第11節 焦りと冷静
時として惨事は唐突に起こるものである。
そして、それは十真の目の前で起こった。ロッシーとウイスキーを飲んでいた店内にいきなり銃声が鳴り響いたのだ。
気づくと目の前のグラスが飛び散っており、ロッシーが顔を押さえている。弾が当たったのか、ガラスの破片なのかはわからないが、彼はうめき声を上げうずくまる。突然の発砲に気づいた店内は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
十真も急いでテーブルの下に身を隠そうとすると、制止する声がかかった。
「動くな!脱走犯!」
銃口を向けている男と目が合った。十真はその男の顔に見覚えはなかったが、あの時のロボットに乗っていた男だと直感した。
(保安部長のヤミキとはあいつのことか?)
だが、男の目は冷静であるべき保安部長の目ではなかった。そもそも誰何する前からいきなり発砲していることから、正気の沙汰ではない。
(やらなきゃやられる)
十真はそう覚悟したが、足がすくんで全く動かなかった。
数時間前、ヤミキ保安部長が監房に入ったときに見たものは、壁に穴のあいた独房だった。身体を通り抜けるのには十分な大きさだ、あのビアサの民の男はこの隙間から逃げ出したに違いない。
でも、どうして、拘置棟からも逃げることができたのか。
その途端、ヤミキは自分が犯してしまったかも知れないミスに気づいた。
――自動管理モードのスイッチ
まさか、オンにするのを忘れていたのだろうか。
ヤミキの膝が震えた。
これは大失態だ。自分がトウキー外部の人間を入境させておきながら、自分の管理ミスで市内に解き放ってしまった。
このことが市長の耳に入ったらどうなるか。
失職、そんな言葉が頭に浮かぶ。
一刻も早く、始末しなくてはならない。生かしておいては自分の管理責任が問われることになる。それに独房から脱走するような手合いだ、危険人物かもしれないから、殺しても構わない。だが、どこにいるのだ?ヤミキは何か知らないかと部下に電話を入れたが、部下は酔っ払っておりまともに話ができなかったが、電話の向こう側から声が聞こえたのだ。トウキー市民にはない発音にヤミキはピンと来た。
ここに違いない。
事務所から飛び出したヤミキの手には銃が握られていた。
ヤミキ保安部長はその店に入ると、ロッシーとビアサの男を捜し、店の奥へ奥へと進んだ。このときは手にした銃を上着に包んで目立たなくするくらいの理性は残っていたが、ハイテーブルでロッシーと十真がウイスキーを飲みながら談笑しているのを見たときにその理性は消え失せた。
気づいたときには、引き金を引いた後だった。
よく見ると、倒れているのは保安部員であるロッシーだった。
ヤミキは焦ると自分の銃の射線が右寄りになることを思い出した。保安部で銃の研修を受けたとき、教官によく注意された。
一方、ビアサの男は無傷のまま、自分を無機質な目で眺めている。
ヤミキは咄嗟に算段した。
ロッシーを殺したのはビアサの男だ。そしてビアサの男を俺が撃った、これでいい。
この点に於いて、彼は冷静さを保っていた。
そして、十真は向けられた銃口を前に足がすくんだまま、逃げることが出来ないでいた。