これがリアル人生ゲームか?
例えば非現実な光景を目にした時、人はこう言う。
――まるで夢のようだ。
と。
しかし本当に夢だったとして、同じ発言が飛び出すだろうか。
その答えは――
――答え合わせの前にひとつ、とある過去の話をしよう。
昔々あるところに。朝、目を覚ました彼も言ったそうだ。
「夢みたいだな、これ……」
寝相が悪く、好き勝手に跳ね回った黒髪に、寝ぼけ眼の目尻にはうっすら涙が浮かび。カーテンの隙間から差し込む太陽の光が眩しくて、思わず二度寝仕掛けて。
「いやいや、現実逃避は流石に」
発言してからの、現実感。重みのある言葉は、ずっしりのしかかってくるようで。
夢でないことの、ある種の証明たる言葉を口にした彼は、次にありきたりな行動を取る。
まずは手始めに、ほっぺたを抓る。
うん、痛い。
次に軽く頬をビンタする。
うん、やはり痛い。
実にベタな手法を用いた少年の意識が覚醒するまで、ゆうに五分は要した。
否。たった五分で見事に覚醒したとすら言える現実が、彼の目の前に広がっている。
夢心地。
こんな表現がある。
あたかも夢のように、心地よく、ぼんやりと不明瞭な気持ちよさに包まれることを指す。
少年がなぜ夢心地だったのか。
理由は二つあり、密接に絡まっている。
一つ。
不詳・オタクゲーマー赤坂晴斗。
元気溌剌にゲーム三昧の余暇を送る、彼が根っからのゲーマーであること。
二つ。
目を覚ましたと同時に、つい夢を疑った出来事。
目の前に浮かんでいたのだ。
"半透明のウィンドウ――縦三十センチ、横二十センチほどの枠組みに羅列する、日本語と英数字が"
ゲーマー諸君はイメージしてもらいたい。
ゲームをする際に、キャラクターのステータスやゲームのメニューを開くと、最前列に表示される"メイン画面"とは別の"システム的画面"を。
キャラクター同士の会話の多くで、画面下部に表示されるウィンドウを。
――そう。
ガラス窓のように透明だが、確かにそこにあるのがわかる枠。ペンで落書きをしたかのようで、文字の奥に自室の天井が透けて見えている。
仮定・謎の窓枠。
その左半分は、ほぼ英文字と数字が陣取っている。
その右半分は、寝間着姿の自分と、瓜二つの人物が写真として貼り付けられていた。
文字は、以下ように。
STR:70
DEF:105
DEX:50
写真の下部にも。
頭:なし
胴:無地の白シャツ
脚:黒のジャージ
さて、これはこれは。
脳が覚醒しつつある少年――晴斗に芽生えつつある次の仮定。
「ゲームじゃね……?」
ロールプレイングゲーム。
略称・RPG。
ドラゴンがクエストをどうとかこうとか、最後のファンタジーが云々言ってる有名なゲームがある。
有名であれ無名であれ、RPGの多くに、謎の窓枠に酷似したメニュー表示がある。
STR。
よく見る単語。
キャラクターの攻撃力のことじゃないか。
胴:無地の白シャツ。
俺の今の服装だ――すなわち装備のことか。
まさにゲーム。
まさに非現実。
「変な夢だな……」
"夢じゃないフラグ"をぽつりと零し、夢じゃないことの再確認も完了。
事実は小説よりも奇なり。
いやはやどうして。
ことここに至っては、事実が小説になってるんじゃないかと。
つまるところ、非現実と想像していた事象は現実の理で、フィクションは全てノンフィクションではないかと。
思考が銀河系の彼方まで飛躍してしまうのも、非現実を前には無理もない。
なにせ、不詳・オタクゲーマー赤坂晴斗。
男ならば誰しもが一度は夢見たファンタジーワールド。
彼は今でも夢見ているファンタジーワールド。
もしかしたら、もしかすると、現実がバグった可能性があることに。
