を気分良く帰すだけの気遣いも彼は怠らなかった。
ある意味で、耕平には未来が見えている。
耕平はこう考えた。
今は無理に一人の彼女を作ることに固執する時期ではない。
男女分け隔てなく付き合って、高校卒業後も『Say Hello』ができる相手を増やす事を優先するべきだ。そう方針転換しよう。
藤安仁子については、干渉が過ぎた。
つい、34歳の大人の目線で彼女を見て、彼女の欠点を注意することが多かった。藤安からすれば、同じ高校生だ。そんな男子から欠点を注意されるようなことを言われても、全然おもしろくないに違いない。だから、結果として、ブロックされて切られる羽目になったのだ。
仲の良い異性の友達を作ろうとした戦略に間違いはなかったが、1対1でそういう感じに持っていくのは良くない戦術だった、と少年は結論づけた。
自分に34歳までの記憶がある以上、高校生と完全な同一目線で行動するのは無理がある。だが、それだけに、どうすれば理想的な高校生活(それは理想的な人生に繋がっていく)を送る事ができるのか、少年は考える。
そういえば、前の人生で、会社にNという先輩がいたことを思い出した。
Nは新人や途中入社の人には真っ先に声をかける。声の掛け方もナンパではなく、相手の名前やプロフィールを事前に確認して「~さんだよね」とこちらが相手を認識していることを伝えながら話していた。
それと体調が悪い社員がいれば、真っ先に気づくのは大抵N先輩だった。
26か27で課長になったが、それも理解できる。そういえば、今頃、N先輩はどうしているだろう、あのペースなら部長になっていてもおかしくない。会って話をしてみたいが、高校生と会社員では接点の持ちようがない。その時が来るまで待つ事にしよう。
つまり、そういうことだ。
会社と学校では少し違うだろうが、その人に関心を持ち観察し尊重していけば、うまく行くのではないだろうか。そして、多少なら相手の領域に踏み込んでいってもいい。
もし、相手が孤独なら、程よく誰かが踏み込んでくることを期待すらしているに違いない。
(とりあえずは今日の参加者全員にメッセージでも送るか)
彼は食事を終えた後、スマホを取り出して、メッセージを送ることにした。
どうせ、直ぐに返信は来ない、それまでの時間は食器の後片付けでもしておこう、そう思いながら、何度か推敲して簡潔になったメッセージを送信した。




