第13節 エピローグ/十真とエダルド
――初冬のある朝
田室 十真が目を覚ましたのは、自室のベッドの中だった。
隣には見覚えの無い女が寝ている。
きれいな顔をしていた、そして、ちらりと見えるパジャマの襟柄が、自分が着ているパジャマと同じ柄だった。
(お揃いのパジャマを着ている……エダルドが言っていた女か?)
そんなことを考えながら、彼は隣の女を起こさないよう気を遣いながら、ベッドを抜け出すと、スマホを手に取った。
日時を見ると、あれから2ヶ月が過ぎていた。
時刻は6時前、まだ外は暗い。
パスコードを入力すると、見慣れたメニュー画面が表示された。前はメニューが全て消えていたが、ここではメニューが全て元に戻っている。それでも「リィンカーネ」を見つけるのに、あまり時間はかからなかった。
開くかどうか不安を感じながら、彼はアイコンをタップした。
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転生マッチングアプリ
<<リィンカーネ Ver.β2>>
以下の転生は「取消」されました。
1.時代:おまかせ
2.場所:異世界
3.転生前の記憶:引き継ぐ
4.強さ:人類最強
5.好感度:100
6.財力:100
7.魔力:100
ステータス:転生取消
フッセ:0
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表示された画面を見て、確かにその通りに動作していると彼は思った。やはり、これはとんでもないアプリだ。
だが、彼には大きな疑問があった。
このアプリは、転生マッチングアプリと銘打っている。
――マッチング
つまり、それはお互いの要求を突き合わせている筈だ。
自分だけではなく、相手のエダルドも元に戻りたいと思ったから、アンドゥ機能が使えるようになったに違いない。
あの時、自分は銃撃され命の危険を感じていた。
だから、無意識のうちに戻りたいと思ったし、それしか生き延びる道はなかった。しかし、エダルドの側にも俺のように元に戻りたいと願うような危ない事態が勃発したのだろうか。
となれば、俺にも同じくらいの危機、つまり命にかかわるほどの危機が迫っているかもしれない、ということだ。
幸い、今日は日曜日だ。
エダルドがどんな仕事をしていたかは知らないが、今日の出社は無いはずだ。
念の為、スマホで彼は2ケ月分の会社メールを斜め読みした。
メールで見る限り、仕事上の大きな失敗は無い。N課長ともうまくやっている様子だし、むしろ課長になったNが自分に頼っているようにすら感じられる。
すると金銭か?
まず、財布を見る。紙幣や硬貨がそれぞれ数枚で、特に所持金が増えているとか減っているとかはない。今までも所持金はこんなものだった。
では、莫大な借金でもあるのだろうか?
銀行通帳の置き場所は変わっていなかった。通帳記入は一週間前に行われていたが、殆ど引き出しておらず、総額としてはむしろ増えていた。それほどの貯金額ではないにしろ、貯金が増えれば嬉しいものだ。
仕事や金については、エダルドはうまくやっていたようだ。
じゃあ、友人・恋人関係だろうか?
十真は個人メールやメッセージアプリを見た。
ちょうど入れ替わった一ヶ月前から複数の女性とのやり取りが始まっている。
最初に目についたのは派手なアイコンの「サホリ」だった。
どうやら、サホリとは最近ジムで知り合ったらしく、サホリからのメッセージが多い。十真が客観的に見ても、サホリが「エダルト」に好意があるのは明らかだ。けれども、エダルトからは当たり障りのない返事を返している。
アイコンは派手ではないが、直近のやり取りで一番多いのは「マリ」だ。
ずっと遡って読んでみると、どうやら、自分とエダルドが入れ替わったときに倒れていたのを助けたのは、この女性のようだ。
読み進めると、エダルトはかなりいい奴のようだ。
メッセージを送る間隔は、多すぎず、かつ少なくもない。また相手をよく見ているようで、マリと会った後、彼女のわずかな体調の不調に気づいて、その時は彼女を早めに帰し、それを気遣うメッセージも送っている。
マリもその気遣いに感動したようだ。
(こいつモテるんだな)
最新のメッセージは「今から行くね」だった。だから、こうして来て泊まっているのだろう。
十真は考える。
これまで自分に恋人が出来ないのは、女性ウケしない見た目が理由だと十真は思っていた。
だが、中身がエダルドに変わっただけで既にお泊りまでする彼女ができている。わずか2ヶ月でこんなに変わるものなのか、と半ば暗然たる気持ちになっていた。
誰かに言われたわけでもないのに、自分の人格を否定された気になった。
俺はモテない性格・魂なのかも知れないな、と彼は考えた。
とにかく、俺では実現困難な手続きをすっ飛ばして、俺のベッドでマリはお揃いのパジャマを着て眠っている。取りあえず付き合いは続けてみよう、どうなるかは成り行き次第だ。
すると、エダルドが戻りたいと思った理由が十真にはわからなくなった。
カーペットの上に座って十真が思案していると、急に寒さを感じくしゃみをした。
エアコンが切れている。
いや、最初からつけていないのだ。エダルドの温度感覚ならありうる事だろう。
彼は凍土を歩いたときのことを思い出した。
リモコンを取り、「暖房」のボタンを押す。ほどなく、温風が吐き出され、部屋が暖かくなってきた。
十真は考えた、もしかして、エダルドは一時的なホームシックにでもなったのだろうか。
誰だって故郷を懐かしく思うときはある。
たまたま、今がその時だったのだろう。
そうだとしたら、エダルドには本当に済まない事をした。あんなふうに銃撃されたところで交代するなんて、人としてあまりに卑怯な行いだ。
彼は心の底からエダルドに謝罪した。
すると、インターフォンの呼び出し音が鳴った。
こんな時間になんだと思いながら、ドアの覗き穴から見ると、見知らぬ女が「どうだ、来てやったぞ」と言わんばかりの表情で立っている。
彼はどうしていいかわからないまま待っていると、女は酔っているのか、勢いよくドアを叩き出した。
「おらぁぁぁ、十真の愛するマリちゃんが急いで来てやったぞぉぉぉ」
慌ててメッセージを確認すると「今から行くね」は、わずか一時間前に送られてきたものだった。
そして、さっきの声で目を覚ましたのか、お揃いのパジャマの女・サホリがベッドの中で大きく身じろぎをした。
――かつて地上の人間たちが高天原と呼んだ場所
「まだ、β2、ベータ版だから、仕方ないよ」
女神アキタモは、男神キタンが何か言いかける前に先んじて言った。
十真とエダルトのマッチング結果は、女神アキタモが期待したものとは程遠かった。
「1つだけ言ってもいいか?」
キタンは、死んだ魚のような目をしたアキタモを気遣いながら言った。
「どうぞ」
「あの『アンドゥ』って機能、無い方が良くないか?」
「そうだね、どっちの人間にとっても良くなかったね。次のバージョンでは転生のやり直しは無しにするよ。他にも手直しするところがないか見直してみる」
そういう女神アキタモの目に微かな炎が灯り始めた。