胸も心も足並み揃えて踊りだし、果ては彼自身もラフな格好で踊って通報されかけるくらいに、浮かれてしまうのは無理も無く。
通報こそされなかったものの、異変を察知した最愛の妹二人がマイルームへと家宅捜索に乗り込み、妖怪を見るような眼差しを向けられるまでは正気に戻らなかった。
怪訝な表情の妹たちを部屋から追い出すと、早速、次に行動に移る。
謎の窓枠に、触る。
接触することで物質や存在をより明確に確認することが出来るかもしれない。
好奇心と使命感。
先の妖怪戦争で確認した限り、妹には見えていなかったらしいこれは、どんな奇怪な存在なのか。
いざ――
「――手触りは紙に極めて近い。強度は下でもプラスチック並だが、誤って壊してもことだから過激な実験は出来ないか」
ゲンコツで軽く叩くと、軽い反発がある。思い切り岩を叩きつけたらどうなるか気にはなるが、万が一破損でもしたら目も当てられない。
その後も、彼は興味深く観察を続ける。
右上にあるバツ印――これはまさしくウィンドウを閉じるボタン。
ならば真横にある四角の印は、最大化……?
『ステータス』と名称が上部に。なるほど、まさしくタイトルバーそのもの。
「へぇー、それなら……」
タイトルバーに指先で触れ、スイっと水平移動する。彼の人差し指に追従するように移動するウィンドウを見て、浮かべた笑みは心底――
楽しそうだった。
パソコン上で利用される、汎用的なウィンドウ画面。空中浮遊をしていることを除けば、大きな差異点はない。
現実ではありえない。想像で想定で妄想で空想なぶっ飛んだ発想はいくらでも浮かぶ。だがまだ、裏付けがない。発想が現実味を帯びるだけの裏付けが。
謎だらけ。不思議だらけ。まさに摩訶不思議アドベンチャーとばかりに、おめでたく浮かれる。
ただ一つ。確固たる根拠――自分の気持ちという心理だけは、不変の現実。
――なんだこれ、面白そうだ。
――誰の仕業だ? きっと人間ではない。誰だ? 神か?
――いいねぇ、そういうの大好きだ。
いま一度、繰り返す。
不詳・オタクゲーマー赤坂晴斗。
口角を上げ、怪しげに楽しげに笑う一人の少年。
彼だけではない。きっと、多くの健全な男子が――ゲーマーが夢を見てきた憧憬。
そう。
ファンタジーの世界。
そこには未知の景色があり。
未知の生物がそこにはあり。
魔法とか、空飛ぶ絨毯とか、喋る鳥とか。
非現実の気配だ。
ゲーム歴、約八年。
小学生の頃から、片時もゲーム機を手放そうとしなかった、生粋のゲーマー。もはや病的とも言えるゲームフリークの彼は、早くもこの怪奇現象を現実として認めていた。
――認めたいと笑っていた。
タイミングにズレは生じたものの、ここから先の約一週間で、全世界の人類がまったく同じ現象に遭遇。十人十色の反応を示した。
この事件が、公式に公的に法的に現実だと認められ。
そして。
世界の理がガラッと変動したこの日を『マスターアップ』と呼ぶようになった。
さらに約五年の月日が流れる。
人間の順応性の高さを神に見せつけるかのように、人々は生活の一部としてゲームを受け入れた。
それだけに飽き足らず、ゲームであることを利用までし始めた。
この数年でマスターアップの謎を解明しようと、積極的に活動を行う人達は『第一世代』と総称されるようになり。
『ゲーマー』や『ランカー』といった単語が、過去と違った意味合いを抱くようになり。
「まさにこれが、リアル人生ゲームってやつか?」
絶賛、人生をプレイしている彼――
――赤坂晴斗もまた、『ルビ』というハンドルネームを携えた『第一世代』として、彼らしい『ゲーマー』人生を歩んでいた。




